第66話:コース取り
放課後、七瀬先生に相談した。
経緯を話し「先輩と会わないほうがいいんですかね」と。言い終えるより、返答のほうが早かった。
「放っとけ」
いつものソファー。手にはジョイステ3のソフトが数本。もちろん視線もオレを見ていない。
「先輩を? 環境委員のふたりを?」
「明椿の言う通りだ。そういう輩は、構えば喜ぶ」
並んで座るオレ。ゲームをする態勢に違いなく、不真面目と言われれば返す言葉がない。
先生とのこの時間も、オレの中では価値あるものだ。いつかおじさんになったら、ムダな時間を過ごしたと苦笑したい。
その時、お酒でも飲んでいるだろうか。別にお茶とケーキでもいい。手の届くところへ、ポニー先輩と明椿さんがいれば。
同じ席で先生も、ドカ食いしていたら最高だ。
「でもそうしたら、先輩に嫌がらせが」
だから相談を先にしたかった。でも先生の手は一本のソフトを選び、本体に挿入する。
「それは避けられん。しかしお前が図書室へ行かないとして、因縁が終わると思うか?」
「……思いません」
今日より前、あのふたりが図書室へ来た記憶がない。意識になかっただけかもしれないが、たぶん誰かに聞いたんだろう。
七瀬先生の受け持つ文芸部員が、よく図書室に出入りしていると。
ポニー先輩も入部しているとは知らないはず。するとあのふたりの言い分は「七瀬先生と関わる生徒とも関わるな」だ。
一応の平穏を保っていた図書室に踏み込んだからには、オレが行かなくても嫌がらせを続けると思う。「こそこそやって、すぐに見捨てられてウケる」みたいな。
「早く選べ」
突き出されたコントローラーを、しぶしぶ受け取る。画面はゲームのタイトル画面を過ぎ、キャラクター選択になっていた。
ちょっと古くさい、メタリックとサイケデリックの近未来デザイン。レースゲームに触れたことのないオレでも知っている、これも名作タイトルだ。
選択したキャラの所有車種が、自分の操るマシンになる。速度と旋回性、グリップ力が違うらしいけど、どれがいいのやら。
基準が分からないので、キャラの見た目で選んだ。赤いボディーアーマーを着た、背の高い女性を。
「どう選んでも障害があるなら、直に対処できる位置へいたいと思うがな。私なら」
カウントダウンから、レース開始のブザー。灰色の道は、左右の両端が電磁柵で囲われている。敵キャラばかりのコースから逃げ出すことはできない。
オレのマシンはスタートで二位になった。先生は最下位。
「オレがどうにかしろってことですか」
「できるとは思えんな。だが知らんところで知らんことになるより、後悔はないだろ」
「……その通りですね」
半周もしないうち、先生のマシンがかっ飛んでいった。オレはコーナーのたびに電磁柵へ引っかかり、速度を落とされる路肩へ乗り上げたり。
「お前はお前の活動をしている、と言ったんだろ? 言い負かす必要はない。弥富がいるのは偶然と、はっきりしてやればいい」
「言わずに逃げれば認めたようなもの、ですか」
「さあな。こういう風に受け取ってくれ、なんて要求はしてもムダだ」
コンピューターの動かす敵キャラにも置いていかれる。ぶっちぎりの最下位だ。
「あわよくばですけど。オレが図書室へ行かなかったら、あの人たちも満足してなにもしないとか」
「自分で答えを言ってから聞いたな」
間髪入れずの返答。なにを問われるか、先に知っているように。
ちらと一瞬、横顔を見る。いつものちょっと不機嫌な感じもなく、ぼんやり眺めるだけに見えた。
と、オレのマシンが電磁柵に正面から突っ込んだ。バリバリと派手な音を立て、エネルギーが減っていく。
「どのコースにも障害物はある。どうやったら影響が少ないかとか、いつの間にかなくなってないかとか。余計なことを考えるより、うまく避ける走り方を探すほうが早いし、速い」
二周目を終える直前、先生のマシンが追い越した。緑と黄色の戦闘機みたいな。よたよた走るオレの視界から、あっという間に消えた。
「障害をなくす方法もなくはないですよね」
「どうやって?」
エネルギーを回復させるエリアへ入るにも、電磁柵にぶつかる。寄り道しないほうがダメージを受けなかった。
「先輩が突き落とされた時。どうして相手はお咎めなしだったんですか」
責めるつもりはない。なんだかうまいことやられてしまったんだろう、と思っていた。
先輩の楽になる方法がなにかないかと考えなければ、聞くこともなかった。
「——証拠がない」
オレが最後の周回を終えるまで、先生は暇だ。だからかソファーを立ち、お菓子とお茶を取りに行った。戻ってくると、オレの前にもペットボトルが置かれる。
「先輩は骨折したんですよね?」
「弥富が落下したのを、五人が見ていた。
それはどうしようもない。なんでそんなことを言うんだ、と腹が立つ。
でも先輩にじゃない。先輩に言わせた、周りのなにかに。
「ああもう!」
ゴール前の直線。使いきれなかったブースト機能をオンにした。でも制御を失い、電磁柵へ何度も突っ込む。
どうにか立て直し、最高速に達したところでゴールを切った。もう誰も目指していないゴールを。
「誰かが付きっきりでいることはできませんよね」
どうせフラフラしているなら、七瀬先生が図書室へいればいいんじゃ?
という願望が、何度も湧いてくる。しかしおそらく、狙われるのが昼休憩でなくなるだけだ。
先生が関わってしまえば、また極端な事態にもなりかねない。
「その腕を上げてやる自信はない。お前が自分で試行錯誤しなければな」
「いやオレじゃなくて」
咄嗟に答え、口を噤んだ。先生も押しつけられたって困るはず。先輩の一生を見てあげられるわけじゃない。
オレが試行錯誤する、のはゲームだけの話か?
先輩にしてあげられることを考え続けた。帰宅まで十戦十敗しても、してからも。
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