第二章 右腕のしこり -4-



 全身から嫌な汗が滲み出て、するりとどこかに引いていく。残った冷や汗の感触が、身体を震わせた。

「……針を、もらってもいい?」

 ミーナが指で押さえるのは、明らかに一か所だけ感触の違う、しこりが潜む場所。


(――どうして?)

 疑惑が確証へと変わる瞬間に身震いを覚え、違うとミーナは頭を振った。

(違う。エルフたちが人間を襲うなんて。私は、絶対信じない)


 イラインの戸惑った顔が脳裏に蘇る。半分人間だって、ミーナを好いてくれる。人間を傷つけるなんて、エルフたちがまさか、そんなのするはずない。

「ミーナ」

「……うん」


 クルトが一階から持ってきた針を受け取って、ミーナは恐る恐るしこりに針を吐き刺す。プスリと、けれどシエラは体中が麻痺しているため、痛みを感じていない。

 ……血も、出てきてはくれなかった。


祈祷師カニングマンを呼んで……急いで」

 ミーナの声は、意に反して震えた。

 クルトの足音が遠ざかるのを聞いて、針をナイトテーブルの上に置く。リュユヒエンに頭を撫でられ、不意に滲んだ涙を必死で押し留めた。


 『エルフの太矢』別名、『サイド・シー』


 人間や家畜に危害を加えるために妖精や魔女が作った太矢。矢で射られれば麻痺状態に陥り、最悪の場合死をもたらす、悪意に塗り固められた矢。

 シエラは、真夜中に、射られたのだ。


 ミーナがエルフと踊り遊んでいる間に、エルフの太矢によって。

 どんなにミーナが頑張っても、人間と妖精は仲良くなれないのだろうか。一緒に笑いあってダンスをしたり、バジルシードやゴボウを食べたりは出来ないのだろうか。クルトとイラインは互いにいがみ合って、ミーナはクルトに嘘を吐き続けて生活しなくてはならないのだろうか。

(そんなの嫌だ)


 エルフの太矢を射たのが誰であれ、ミーナはその妖精を見つけなくてはならない。これ以上、妖精と人間との間に亀裂を生ませないためにも。

(――私が見つけて、どうにかしなくちゃ)

 前に家で読んだ本、魔女イゾベル・ゴーディーという人の証言にはこんなことが書いてあった。


『エルフの矢じりについて申し上げれば、悪魔デヴィルがみずからの手で形づくり、その後エルフの少年たちに渡しました。

彼らはそれをとがった針のような鋭い道具で白く磨き上げました』

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