第十七章「マラソン 後半」

足は相変わらず痛いまま。しかしリタイアは許されない。残り28キロ。

もうひと頑張りと奮起するにはあまりにも遠い距離を、僕はまた走り始めた。


マラソンである以上どんなに苦しくても歩いてはダメだ。

それはあの講師に言われたことではあるが、それ以上に、僕はチームのためにも“走る”しかなかった。僕がダラダラと歩けば、その分他のメンバーに迷惑がかかる。どんなに辛くても食らいついていくんだ。


どこからそれだけの責任感が出ていたのか分からない。

これも一種の洗脳の賜なのかもしれない。

でも当時の僕は確かに、チームのためならなんでもできると、覚悟のようなものが出来ていた。


自分たちも疲れてるだろうにこちらを気遣って肩を貸してくれるチームメイト。彼らが諦めない限り、僕だって諦められない。


傍から見れば、僕の走りは走りと言えず、辛うじて歩きよりマシ程度の速さしか出ていなかった。


一定以上いけば痛みも麻痺するか? なんて思っていたが、足裏は熱を持って痛みを訴え続ける。


足としての機能をほぼ果たしていない棒を引きずって、跳ねるように一歩一歩を踏みしめていく。


痛みに対するものなのか、仲間の献身に対するものなのか、気付けば僕はボロボロと泣いていた。人前で泣くなんて情けなくて仕方ないのに涙が止まらなかった。


周りのメンバーはそんな僕を馬鹿にするでもなく、「もうちょっとだから頑張ろうぜ」と励ましてくれた。


それから数時間。僕は遅々とだが進み続けた。そして西日が差し込む時間になって、ようやっとゴールした。


ゴールした途端、道路に大の字で倒れ込んだ。

もう一歩も動けないと思った。

周りのメンバーも各々座り込んで項垂れていた。


48キロを走りきった達成感と強い疲労感。それだけが僕を満たしていた。


「お前たちで最後だ。早く食堂にいけ」


動こうとしない僕たちを見下ろして、講師が告げる。

未だ上体すら起こせないでいる僕は、やっぱり最後かと思いながらも、僅かながら悔しさもあった。こんなに必死こいて走った結果がビリか。


「結果は残念だったが、走りきったことに意味がある。よくやったな」


「あ、はい……」


てっきり、1位じゃなきゃ意味がねぇんだよと怒鳴られると思っていた。

走ってる途中は有耶無耶になっていたが、この講師に対する憎悪は確かにあった。

でも今は、自分の頑張りを認められただけで霧散してしまった。


これは勿論アメとムチでいうところのアメであり、ストックホルム症候群的な洗脳なのだが、その時の僕に考えを巡らす余裕はなかった。


僕たちは暫くしてから食堂に向かい、夕飯、入浴をそそくさと済ませると、再び合宿所へと集合した。


マラソンで全力を使い切ってしまったが、寝るまでにはまだ時間がある。

「今日はマラソンで疲れただろうしゆっくり休めよ!」なんて言葉がこの講師から出る訳もなく、前日の予定通りテストが行われ、座学とロープレを挟んでようやっと解放された。


0時過ぎ。僕たちは精神的にも肉体的にも疲弊を抱えたまま床についた。

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ワナビになって9年経ったからこれまでの軌跡を書いてこうと思う。 キョウト @kyoutotann

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