第二章 右腕のしこり -6-



 彼は仕事に真摯だけれど、言葉が足りない。

 祈祷師は普通、エルフの太矢を受けた人への治療法を秘密にしている。それは、まじない女や魔女に限らず同様で、それぞれの治療法は親から子へ受け継がれる以外に明かされはしない。


 風の噂では銀の大皿に入れた飲み物を飲ませるのだと聞いたが、肝心の飲ませるものは何なのか、てんで見当がつかない。

 それにソーイは大皿をしまい込めるような、大きなカバンでこの場を訪れていないのが、また謎だ。所詮、噂は噂でしかない。


 バタンと容赦なく扉が閉められ、階段前に取り残されたミーナたちは、確認するようにそわそわと互いの顔を見合わせた。

「ミーナ、詳しく教えてくれるかな」

 リュユヒエンは階段に腰を下ろす。変わらぬ声色を装っても、滲み出てしまう感情。


 憂い。動揺。不安。恐怖。悲壮。

 大切な人が重篤な状況に陥って、気が滅入ってしまうのも当たり前。

 ミーナも。大切な人たちが疑われそうな時に、平然となんてしていられない。

「……まだ、確定してない推測の範囲だから」

「それでもいい。大人しく待ってはいられない」


 リュユヒエンの強い瞳に揺さぶられる。ミーナの噤む唇をこじ開けようとする強い眼差し。

 リュユヒエンもクルトも、家族なのに何も分からないなんて嫌に決まっている。ミーナにはその気持ちが嫌というほど分かるから。

 大切な友人が疑われるのも嫌だけれど、きっと二人なら分かってくれる。


 ミーナの口から漏れ出る言葉は、呻き声みたいにひしゃげていた。

「……エルフの太矢に、射られてた」

「エルフ……」

「でも、エルフがやったって決まった訳じゃない」

 弱々しい語尾に不安を駆られたミーナは急いで付け足す。


 エルフの太矢とは言うけれど、根幹を作るのはエルフではない。イゾベルの言葉通りとするならば、エルフは仲介役。彼らは実際に手を下さないから。

 クルトがフンと蹴飛ばすように鼻を鳴らした。

「庇うね。妖精なんて害悪でしかないのに」

 胸に突き刺さる言葉が痛い。


 冷たく心を傷口から凍らせていく、震える吐息は寒さの所為ではない。

 確かに、人間を傷付ける妖精だってたくさんいる。

 自分の誘いを拒んだ男性を殺してしまう水の妖精ジャルパリや、ササボンスムという旅人を喰らう森の妖精。人々を眠りに誘って、目玉をくりぬいたり子供を攫ったりするイエゼ。


 他にも、もっともっと邪悪な性質の妖精は数え切れないほどに。

 でも。

(クルトは妖精全員が牙を剥き出してると思ってるの?)


 ミーナの家にいる家付き妖精ブラウニー、お喋り好きでシエラとよく話をしていたアンチョ、クルトは知っている。

「そんなことない……クルトみたいに優しい妖精だってたくさんいるんだから」

 震えた声。

 クルトの視線は動じない。


「僕が優しい? 勘違いじゃないの」

「どうしてそんなこと言うの? 私は、クルトにいっぱい助けてもらって……」

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