第28話:行動あるのみ

「連休は、なにしてるんですか」


 水曜日の昼休憩。あさってからゴールデンウィークという日、大量のパンを抱えた女の子がやってきた。

 チョコパンやら焼きそばパンやら、二十個くらいある。社会科資料室の大きなテーブルにも見栄えのする山になった。


「金曜は研修会へ出席しなけりゃならんが、ほかに予定はない」

「へえ。休みなのに大変ですね」


 質問の意図はなかった。テーブルを挟んで食事していて「食いたければ食え」と言ってもらえて。黙っているのもどうか、と思っただけだ。

 それより昨日、ばあちゃんと話して思いついたことで頭がいっぱいだった。


 分からないことは誰かに聞く。もしくは調べる。それが文芸部存続への道だと思う。

 立派な文集を作ろうと思うから難しい。完成した文章だけを綴ろうなんて、考えなきゃいい。


 誰か一人の作家か、一つの本について調べるのも、文芸部の活動としてふさわしいはず。

 調べた経過をそのまま記事にする、ことまでは考えた。しかしどこへ、どうやって、という段階でつまずいた。


「お前はどうなんだ。聞いてくる以上、さぞ充実してるんだろうな」


 ソーセージパンを野生的に噛み千切り、牛乳で流し込む女の子。いつもなら食べている物へ注がれる視線が、オレに向けられた。

 もともと鋭い眼だけれど、睨まれている感覚が否めなかった。口調もなにやら荒々しい。


「してませんよ。なんでそんなギスギスしてるんですか」

「ギスギスなどしていない。ハゲの言い分に腹を立てているだけだ」

「ギスギスして――いや、なにを言われたんです?」


 しているじゃないか、というツッコミはやめた。怒っていると正直に申告してくれたし。


「『初任者研修、大変ですね。連休に仕事なんて彼氏に叱られませんか』とな。私の選んだ交際相手が、そんな些細なことで気分を損ねるものか」

「はあ……」


 怒るポイントがよく分からない。セクハラなのはそうだろうが、ちょっとずれているような。

 もしかして、遠回しにのろけられた?


 隙あらば学校で昼寝とおやつを貪り、二年目にしてベテランの空気を漂わすこの人に、彼氏が居るのか。

 見た目は中学生なのに。なんて口に出せば、オレも津守先生と同類に成り下がってしまうけど。


「津守先生もそんなこと言うんですね。まあ七瀬先生の彼氏さんが、心の広い人なら良かったです」

「はあ?」


 今度はあからさまに、片方の目が吊り上がった。迫力がありすぎるから、勘弁してほしい。


「アホか。私のどこを見れば、交際相手がいるように見える」

「見えま、いえ。すみません」


 わけが分からない。じゃあ結局、どの部分に怒っているのか。

 しかしちょっと、ほっとしている自分に気づく。なんというか、歳下にしか見えないこの人が誰かと付き合うなんて。

 とか、たぶんそんな気持ちで。


「それで結局、寝て過ごすのか」

「うーん、考え中です」

「見栄を張るな」

「本当ですって」


 いやに決めつけてくる。津守先生への腹いせを、オレに向けないでほしい。

 幸いそこまでで気が済んだのか、「フッ」と笑ってくれたけれども。


「で、考えとは」

「え? ああ、ええと。なにかテーマを決めて、ルーツを調べに行ってみた! って文集がいいかなと思ったんですよ」

「ほう。面白そうだ」


 いつものニヒルな笑みに、本当か? と疑いが残るものの、けなされるよりはいい。

 七つめのパンへ伸びる手を横目に、自分の弁当箱を閉じた。


「でもそれには、ゆかりの場所へ行かなきゃいけませんよね。ネットで調べるにも、限界があるでしょうし」

「まあな。ネットにあるのは、既に誰かが調べた結果だ。そのまま転載では面白味が薄い」


 作者の地元の図書館なんかには、独自の資料があるだろう。物語に出てくる土地や建物を写真に撮れば、それだけで価値がある。


「もしそこまでしても成果がなかったら、それはそれで記事になると思うんですよ」

「うん。真面目に行った結果としての失敗は、読み物として成立する。私もそういうエッセイは好きだ」


 思いついたことは、これだけだった。言葉にしてしまうと、何十秒で終わってしまう。

 一所懸命のつもりなのに、ひと晩使ってなにやってるんだか。使えない自分が恥ずかしくなって俯いた。


「日帰りじゃ無理だけど、移動と宿泊はどうしようもなくて。実行できないのを、いま悟りました」


 高校生なんて、しょせんこんなものだ。アルバイトでもしていれば別だが、これからやっても間に合わない。

 そういえばこれもオレの金じゃないな。飲みかけのペットボトルを、そっとテーブルに戻した。


「そうとも限らん。どこへ行く?」

「えっ。まだ決めてなくて」

「早く決めろ。文芸部の校外活動として、どうにか都合をつけてやる。ただしそれには、お前以外にも人数が要る」


 でなければ体裁が整わないと言いながら、七瀬先生は手近なダンボールを破った。

 手のひらサイズの破片に、ササッと十個足らずの都市名が記される。遠くは東京や北海道まで。


「そこなら移動費も宿泊費も要らん。自分の小遣いだけあればいい。同行者を二、三人捕まえてこい」


 行動あるのみ。と先生の親指が、背後の扉をさす。

 だから部員だの同行者だの、協力してくれる人間を探すのが難しいんだが。などと泣き言は聞いてくれそうになかった。


 仕方なく、唯一の当てに向かう。一緒に行ってくれなくても、行き先の相談くらいは乗ってくれるだろう。

 あの優しい図書室の番人なら。

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