第101話:決戦の日曜日

 日曜日の午後一時に図書室へ。

 予定通り、オレたちは集まった。というか二十分前に着いたのに、ポニー先輩と明椿さんが先にいた。


 ふたりとも制服姿で、律儀にカバンも持って。学校では普通の姿なのに、日曜ってだけで特別感があるのはなんだろう。

 制服とカバン。と言えばオレも同じだが、これはまったくワクワクしない。


 図書室の六人がけのテーブルが、二つ繋げられていた。端の席が空けてあったので、ポニー先輩の隣に座る。

 定刻の五分前に田村と卓哉さん。その後すぐ、環境委員のふたり。およそ一時ちょうどに津守先生と俵がやって来た。


「あー、七瀬先生はどうした」

「まだお見えになりません」


 議長席に座った津守先生が、革靴で床を鳴らす。一、二分過ぎただけなのに。

 すぐに丁寧な返事で気を良くしたのか、床の音はやんだ。でも代わりに、答えた明椿さんにだけ話し始める。


「あー、高校生美術展ってのに作品が置かれたそうじゃないか。明椿は成績もいいし、そういう才能もある。天は二物をと言うが、偏るもんだな」

「そんなこともないと思いますが、ありがとうございます」


 津守先生の野太い声が、目の前を通り過ぎる。と言ってしまうと明椿さんの返答も同じだけど、それはイラッとしない。


 こんな場でなければ、先輩なんかは手を叩いて喜んだだろう。もちろんオレも、おめでとうくらいは言いたかった。

 こんな場とは対面に田村、隣に卓哉さん。女子がふたり、最後に俵の並ぶような場所だ。


「予定は予定通りにしてもらわんとな。明椿も都合があるだろう」

「ええ、まあ。友だちを待たせています」

「そうか。付き合う相手はよく選べよ」


 最後の余計なアドバイスに、明椿さんは頭を下げただけで返事をしなかった。

 友だちって、美術部の人だろうか。そんな予定を明椿さんが抱えているのは珍しい。


 オレとポニー先輩は、テーブルの木目っぽい模様を視線でなぞる作業にかかりきりだ。

 顔を上げれば気に入らない顔しかない。包帯の巻かれた田村を見ても、謝ろうとならなかった。


「あー。しかし図書室にとは、わけが分からん。田村先生も、うちのいざこざに巻き込んで申しわけありませんな」

「いえ。むしろ現場へいたのに、こんなことになって」


 大人同士が話し始めたところで入り口の扉が、スパァンといい音を鳴らした。姿を見せたのは、もちろん七瀬先生だ。

 巻き込んだってなんだよ、と言いたかったのでちょうど良かった。


「お待たせしました」

「あー、たしかに待ちましたな。予定を立てた者が遅刻するとは——」

「図書室を選んだのは、文芸部だからです」

「はあ?」


 うん、これはオレも意味が分からない。部室にと言うならまだしも。

 ともあれ七瀬先生は、明椿さんの隣に座る。津守先生の隣や、反対でなく。艶のない真っ黒のパンツスーツ、手にはなにもなかった。


「では早速。文芸部に関連した、あれこれについての話し合いを開催致します。みなさんお忙しい中、ご参集いただきましてありがとうございます」


 服装に引っ張られたのか。きちんとした挨拶を七瀬先生がするもんだから、オレも姿勢を正して座り直した。自然、睨みつける田村が目に入った。

 目を逸らしても卓哉さんを始め、見たくない面積が大きすぎる。となると目を細めつつ、津守先生を見ることで妥協した。


「あれこれ? 今日の話は、文化祭での暴力事件でしょう」

「まあまあ。順にご説明します」


 暴力事件という言葉に、思わず目を瞑った。そのまま首を動かし、七瀬先生のほうを向いて開く。しかし顔は見えなかった。足と腕とを組んでいるのが分かるだけで。

 カツカツと、また靴音が聞こえた。もうどこを向けばいいか、俯くしかない。


「あー。いやそもそも、田村と見嶋の親がいないのはなんです。遅れているんですか」

「いえ? 今日のメンバーはこれだけです」


 ちょっと機嫌のいい・・・・・・・・・感じの、ハキハキした七瀬先生の声。小さく、舌打ちがオレのすぐ傍から聞こえた。


「またおかしなことを、今からでも呼びなさい。それに座る場所も、教師は中立だ」


 盗み見ると、津守先生も対抗するように腕を組んだ。足を組まないのは、たぶん短いせいだ。教師同士、一応は敬語で話していたのが、姿勢と同じくふんぞり返った。


 今からでも呼べって勝手なことを。少なくともオレの親は、今日の今日で来れるはずがない。予定は予定通りって、最近どこかで聞いた気がする。


「中立ですか。なるほど、面白いことを仰る。明椿、悪いが議事録を取ってくれるか。後で笑えるからな」


 言葉の通り、七瀬先生は噴き出すのを堪える風に言った。明椿さんは淡々として、「分かりました」といつものメモ用のノートを取り出す。


「なんだと?」

「なんです?」

「――ふう。七瀬先生、どうもあなたは勘違いしているようだが。教師は一個人として生徒に向き合うものだ。あなたの家が何者だとか、そんなことは能力と関係がない」


 落ち着けと、津守先生の両手が押し宥めるように動く。落ち着かないオレにも、七瀬先生は落ち着きすぎと感じるが。


「珍しく意見が合いますね、まったく同感です。ゆえにそろそろ話を進めてもいいだろうか? 津守先生、あなたは私に難癖をつけるばかりで、生徒の時間を奪っている」

「……お前」


 今度聞こえた舌打ちは、きっとこの場の全員に届いた。腕組みが解かれ、固く握った拳がテーブルを打つ。まだ小さく、明椿さんの書き取りの邪魔にもならないほど。


 ゆっくり、七瀬先生は椅子を立った。それでも明椿さんの向こうに肩と顔が見える程度だが。

 ただ、腕組みで津守先生を見下ろす姿が頼もしい。銀河の中心にさえ殴り込めそうに思う。


「座る場所が気に食わない? 私はあえてここに座った。そっち側のバカ者たちに寄り添うつもりなど毛頭ないからな」


 鞭打つような声。何人かの息を呑む音が重なった。それにはオレも含まれる。津守先生も。

 七瀬先生は「ハッ!」と高く笑う。


「まあいい、顔が見えねば泣き出しそうなアホもいるらしい。お誕生日席にくらい座ってやる」


 どこのアホが名指しされた? 分からないが、ほっとした。津守先生の真反対へ移動し、堂々と腰をおろす七瀬先生を見ればなおさら。

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