第42話:思いのほか

 それから間もなく。丸太を割っただけみたいなダイニングテーブルに、料理が山積みになった。

 いやもちろん本当に積み上げたら、ぐちゃぐちゃになってしまうけれども。


「明椿さん、そんなに時間かけてなかったよね。しぐれ煮がおいしい」

「弥富先輩の、レモン炒めもおいしいです。どうやって作るんですか?」


 相談はしなかったはずだが、ポニー先輩がメイン料理と汁もの。明椿さんが副菜もしくは、おつまみみたいな料理。という具合いに分担がされていた。

 誰も説明なんてしないのに、料理名が普通に出てくる。料理のできる人には、それで当たり前なんだろうか。


 かぼちゃと玉ねぎを細かく切り、牛肉と炒めたものはレモンの風味が効いてたしかにおいしい。

 約一名。黙々と喉への投入作業に没頭する人を、非難もしにくいくらい。


「見嶋くんもどう? お口にあえばいいんだけど」

「うまいです。ていうか、うますぎです」


 先輩と先生の組が作ったのは、洋食ばかり。明椿さんは和食だけで、対象的だ。

 オレはどちらも好きだから、甲乙つけがたい。「良かった」なんて先輩の微笑みまで付いてくるとは、いくら払えば対価になるやら。


 あ、そうか。これは女の子の手料理というやつだ。流れで普通に食べていたけれど、なかなか食べられるものじゃない。

 ひと口ずつ、ありがたく食べないと。

 なんて考えを、もし誰かに聞かれたら。そんな場合じゃないだろ、ときっと言われる。


 もうそれは、まったくもっとも。しかしせっかく女子たちが作ってくれた物を前に、食欲がないとか言う選択肢は存在しなかった。

 大丈夫、問題ない。食事が終わったら、必ず話しかける。先輩の勧めに従い、先生の人となりをもっと知るために。


 ――そして翌朝、すっきりと目覚めた。

 疲れた自覚はなかったけど、水源までの山登りがこたえたらしい。いつ眠ったかはっきりしないし、疲労の抜けた筋肉独特のだるさが体じゅうに残る。


 いや夕食の後、間違いなく話しかけようとした。先輩と明椿さんは一階で、先生とオレが二階。話すタイミングは間違いなくあった。

 問題は水源地で寝転んだ先生が、一番にシャワーを浴びたことだ。終わってすぐに部屋を訪ねるのはダメだろうし、オレの順番がいつ知らされるか分からない。


 最後に回ってきたのが午後九時ころ。五分もかけずに浴び終わり、濡れて見えないくらいに髪を乾かし、向かいの部屋をノックした。

 が、返事はなかった。

 念のため、失礼とは思ったが扉を開けてもみた。隙間から明かりが漏れることはなく、むにゃむにゃと寝ごと交じりの寝息が聞こえた。


 がっくり力が抜けたけれど、じゃあ朝だと立ち直った。朝日で起きられるようにカーテンを全開にして眠ったが、目覚めたのは出発の一時間前だった。

 ダイニングでは、もう朝食が始まっていた。目当ての人物が厚切りのベーコンにかぶりつき、高校生の女子二人が楽しそうにコーヒーを沸かしていた。


 かくして先生との対談は、次の夜へ持ち越しになった。

 気を取り直し、ありがたく朝食をいただいた。パンを焼くくらい、オレもやれよって話だ。それも明日の朝に持ち越すしかない。

 ともあれまだ、計画した旅程の二日目。終了までは、ほぼ二日残っている。直接話す機会くらいいくらでもあるはず。


   ***


 なぜだ。

 先生と二人で話さないまま、夜を迎えた。今日一日の予定は、芦野川沿いに河口まで下ること。

 それから高速道路に乗り、最初の晩に泊まった宿泊所へ戻ってきた。


 どうしてこうなったか、いくら考えても分かりきっている。

 車で移動し、目的地で四人連れ立って歩き、また移動。バラバラになる機会なんかないと、少し考えればすぐに気づく。


「食材が凄いです。作れないレシピを思いつかないくらい」

「遠慮は要らん、好きなように使え」

「じゃあまたジャンケンですね」


 しかしオレは気づかなかった。気づかず、また夕食どきを目の前にしている。

 厨房の業務用冷蔵庫を覗いた明椿さんに、また豪気な返答がされた。今夜も二組に分かれて調理を担当するらしい。


「ジャンケン、ポン!」


 先輩の掛け声で、四人が一斉に手を振り下ろした。先輩はパーで、明椿さんもパー。先生はグーだ、残るひとりと同じく。

 どうやら料理のできないオレと組む貧乏くじは、先生と決まった。申しわけないが、全力でサポートさせてもらおう。


「さて、なにを作る?」


 上着を脱ぎ、袖を捲り上げる動作も頼もしい。なんならすべてを任せ、踏み台に徹したほうがいいかも。


「たいていの材料はあるみたいですね。これは残ってもいいんですか」

「ああ。系列の飲食店に回すはずだ」


 大勢の研修者を受け入れる施設だけあり、三口コンロが二ヶ所。心置きなく、腕を振るっていただこう。

 やる気も十分らしい。分厚いまな板を用意し、さっと洗った包丁を置く。

 さあ、オレはなにをすればいい?


「よし、どうする。好きに決めろ」

「え?」

「材料も道具も好きに使っていい。私も精一杯、補助させてもらう。さあ、指示を出せ」


 ……どうも嫌な予感がした。オレの心にあるようなセリフが、先生の声で聞こえる。

 なぜか腕組みで、洋食の巨匠みたいに見えるのにだ。


「ええと、昨日も言ったと思いますが。オレ、料理は全然ですよ」


 答えを知りたくない。が、聞かないわけにもいかなかった。

 おそるおそる、眩みそうな目をこすりながら問う。


「聞いた。しかしなにごとも、挑戦あるのみだ。私の手で毒物を作らせたくなければ、お前がやるしかない」

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