第57話:楽しさ>労力

「凄いです、ほぼ完成してるじゃないですか」


 素直にそう思い、手を叩いた。でも先輩は困り眉をもう少し困らせ、首を横に振る。


「そんな、全然だよ。説明するから、まあ座って」


 図書室には、ほかに誰もいなかった。オレと明椿さんは対面してテーブルに着き、先輩がカウンターから出てくるのを待つ。


「これが割り付け表ね」


 A3の紙がテーブルの真ん中に置かれた。紙面は四分割され、表紙、前書き、本文、裏表紙、と記入例が示されている。


「ほら『ここに前書きが入る』、なんて風にしか書いてないし。文字の位置や大きさ、フォントを決めなきゃ。三人それぞれ、トビラのページも要るかなあ」


 最初に見せられた冊子は、この割り付け表だけではイメージが湧きにくいだろうと、仮に作ったものらしい。

 パラパラと捲った中身がほとんど真っ白なのは、もちろん気がついていた。


「そういうのを決めなきゃいけないんですね。でもたったこれだけだし、すぐですよ。本文は先輩と明椿さんと、もちろんオレも、それぞれが書くんだし」

「そうだけど」


 決める項目をはっきりさせてくれたのは、もちろんありがたい。それだけに、やはり終わったも同然と思う。

 でも先輩の顔にはいつも以上の「困ったなあ」って表情が浮かぶ。


「先輩、このままだと文字しかない形になりますね。それでも私は好きですが、挿し絵はあったほうがいいように思います」

「うん、そう。今は全部ゴシック体にしてるんだけど、記事の内容とか絵の雰囲気で変えたほうがいいよね」


 女子ふたりが頷き合う。味方と判断したのか、立ったままの先輩は明椿さんのほうに少し寄った。


「記事の書式も、二段組みのほうが読みやすいかもしれません」

「それいいかも。サンプルを作ってみるね」


 なにを話しているんだか。日本語で頼む。

 議長と書記係を兼ねる先輩には通じているようで、首の縦運動が著しい。


「あの、先輩。立ってもらってるのもアレなんで、座りません?」


 議論に参加できない苦肉の策。これでオレの隣に座ってもらえれば、一石二鳥でもある。

 空いた椅子に触れ、ちょっと引いて見せた。しかし先輩は「うん、でもごめん」と首を傾ける。

 また困らせてしまった。


「誰か入ってきたら、カウンターに戻らないとだから」

「貸し出しの——」


 貸し出しや返却の受け付けなら、訪れた誰かがカウンターに向かってからでも間に合う。

 だが先輩の言うのは、そうではないようだ。暗にはずれを言うと、先輩は斜めに頷く。


「それもあるけど、かな」


 うん。七瀬先生が顧問を勤める文芸部のメンバーと、同じテーブルに着いた姿を見られるのはまずい。

 悲しい話だけど、面倒を起こさないのには有効だ。先輩の意図を汲むほかにないだろう。


「じゃあオレが書記役をやりますよ」

「いいの?」

「ええ。あんまり綺麗な字じゃないですけど」

「それは困るかなあ」


 小さく「フフッ」と聞こえた。心の中で最大級の「イエス!」を叫ぶ。役に立たない奴と面白くない奴なら、より後者のほうが嫌だ。


「ええと、とりあえず三パターンくらいかな」


 しばらく話し、文字と絵の配置に無限の可能性があることを理解した。その中でいいものを探すのは、途方もない作業になる。

 しかも出し合った意見がまとまっても、実は違うイメージを持っていたってこともあるはず。

 それは今日のサンプルと同じく、ポニー先輩が自宅で作ってきてくれることになった。


「先輩に労力が偏っちゃいますね」

「いいよ。みんなで一つの物を作るって、楽しいから」


 先輩のノートにオレが書いたメモを、何度も読み返している。困り顔は変わらないけど、言う通りに楽しそうな感じも見えた。


「先輩がパソコンを使えて良かったです。私もできなくはないですが、こういう知識はなくて」


 明椿さんは先輩の持ってきた資料を眺める。話し合いの中で、あれこれ書き加えもしたものだ。

 たしかに先輩がいなければ、内容が繋がるようにページを割り振るのもできていなかった。


「ううん、私も知らなかったよ。文集を作るって聞いて調べたの」

「そっ、そんな急に覚えられるんですか?」


 示された資料以外に、カンペなんかを見てはいなかった。つまり手順は完全に頭の中へ収まっているわけだ。

 だとしたら文集を作ると決めてから、今日を入れても十日ほど。その間に探訪へも出かけ、いつ調べていつ覚えたのか。


「急だったかな? 見嶋くんのお話を聞いてから、そんなの作るんだ楽しそうだなーって。そういう動画やサイトを見てたら、いつの間にか」

「凄いです」


 目を丸くした明椿さんも褒め称える。でも先輩は両手を振って「そんなこと」と否定した。


「そんなことないんだよ。私、ずっとこのままひとりで高校を終えると思ってたから。みんなでなにかやるって、楽しいでしょ。楽しいことって、勝手に頭の中へ焼きついていかない?」

「分かります」


 すぐ、明椿さんは頷いた。オレもまあ、理解はする。だけど思い返して、そういう記憶に辿り着かなかった。

 嘘でも同意しておけばいいんだろうけど、いちいち返事がなくても気づかれないはずだ。


「ところで先輩。校内が良くないなら、校外で打ち合わせるのはどうですか?」


 あれ。明椿さんも先輩の事情を知っているのか。図書室では人の目を気にしなくてはいけない、という件の対策のようだ。


「えっ、もちろんそれはいいけど。そんな場所ある?」

「毎回は無理ですけど、私の家なら」

「それは、いいの——?」


 そりゃああの広い道場なら、スペースはいくらでも。

 ただ明椿家の都合を縫ってになるのは、大丈夫かなと心配になる。先輩が首を傾げるのも、たぶん同じ意味だ。


「土日の両方が埋まるのは稀なんです。行事の当日は私も忙しいですが、準備の日なら。それでも無理な時は、無理と言います」


 なるほどそうですか、それは結構なご采配で。なんて言いたくなる保証の言葉。

 先輩は「でも……」と抵抗を示していたが、やっぱりダメと言うだけの理由が見つからなかったらしい。


「お邪魔してもいいの?」

「大歓迎です」

「オレも?」

「えっ、来ないの?」


 万が一、オレだけのけ者なんて寂しいことにならないか。一応の確認をしただけなのに、サボるのかみたいな目で見られた。

 弁明が必要だったか不明だけれど、その機会は先輩によって奪われた。


「じゃあご迷惑と思うけど、お願いするね。その代わり、もし私でお手伝いできることがあったら言って」

「大丈夫です」


 これでもかと大きく、明椿さんは頷く。見るからに心配無用という風に。

 どうやら次の打ち合わせは週末。ついでに七瀬先生も呼ぶことと決まった。

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