第87話:嵐の中の嵐

「田村、なんで」


 なぜここへ。なにをしに。なぜお前たちが一緒に。

 なぜ。なぜ。

 田村自身と、連れた顔ぶれ。問いたいことはいくらでもあったが、同時に見たままが答えでもある。

 おかげで喉が詰まり、質問にならなかった。


「なんで? 売り上げに貢献しに来てやったんだろ。ほかにあるのかよ」

「あ、いや——」


 ここはカフェだ。注文を受け、食べ物を出す。客と言うなら、入店を断る理由がない。

 なにも言えないオレの横を、田村は悠々と進む。ふたりの女子と、見上げる背丈の男も続いて。


「あら、ふたり用の席しかない。ま、いっか」

「待って待って。すぐ作るし」


 ショートカットの女子が言い、女子同士で対面に座ろうとした。しかし田村が慌てて、離れた二箇所のテーブルをくっつける。

 いや、くっつけるのは構わない。四人連れが四人で一緒にってのは普通のことだ。でもひと言、断りくらい入れるものだろう。


「メニュー、なにがあるの?」

「どうせでしょ」


 ポニー先輩手作りのメニューを、並んで座った女子ふたりが持つ。それぞれの対面に田村と、スーツの男が腰かけた。


「うぇっ、なにこの絵。趣味わるっ」

「ね。食べ物なの? これ」


 微妙にリアルな感じで、嘔吐に似せた声。残っていたお客さんが、ぎょっと目を向ける。

 しかしそんなこと、気づく様子も気遣う空気もない。


 そうだろう、むしろ納得だ。この女子ふたりなら、飲食の場所で平気でやるんだろう。

 にへっとだらしなく、田村の表情が崩れる。どこがいいのか、オレには分からない。

 この場で見る限りも。これまで見てきたことも。


「見嶋、ボケッとしてんなよ」


 田村とその一行を迎えた——迎えてしまった位置で、オレは動けないままだった。

 ひどく痛む頭を振り向かせ、目まいのする心持ちで奴らを見ていた。


「おい見嶋、注文だよ!」


 へらへらと軽薄だった田村の声に、怒気が混じる。

 どうにかできないか、どうもできない。対処のヒントもなく、ぼんやりと考える真似ごとをしていたオレは、咄嗟にビクッと足を踏み出した。


「そうだよ、早く来いよ」

「ビクッ、だって。ださっ」

「ほんとのこと言ったらかわいそうでしょ」


 満足そうな田村。内緒話の素振りで、まったく声のはばからない女子。

 三人が三人、嘲笑う。事前に稽古でもしていたように、そっくりの下品な顔で。


「いや注文は——」


 受けられない。受けたとして、先輩が作りたくないはず。

 今も暖簾の陰から覗いているのかも。一つ前の注文から随分と間があったから、ソファーで休憩でもしていればいいが。


「なんだ? まさか受け付けないとか言うつもりか。おいおい、嫌がらせはやめてくれよ。金だって払うんだし」


 被害者めいた素振りは言葉だけで、睨むようなバカにするような目つきが、オレを舐め回す。


「そうそう。あたしたち、お客さんなんだから」


 お団子頭の女子も、ぬけぬけと。

 客なもんか。出せる物なんてない、帰ってくれ。と言いたかったが、すぐそこにほかのお客さんがいる。

 生徒の家族か近所の人か、ともかく学校外の誰か。


 あの人たちは事情を知らない。このテーブルに座るふたりの女子が、ポニー先輩を階段から突き落とした奴だなんて。

 そう。田村の連れてきたのは図書室へ嫌がらせに来た、あの環境委員の女子たちだ。


 外部の目には、まだちょっとした悪ふざけにしか見えないだろう。そんな客を追い返せば、オレの横暴でしかない。

 それはたぶん、七瀬先生の迷惑になる。


 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしようと思うばかりで、行動が思い浮かばない。

 不自然に突っ張った両腕の先。二つの拳を震わせるだけが、今できる唯一の抵抗だった。


「おいヨシ。それに、きみたちも。いくら友だちでも、からかうには限度があるよ」


 残るひとりが初めて喋った。見かねた、にしては機嫌よく笑っているが。

 眩しいくらいに白いワイシャツ、折り目正しい薄茶色のズボン。高い身長もあって、やたらキマって見える。

 そんな男の声は、少し低めで聞き取りやすい。


「分かってるってタクちゃん。でも中学からの連れだから、このくらいでいいんだよ」

「それは聞いたけど」


 誰が連れだ。

 なんて突っ込みは、する気にもならない。耳に入った音を、もう一度引き戻して分析する。


 タクちゃん?

 タクちゃんと言ったのか。田村の連れてきた、親しげにヨシと呼ぶ男を。

 二十年前なら流行っていた俳優。みたいな感じの、男くさい風貌。そのせいで年齢不詳っぽいが、おそらく二十代半ば。

 条件の全てが、何者かを示していた。


「田村、卓哉……さん?」

「俺のこと、知ってるんだ? ヨシだろうけど、変なこと言われてない?」


 ふわっと地面の浮き上がる感覚。気のせいだけでなく、現実によろめいた。「おっと」と、やはり笑ったままの卓哉さんが引き戻してくれた。

 しかしいよいよ、オレの頭の中は荒れ狂う。

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