第二幕:ぼっちもたのしい文芸部
第14話:活動開始
正式に入部届けを出したのは、登校四日目の朝だった。
見た目にパンツスーツの中学生。中身はおじさんの七瀬先生を、たまたま渡り廊下で捕獲した。
「見嶋、行雄。か」
A4の用紙に記入するのは、提出日と自分のクラス。あとは入りたいクラブ名と名前だけ。
頭一つ低いところで、それは何度も念入りに読み返されているようだった。
「あれ。どこか変ですか?」
「いや。そういえば名前を聞いていなかったと思っただけだ」
「そうでしたっけ。言ったつもりでした」
一年A組の時間割を見ても、どこにも七瀬の文字はない。今までこの人と話すには、オレのほうから探す必要があった。
これからはきっと、部活で会えるはずだ。
「それはいい」
いつも通りの怒らせた眉。これと感情の読み取れない眼。見上げられると、うっすらとした寒気が背中に走った。
入部届けは合わせ目も適当に四つ折りにされ、スーツのポケットへ収まる。
「ええと、いつからなにをすればいいですか?」
「お前が部長だ、自分で活動計画を立てろ」
「自分でですか。文芸部ってなにをすればいいのか……いえ、分かりました。でも部室がどこかくらい教えてもらえますよね」
高校だからか、この人だからか、花冷えのような厳しい言葉。でもたしかに言いなりでは、どちらも
「社会科資料室に決まってるだろ」
「ええ? あそこ、椅子もないじゃないですか」
雑然と詰め込まれた棚と、大量のダンボール箱しかない部屋。どこの世界線に立てば「決まってる」になるのか。
「だからお前が、部室に変えるんだよ」
「変えるって」
「がんばれ」
細かな説明をする気は、さらさらないようだ。ショートカットの女の子は、さっそうと背を向け去っていく。
もうすぐ授業の始まる時間というのに手ぶらで、北校舎へ向かって。
***
「入部してくれたの? ありがとう!」
昼休憩。図書室にはあるまじき歓声が響く。叫んだポニー先輩のほかは、幸いにオレしかいない。
音量の調整を誤ったと、自己認識があるらしい。先輩は自分の口を押さえ、蹴立てた椅子に座り直す。
「無理言ったのに、ごめんね」
「いえいえ! 七瀬先生のとこなら面白そうって、オレも思ったので」
指先を合わせて拝むように、ポニー先輩は頭を下げた。ちょこんと縮こまるような動作が、歳上と言え可愛い。
同時になんだか申しわけなくて、オレも深く頭を下げる。
「うん。それは間違いないと思うよ」
先に顔を上げたらしい先輩は、オレと目が合うのを待って笑った。遠慮がちな、道路脇の花みたいに。
「でもちょっと困ってるんです」
正面に突っ立っては、目障りかも。少し横にずれ、ポニー先輩とを隔てるカウンターに両腕を乗せ、体重を預ける。
先輩も伸ばしていた背すじを椅子にもたれ、傍らの水筒へ手を伸ばす。
「困るって?」
「社会科資料室が部室らしいんですけど、テーブルしかないんですよ。部室らしくなるようにどうにかしろって、丸投げです」
本当はそこまで困っていなかった。
椅子くらいは、どこかに余分があるだろう。それ以外となると、なにが必要か思いついてもいない。
七瀬先生の名を出せば、ポニー先輩は楽しそうにしてくれる。だから話のダシにしただけだ。
「うーん、そうだねえ。七瀬先生はそう言うかも。でも自分でやってみて、どうしてもできないことは相談したらいいよ。絶対に助けてくれるから」
さほど深刻でないと先輩も察したらしい。困り眉ながら柔らかい微笑みで、アドバイスをくれる。
絶対に。というのだけは眉間に皺を寄せ、両手を拳に力んでいたが。
「すごい信頼ですね」
「それはそうだよ。七瀬先生がいなかったら、私はこの学校に残ってないもん」
おもむろに顔が伏せられた。
なにかつらいことを言わせた?
いや、覗き見える先輩の横顔は微笑のままだ。どうやら自分の制服を眺めているらしい。
「図書室登校の――あ、いえ。すみません、なんでもないです」
「ううん。そうだよ」
あせって、ほっとして。思わず失礼な問いを口にした。
慌てて謝ると、先輩は首を横に振る。しかしそれ以上を説明しようともしない。
「ええと、その。きょ、去年の先輩はどうしてたんでしょうね。文芸部の部室って、別の部屋だったんですか?」
話題を変えるのヘタクソか。わざとらしい路線修正に、ポニーテールがちょっと傾く。
でも先輩も分かりやすく「ふふっ」と、わざとらしく笑ってくれる。
「去年はなかったの。部室じゃなくて、文芸部そのものが。ずっと休部だったそうだけど、七瀬先生もどこかのクラブを受け持たなきゃってなったみたい」
「ん? 七瀬先生も去年は顧問をしてなかったんですか」
「そう。去年は新任だったから」
さすが詳しい。恩人のこととなれば、当たり前なんだろう。凄いですねと素直に褒めると、先輩は肩を窄ませて顔を赤くした。
「そ、そんなこと」
しかし若い先生と思ったけど、まだ二年目とは。口調や態度はベテランの風格なのに。
「そんなことあります。それに教えてくれてありがとうございます。そういう経緯なら、なにもなくて当たり前ですね」
「そうだね。私も手伝ってあげたいけど、昼休憩は図書室を開ける約束なの。ごめんね」
先輩の細い指の先が、また合わせられる。謝る時の癖らしいが、こんなことをされてはなんでも許してしまいそうだ。
「ごめんじゃないですよ、オレの役目なんで。でも分からないことがあったら、教えてください」
「もちろんいいよ、私で分かることなら」
よく見ていないと分からないくらいの首肯。鼻血か鼻水が出そうで、さりげなく押さえる。
「じゃ、じゃあオレ、部室を見てくるんで」
「うん、がんばってね」
出口へ向かうと、ほんの少し上げた手を振ってくれた。オレも振り返すべきか迷って、始めたてのロボットダンスみたいになった。
まあいい。意気揚々とはこういう感じだろうと、図書室を出る。社会科資料室の鍵は、当然に借りてきた。
廊下を折れると、ちょうど階段を上ってきた女子とすれちがう。
限りなく利用頻度の低い、土原学園の図書室。珍しくとも、いちいち誰がと気にすることでもない。
ただその相手が、図書室へ消えてから気づいた。今のはキツネ女子、明椿倫子じゃなかったかと。
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