第104話:静かな監視者

「なにをっ——」


 突き刺すような、お団子頭の声。でもショートカットが「ちょっと」と制す。

 それはもちろん、もっと鋭い槍がそこにあるから。七瀬先生の視線という名の。


 ポニー先輩が抗う気持ちになったのは凄いと思う。しかしいつも傍に先生が、とはいかない。

 やはり手段なんて選ぶ余地はなく、ここで徹底的に——って。それでもダメなんじゃないか?


 このふたりが目立つだけで、先輩の敵は去年のクラスメイト全員だ。原因になった上級生を慕っていた人、となればもっと。

 さあっと血の気が引いた。

 知っていたけど、気づかなかった。これほど怖いものとは。


「始めます」


 カウンターの、先輩の定位置。明椿さんを倣ったような硬い声と、ボタンを操作する音。

 すぐ、頭上でモーターが低く唸った。見上げるとひと抱えくらいの、白い箱がぶら下がっている。


 それとは別に、窓ぎわの天井からも降りてくる物が。やはり白いけど、これは薄くて大きい。


「プロジェクターに、スクリーン?」


 見たままを卓哉さんが呟き、首をひねった。映像を出すための物、くらいはみんな知っている。分からないのは、なぜ今それをかだ。


 呆気に取られる間に、席を立った明椿さんがカーテンを閉じていった。オレも慌てて反対の窓へ向かう。


「こんな物、いつの間に」

「だろう? 私も知らなかった。しかし我が文芸部の二年生、弥富鈴乃は真面目でな。いつ、なにに使うかも分からん物の操作を習得済みだ」


 戸惑う津守先生。半永久的に借受け中の、DVDデッキとモニターを思い出した。使わないから外したはずだが、よほど予算が余っているらしい。


 そう言えば借りたきり、使っていない。ゲームもいいけど、たまにはゆっくり映画を見るのも楽しいはずだ。

 文芸部が無事に残れば。


 プロジェクターのファンが回転を上げ、いよいよ映像が流れるらしい。薄暗くなった図書室に、スクリーンが眩しく色づく。

 一瞬、真っ黒になって、どこかの景色が見えた。


 オープニングムービーやロゴなんかはない。いきなり本編からだ。

 広い空間。建物の中。よく防犯カメラの映像として見るような、くすんだカラー映像。


 ていうか社会科資料室だな。それでもって、映っているのはエプロンを着けたオレ。ほかにお客さんがふたり。

 映像の隅に、ずっとタイムカウンターが回っている。九月四日、午後三時三十二分。文化祭の二日目。


 カメラなんてどこに? 窓に近い天井付近から、部屋の出入り口へ斜めに撮られていた。

 この時間はなにをしていただろう。あの日のことを思い出すと、胸焼けめいた気持ち悪さに襲われる。


「なんだこの看板」


 スクリーンに映る部屋の外。廊下に現れた男子生徒が、置かれた看板を叩く。振りかぶって、よく壊れなかったなと感心するほど看板は跳ねた。


「なんだこのビデオ!」


 過去の自分と似た言葉で、田村は吠える。

 そうなるだろう。証拠があるのかという質問に、時間差で答えが出てくれば。


 椅子を蹴立て、オレを睨む。が、解決しない。こんな物があるとはオレも知らなかった。

 そうだ映している機械を止めれば。などと考えたのか、カウンターのほうへ一歩踏み出す。


「良顕、おとなしくしていろ」


 当然に七瀬先生のひと声で座らされた。

 映像はそのまま、問題のシーンまで全て映っていた。いくらか早送りもされたが、等速で見せろと要求はない。


 やがて暴言が始まり、食べ物をぐちゃぐちゃにされたオレが「帰れ」と告げる。

 恵美須さんの件を自白同然に言った田村が、焼きまんじゅうをオレに塗りつけた。


 その後、文集が破かれるシーンの直前。目を背けずにいられない。

 ここまでの会話が残らず聞き取れていた。続くオレの絶叫に、耳も塞いだ。


「……さて良顕、もう一度聞こう。同じことをお前がされたら、どう思う」 


 津守先生が駆けつけたところで、映像は止められた。

 問われた田村は頭を抱え、テーブルに突っ伏す。「おい」とダークボイスが催促しても、答える気配はない。


「では、お前らでもいい。どう思う?」

「あ、あの……」


 矛先がふたりの女子に向く。僅かな声を漏らしただけで、やはり答えにならなかったが。

 でも七瀬先生は緩めず、無言の威圧を加え続けた。


「よ、ヨシ!」


 なにを思ったか。ショートカットが席を立ち、田村を引き起こす。お団子頭も続き、三人が並ぶ。


「すみません!」


 ええ……。

 そんなあっさり謝るのかよ。それで許されると思うなら、余計に腹が立つ。

 打ち合わせたように、女子ふたりが七瀬先生に頭を下げ。面食らった表情の田村も。

 だが七瀬先生は「ううん?」と、わざとらしい疑問の声を上げる。


「同じ目に遭ったらどう思うか、と聞いたんだが。答えたくないほど下劣な行為と認めた、そう考えていいのか?」

「いやその」


 ムダな抵抗を試みる田村のわき腹を、ショートカットが殴る。黙らせ、田村の茶髪を押さえつけ、三人ともが二つに折れた。

 それを七瀬先生は、気に入らない風で睨めつける。結局なにも言わず放ったらかしで、津守先生に顔を向けた。


「どうでしょう」


 オレが殴ったのは、もちろん悪い。でも追い詰められる状況はあった。

 その上で病院代を出せと言うなら、親に頼むなりなんなりしよう。津守先生が次に言うのは、そういうジャッジのはずだ。


「——こんな物が」


 期待はしていなかった。七瀬先生を困らせるために、まだ難癖をつけられると。

 だが、それとも違う。津守先生は呆然と、映像の消えたスクリーンから目を離さない。


「いやまったく。こんな物が、たまたま撮られているとは」

「こ、これがたまたまで堪るか! こんな物、誰が設置した!」


 ご丁寧に薄笑いの挑発を、津守先生は真っ向から引き受けた。つまり激怒し、唾を散らして怒鳴る。


「誰が? 私に決まっているだろう。弥富は優秀だが、私も大概に人並みのことをこなす。唯一の例外は、体力の低さくらいだ」


 小柄で可愛らしいのが災いして、という自虐・・は誰も聞いていない。

 津守先生など席を立ち、つかつかと七瀬先生に詰め寄る。


「学園の許可は得ているのか。天井に穴でも空けていれば、器物破損だ」

「我が部室の隅に、ダンボールの塔を覚えているか? あれに仕込んだ。無線接続だ、天井も壁も傷一つ付けていない」


 ニヤリ。座ったままの七瀬先生が、見下ろす津守先生を前に笑う。

 男前に。

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