第4話:キャラクター選択

七瀬ななせせんせーい」

「ナナちゃーん」


 上級生の席から、黄色い声があがった。タイミング的に、教員席の端に座ったばかりの女の子へ。

 当人も椅子を立ち、声のした方向へ睨みを利かす。唇に指を当て、静かにと。


 どうやらこの学校の教師のようだ。信じられなかったが、上級生がそう呼ぶのだから間違いない。

 オレと同じく「えっ、先生なの?」と、どこかから聞こえた。言っては悪いが、いくら睨まれても迫力など微塵も感じない。


 ただしそれでも、上級生はすぐに静まる。さっきの歓声もバカにしている感じはなく、人気のある先生なんだろう。

 以降、生徒と交じってステージへ上がった先生もいたが、個別に呼ばれた人は居なかった。


 クラブ勧誘が滞りなく終わり、教室へ戻る。担任の自己紹介とか明日からの連絡とかもありながら、午後零時四十分のチャイムで解放された。

 大して疲れてはいないけど、溜まった息をどっさり吐き出す。それと一緒に体育館であったことなど、すっかり忘れた。


「はあっ、もう明日から授業かあ」


 やはりため息と一緒に、オレと同じ気持ちを女子の誰かが漏らす。

 さらに「じゃあさ」と、面倒な気持ちを払拭しようと提案したのも別の女子。


「これからみんなで、どこか行こうよ。カラオケ? お寿司? 行ける人!」


 高々と手を掲げ、参加者を募ったのは茶髪女子。キツネ女子と親しくしていた子だ。

 他の女子からの反応も早い。これあると知っていたように、十人くらいが手を挙げる。急いでスマホを取り出したのも数人。


「用事のある人は無理しないで。ノリは行ける?」

「むつみちゃん、ごめん。週末に道場の用事があって、手伝わなきゃ」

「そかそか。いつも大変だねー」


 スポーツバッグ型のカバンを両手で提げ、キツネ女子は頭を下げる。

 了解を得ると、手を振って教室を出て行った。朗らかな茶髪女子に比べて、どうも表情が薄い。

 しかし道場って、剣道でもやってるのか。たしかに似合いそうだけど。


 茶髪女子は、むつみという名前らしい。うん、名前も可愛い。

 でも髪色が派手すぎる気もした。今どき茶髪くらいなんとも思わないが、茶トラの猫みたいで目がチカチカする。


「ん、なに? あたしの顔、なんか付いてる?」


 教室の真ん中にいた茶髪女子が、端に立つオレの視線に気付いた。つかつかっと二歩、距離を縮める。

 この場のほとんどが茶髪女子を見ていた。けれどもなぜかオレだけに、責める口調。と言ってもニヤニヤと、からかっているのも明白だが。


「あ、いや。髪の色が」

「髪?」


 まだクラス全員の顔を見ていない。でも茶髪女子は、間違いなく上位に食い込む。これが彼女だ、と中学のクラスメイトに紹介すれば、絶対に羨ましがられるはず。

 なんて考えていたオレは、やましさに口ごもりながら答えた。


「明るくていいなあって」

「あ、そう。ありがと。で、見嶋も行くの?」

「うん。なにも用事ないし――って、あれ名前?」


 茶髪女子に照れる素振りはない。むしろ当然と頷き、薄く笑ってオレを見つめる。

 生徒の自己紹介の時間はなかった。なのになぜ、オレの名前を知っているのか。

 答えを出す間もなく、茶髪女子は「あははっ」と声をあげて笑った。


「そうだよねえ。わざわざこんな遠くの、元女子校に進学したくらいだもん。彼女を作るのが目的だもんね」


 ムダに大きな声。一緒に笑おうとしたオレの頬が引き攣る。さっと田村のほうを見ると、奴はもう一人の男子とヘラヘラ笑っていた。

 けどすぐに気付き、自分の口の前で手を動かしてみせた。ネタだろ、合わせろよ。と言いたいらしい。


 なるほど自虐ギャグか。たしかにウケを狙うなら手っ取り早い――ってバカ。

 もっと盛り上がっていればともかく、こんな序盤でそのネタは重いだろうが。

 現に周りの女子たちからクスクスと、潜めた笑いが聞こえ始めた。


「マジで?」

「信じらんないよねー」


 どれが誰やら。

 背中にヒリヒリするような汗を感じるけど、まだ大丈夫だ。どの声も、からかう範疇を出ていない。


「んなことないって。彼女ができたら楽しいだろうなとかは言ったけどさ」


 乾いた笑い声もひねり出し、さらっと流す。すると茶髪女子は、あっさり「そうなんだ」と引き下がった。


「じゃあ見嶋も参加ね」

「うん、行くよ」


 どうやら難所を切り抜けたようだ。くそ、田村の奴。今度ニオンモールで、高いアイスを奢らせる。

 覚えてろよと横目に見れば、田村は憮然としていた。

 なんだ、ノリが悪いとでも言いたいのか。オレにこれから三年間、エロキャラで通せと言う気か。


「でもおかしいなー」

「ん?」


 元居た位置へ戻りつつ、茶髪女子は背中越しに言う。なんのことか聞き返すと、ぐるり振り返った。


「二、三日前に、学校の匂い嗅ぎに来てたでしょ?」


 どうしてそんなに、彼女を作るだけが目的のエロキャラに仕立てたいんだ。

 いやそういう奴が一人居れば、盛り上がるのは分かるけど。ネタにされる側はたまったもんじゃない。

 単なるおバカとかドジっ子ならともかく、エロキャラは嫌だ。


「やだ、なんかされそう」


 誰かのからかう声。さっきよりも数パーセント、本気度が上がったように聞こえる。


「そんなことしてないって。でも疑われるのもなんだし、今日は不参加にしとくよ」

「ええ? ここで帰ったら面白くないでしょ、来てよ」


 この流れはまずい。断ち切って仕切り直すために、今日は諦めることにした。

 やはり茶髪女子は、ネタ的な意味で主役にしたかったんだろう。帰ろうと歩き出したオレの袖をつかむ。


「ごめん。知り合いの家に行こうと思ってたの、忘れてたんだ」


 立ち止まって言うと、真顔の茶髪女子は「分かった」と手を離す。オレはそのまま、カバンを担ぐようにして教室を出た。

 まだまだざわめく廊下を進み、隣の教室も過ぎるころ。一年A組からどっと大きな、大勢の笑い声が聞こえた。

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