第6話:グループ分け
授業の始まる日と言え、最初の時間はホームルームだった。担任の
クラス委員が二人。他は三、四人ずつ選ぶらしい。生徒全員が顔を伏せ、希望する委員会に手を挙げろと。もちろんみんな、その通り従った。
どの委員か、かなり迷う。顔を伏せたって、オレの席はいちばん後ろだ。誰かと同じ委員会を選ぼうと思えば簡単にできる。
ただし肝心の、
すると仕事内容で選ぶことになる。
クラスの代表なんて柄じゃない。アルバム委員は卒業アルバムに載せる写真を撮っていく役割りだ、センスが重要だろう。
風紀委員は、取り締まりみたいなことをするんだろうか。それはなんだか嫌われそうだ。
とかなんとか考え、環境委員に手を挙げた。単純に、掃除は得意だから。ゆうべもばあちゃんの本を探すついでに、納屋の棚を拭きあげた。
「あー、いくつか被ったな」
政治家の答弁みたいに「あー」が長い。津守先生は顔を上げるよう言い、黒板の委員会名の下に生徒の名前を書き加える。
「あー、悪いが男子。貴重な男手だからな、バラけてくれ」
誰の話かと思えば、環境委員のところに見嶋行雄と、
「じゃあ僕が。風紀委員にします」
「そうか? 悪いな」
どちらが希望を曲げるか、悩む必要はなくなった。二つ隣の席の俵が、空いているポストに手を挙げた。
女の子にしては背が高く、ほっそりしたキツネ女子の向こう。俵の背の低さと、ぽっちゃりした頬が際立つ。
たぶん単独で見れば、面と向かってデブと呼ぶほどでない。
譲ってくれた奴をバカにするつもりもないが、ゆったりした口調だ。もしかして眠ったまま話してるのか、と思うくらい。
それから誰も希望しなかったクラス委員も含め、全てのポストが埋まる。
田村がアルバム委員とは、似合わない気がした。でも男子の誰かがやらなければ、男子の写真の分量が減ると気づいた。
なるほどと奴の機転に感謝する。
あ、いや。同じくアルバム委員に、恵美須むつみの名前がある。田村は嬉しそうに、茶髪女子の後頭部を見つめていた。
たしかに可愛いし、責められない。頑張れ、と陰ながら応援しよう。
さてオレの属する環境委員はどうか。三人の委員もある中で、オレも含めた四人の名前が書かれている。
よし、と心の中で拳を握った。
ただ、そのうち一人はキツネ女子だ。思うところはないけど、最初にやらかした相手。
それに鋭い顔つきもあって、どうも威圧感を覚える。今も睨みつけるように、黒板の内容をノートへ書き写していた。
誰がどの委員か、メモを残して意味があるのか?
***
「金曜日に行けなかったけど、今日は行けるよって人!」
放課後。また茶髪女子が挙手を求めた。連続して二回目となると「お小遣いが……」なんて声も漏れ聞こえる。
「無理しなくていいよ、本当に行ける人だけね。みんなで遊ぶのは、またゴールデンウィークくらいに提案するし」
ふわあっと、力みのない声。なぜかそれに、いいんだと納得させられる。今日は必ず行くと決めた、オレまでも。
どうしようか思案顔だった女子たちが、ほっと息を吐き「ごめんね」と教室を出ていく。
「あれ、いない?」
いかにも残念という風に、茶髪女子の眉尻が下がる。
しかしスマホの確認を終えた女子たちが数人「行けるよ」とようやく手を挙げた。それに続き、俵の手も。
田村をさしおくわけにいかず、オレはまだだ。茶髪女子の視線が田村に向いて、奴は慌てて腕を伸ばす。
ならばとオレも手を持ち上げかけた。その時スピーカーから、音の割れたチャイムが鳴る。
「あー。一年A組、恵美須むつみ。一年A組、恵美須むつみ。至急、職員室へ」
繰り返しの終わるまで、みんな耳に指を突っ込んで堪える。
マイクに近すぎるのかボリュームを間違えたのか、津守先生の声は窓ガラスをも揺らした。
「えー、なんだろ」
耳の痛いそぶりをしつつ、茶髪女子は首をひねる。既にグループのできつつある、仲のいい女子二人も「なんだろうね」と眉をひそめた。
「分かんないけど行ってくる。遅くなったら悪いから、ごめん今日はなしで」
頭の上で両手を合わせ、茶髪女子は教室を出る。グループの二人は廊下まで追い、「待ってようか?」なんて。
違う中学のはずなのに、もうそこまでかと感心する。
主催を引き継ぐ人間も現れず、三々五々。ふと気づいて見回したが、その中にキツネ女子の姿はなかった。
ともあれ男同士で帰ろうにも、俵は田村と同じく自転車通学と言った。仕方なく、オレは一人でバス停へ向かう。
そして次の日。火曜日も、前の日と同じ時間にばあちゃんの家を出た。玄関まで見送ってくれるばあちゃんに手を振り、前の日と同じバスに乗った。
到着時間も、似たようなものだ。靴を履き替えて向かう先も、当たり前に昨日と同じ。
しかし、入った教室の空気は違っていた。
正確には、オレが戸を抜けた途端に変わった。他の教室と同じくガヤガヤしていたのが、ぴたりと静まる。
思わず立ち止まったオレに、教室じゅうから視線が集まった。
クラスの半分くらい。この場に居る全員からの、冷たい目。唯一例外は、読書に没頭するキツネ女子だけ。
どれ一つとっても見つめ返すのが怖くて、その場から動けなくなった。
「あれ、どうしたの」
何十秒か経ち、クラスメイトの女子がオレの後ろに立った。昨日、クラス委員に決まった子だ。「入れないよ」と冗談めかして背中を押す。
仕方なく、三歩。教室内へ踏み入った。でもまた立ち止まり、オレを押したクラス委員の女子も「どうしたの?」と尋ねてくる。
オレにだって分からない。小さく首を振ると、その子は教室内を見回した。首をひねり、小走りで別の女子のところへ。
耳打ちで三、四回の会話があった。するとたった今まで微笑んでいたクラス委員の女子は、そういうお面をかぶったみたいに表情を変えた。
眉根を寄せ、顎を引き、汚物を見るように目を細めた。他のみんなとまったく同じに。
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