第二章 右腕のしこり -7-



 妖精と仲が良いこと、半分妖精の血が混じる混血だということ、邪悪な妖精対策をしないこと。

 村の人たちは隠しているつもりでも、ミーナは気付いていた。普通ではないと感じ取られていること。一歩引いたところからビクビクと接しているのが分かっていた。


 ミーナは一人ぽっちでも不思議じゃない。心が隔絶されないよう、繋ぎ止めてくれているのはクルトなのだ。

 だから知らずの内でも、ミーナの半分全部を拒否する、彼の本心が痛かった。


 クルトが冷めた瞳で冷たく見下ろす。

「僕の言葉で泣いてるのに?」

 言われて、頬を伝う涙に気が付く。

 見られたくなくて、見られてしまったのが嫌で、急いで拭う。

「……~っこれは、違くて」


「違う? 何も違わないだろ。僕の言葉に傷ついて、泣き出したのはミーナだ。優しいなんて生温い感情、妖精が持ってる筈がない。そう解ってるから、図星を突かれてミーナは泣いたんだ」

「違うの! 私は」

 食い違っていると分かっていても。涙で洗い流された油の足りない錆びた思考は、うまく回ってくれない。


(違うのに)

 返す言葉が見つからなくて、もどかしい。

 酸素が足りない魚の如く、口をパクパク動かして言葉を探す。見つからない。

 声を上げたのは自分でもクルトでもなく、リュユヒエンだった。


「クルト、ミーナ。こんな時に喧嘩しないでくれ」

 俯いたリュユヒエンの憔悴しきった顔に、自然と喉のつっかえが腹の中へ戻っていく。クルトも同じで、クイと顎を引いたまま喋らなくなった。

 シエラが扉の奥で苦しんでいる。

 自分の家族が何者かによって傷付けられたのだ。平然としていられる人はいない。


 ミーナだって、そうだった。

 空っぽの家が怖くて帰れなかった時、家に泊めて、背を擦ってくれた人たちがいたから、今こうして悲しみに暮れず二人の帰りを待てる。

 あの時助けてくれた人たちが今苦しんでいるのに、何も出来ないなんて嫌だ。ソーイがいなかったらと思うと、心底怖い。


 ――クルトが妖精の仕業に怯えるのは、これが何度目なのだろう。

 ミーナは手の平で口を覆った。

(私、言葉だけで、妖精の話題を避けて、優しい妖精の話すらしてない。今、大丈夫優しいから、なんて即席の言葉を信じられないのは当然なんじゃ……)

「クルト。犯人探し、行こう」


「……は?」

 邪悪な妖精はたくさんいるけれど、親切な妖精もたくさんいる。誤解は解けばいい。ピラティたちのところへ、クルトを連れて行こう。人間も妖精も、仲良くなれると知ってもらおう。

 犯人はエルフではない。ミーナは確信している。


「リューさん、行ってきます」

「――うん。気を付けて」

「なっ……ミーナ!」

 行きの時とは反対に、今度はミーナがクルトの手を無理矢理引っ張り、外へと連れ出した。

 初めてクルトと対面するエルフたちはどんな反応を示すだろう。クルトは怒って引き返してしまわないだろうか。


 向かうはエルフの棲む森。

 ドキドキと不安で高鳴る胸を押さえつけ、ミーナはクルトの腕を強く握って早足で森へと向かった。


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