第21話:ミスキャスト

 恵美須むつみ。あの茶髪女子が茶髪でなくなった日、なぜだかオレはクラスじゅうから責められた。

 仲裁しても逆効果と先生に言われ、たしかにと納得した。だからどうしようもないと諦めていた。


「調べてくれてたんですか」

「なにができるか考えるには、なにが起きたか知らんとな」


 スナック菓子でいっぱいの口が、器用に喋る。七瀬先生が「できることを考える」と言ったのは、この文芸部のことかと思い始めていた。

 入部を希望したのはオレだけど、なにも指示なく自由にしろという部分が。


「あ、ありがとうございます。聞きたいです」

「そうか。お前にはまったく面白い話でないが、構わんな?」


 聞きたくないな、とも思った。でもこのままずっと、なぜこうなったんだろうと宙ぶらりんは気持ち悪い。

 密かに深呼吸をして、頷く。先生は菓子の袋をテーブルへ放り、ソファーに深く座り直す。


「お前の受難が四月十二日、火曜日。問題はその前日に起こった。恵美須の髪色について、津守先生が当人を呼んだ」


 そうか、もう十日も前か。孤立した瞬間を思い出すと、まだ昨日のできごとに思える。

 でもきれいになったこの部屋と、ソファーに座る七瀬先生を見たら、もう何ヶ月か経ったようにも。


「土原学園は髪色にそこまで厳格でない。入学試験の面接では、許容範囲だったそうだ。しかし入学式、目を刺すような色に変わった、とは津守先生の発言だが。そういう色を見たな、と私も記憶している」


 話す順序も分かりやすく、あの派手な茶髪のグラデーションが、ありありと思い出された。

 あらためて見ると七瀬先生も、完全に真っ黒ではない。染めているのか、もともと色素が薄いのか、微妙な色だ。


「津守先生は生徒指導部だ。指導主任と相談し、入学式当日に注意するのも酷だからと見送った」

「それで月曜日に」

「うん。反省文を書かせ、地味な色に染め直すよう指導した。逆に不自然な今の色にまでする必要はなかったんだが、このくらいまではいいと指定も難しいそうだ」


 ツヤのない、焼いた炭を塗りつけたような黒。自分の髪にこだわりのないオレも、あれにしろと言われたらちょっと抵抗がある。

 ましてや茶髪女子なら、どれほど腹立たしいか想像も及ばない。


 しかしそうなった流れは分かるけど、オレのせいになりそうな箇所がなかった。入学式に配慮するとか、ちょっと優しいとさえ思う。


「ええと、なんでそれがオレのせいに……」


 首を傾げると、頷きが返った。そこで先生は小さく舌打ちをし、呆れたように、困ったように頭を掻く。


「それなんだが。指導が二日目になった理由は、当人に伝えられなかった。甘く見られても困ると」

「分かる気がします」

「だがそれとは別に、指導の理由が付け加えられた。あの髪色はいいのか、指摘する声が生徒からあったと。それはもちろん、お前ではない」


 先生たちの主観だけでなく、生徒も苦情を言っている。明確な基準のない校則を適用する材料としてアリだろう。

 ただしそうなると茶髪女子は、百二十パーセントの確率で、誰が言いやがったと考える。


「恵美須の思考までは追えない。が、逆恨みをするだろう。どうして標的が限定されたかも分からない。しかし『見嶋ですか』と問われたそうだ。津守先生は否定したがな」

「そりゃあ――逆に疑いを増しますね」


 たしか、明るくていい色みたいなことを言った。それでオレを思い浮かべたんだろう。

 あれだけ目立てば、言及するのはオレだけじゃなかったはずなのに。


「指導の妥当性。いや、もっともらしさを強調したかったんだろうが余計だった。ほかの教師を挙げるならまだしも、生徒では責任転嫁にしかならん」


 津守先生に代わって謝る、とかはなかった。頭と顔とを両手でゴシゴシやる目の前の生徒を、黙って見つめた。

 オレも納得できないだけで、理解できない部分はなかった。今に繋がる経過を呑み込もうとして、なかなか難しくもがいた。


「心当たりはあるようだな」


 じきに先生は、テーブルの下からペットボトルを取り出した。自分のだけでなく、オレにも。

 投げ渡されたので、掻きむしる手を止めることになった。当然だがまったく冷えていない、ぬるいほうじ茶をありがたく飲む。


「言いましたよ。ひと言かふた言、いいねって。でもそれだけですよ。正直うわって思ってたけど、褒めたんですよ」


 ねばつく口が洗われて、不満が口を衝く。冷静に言おうとしたが、吐き捨てる口調になった。


「初対面から、二つか三つも言葉を交わすまで。多くの者は第一印象で、相手の役割りを決める。無意識に、友人や恋愛対象、相談相手。いじられ役とかな」

「いじられ役……」

「中でも自分の理解から遠い相手は、敵キャラになる。いじられ役と兼務になれば、面倒だな」


 ああ――。

 入学式の日。週が明けて月曜日。なかったも同然の、茶髪女子との接点が思い浮かぶ。

 先生の言う通り、茶髪女子がどんな考えを展開したかは分からない。でもなんとなく、想像はついた。


「勝手な期待ってことですね。マイナス方向の」

「そうなる」


 五百ミリリットルの半分を一気に飲んだ。苦しくなった息を床へ吐き落とし、厄介な話だと目を瞑った。

 現実に告げ口した生徒の名前を出さなければ、オレの潔白を証明できない。だが公表すれば、今度はその生徒が恨まれる。

 ぐるりと高い壁で取り囲まれた気分だ。


「どうにもなりませんね」

「ああ。原因が思い込みである以上、説得の道がないな」


 気休めくらい言ってもいいんじゃ? と思う。けど本当に言われたら、腹が立ったかもしれない。

 おかげで、ほうじ茶を飲みきるころには、強がりくらいは言えるようになった。


「仕方ないです。オレの高校生活は、部活動に費やしますよ」

「うん。ものごとは簡単なことから片付けるのがコツだ。その時間で、不可能が可能に変わることもある」


 二年生になればクラス替えもあるから、そこで状況が変わるかも。

 というのを解決にして、オレは話題を次に移した。この部屋に足りない物はなにか、だ。

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