第二章 右腕のしこり -5-
矢に猛毒を塗ったのは悪魔の方。
エルフは磨き上げただけに過ぎない。
それに、エルフは自ら太矢を投げることは出来ず、定命の種族の者をつけまわして代わりに矢を投げさせなければならないのだ。
ミーナが顔を上げて折しも、扉がまた乱暴に開けられる。クルトがミーナの時と同じように、祈祷師の手首を握って部屋へ入って来た。
祈祷師の驚いて見開かれた目に、クルトはまた何の説明もせずに連れてきたのだと呆れながら悟る。
祈祷師の男の名はソーイ。
一番力を持つとされる、七人兄弟の末っ子の、七番目の息子である彼は、事実とても力のある祈祷師としてこの村だけでなく他の街にまで足を伸ばしている実力者。
今日この村にいた幸運に、ミーナは心の中で感謝した。
ソーイがいなくとも彼の父親がこの村には常にいるから、治療出来る者がこの村にいない訳ではないのだが。潜在的に強い力を持つ彼が治療に当たれば、回復するのはほぼ目に視えている。
シエラが助かる。
ほっと全身の筋肉が弛緩した。
「おい、その人は……」
ソーイは説明されずとも、シエラを見てピンと来たようだった。一瞬立ち竦んだのち、ミーナに向き直る。
「私を呼べと言ったのはお前だな、ミーナ」
短い黒髪と汚れを知らない白衣は清潔で、早熟した思慮深そうな黒い瞳がミーナの内側を覗き込む。
「……右腕にしこりがあったし、針を指しても血は出て来なかった」
「成程。私がいて良かったな」
「本当に」
ソーイがシエラに向き直り、しこりのある右腕を調べる。医者の手つきは入念に優しく、何より安心する。
ベッドから離れたリュユヒエンは心配そうにシエラを見遣りながらも、どこか安心した表情をしていた。ソーイはこの村で何人もの命を救っている。
きっと今回だって、そうなるから。
ミーナは胸中に渦巻く不穏な可能性に蓋をし、取り敢えずシエラが回復出来そうな処置を受けていることに安堵した。
いつの間にか手は心臓を押さえていて、ミーナは誤魔化すように肩に掛けたポシェットの紐を握る。
ソーイがミーナと同じくしこりを発見したところで、
「治療を開始する。部屋を出て行って貰えるか」
とソーイが顔を上げずに言った。
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