第二章 右腕のしこり -3-
クルトは家の扉を乱暴に開けて、ずんずんと二階の寝室へミーナを引っ張っていく。ほんの少し寒くなってきた季節とはいえ、ずっと握られていた手首は熱を含み、離された途端にくっきりとクルトの手の温もりを感じた。
開けられたカーテンは風にはためき、足元を照らす。屋根裏部屋の二階は天井も低めだが、クルトの親が寝転がるには十分な広さがある。クルトは十歳の誕生日の時に一人部屋をもらっている。
仲良く並べられたベッドの端に、クルトの母親の、シエラが寝ていた。
――否、寝かされている。
ただ寝ているのとは違う、異様な空気が場を支配していた。
「ミーナ」
クルトの父親、リュユヒエンはミーナを呼んでシエラの元へと手招きした。枕元に座るその顔は芳しくなく。
リュユヒエンはエルフと見間違えるくらいに端正な顔立ちに影を落とし、難しそうな顔をしている。サラサラした金髪が陶器のように白い肌へ、影を落とす。すらりと高い身長は、やはりいつも一緒にいるエルフとは違って、大人の雰囲気を滲ませていた。
シエラの胸元まである髪は、不安を湛えて今にも零れ落ちそうなどんより雲の灰色。散らばって、青い顔に紫色の唇を濃く見せる。
クルトの外見はシエラに似ている。
灰色の目と、同色の髪はふわふわと男の子とは思えない柔らかさで、いつまでも扉の前で立ち尽くしているミーナに華奢な腕を伸ばし、やはり無言でベッドまで引っ張った。
「あ、あの……」
「――ミーナ」
リュユヒエンの重々しくもミーナを気遣うその口調に、そっと身構える。
(何を、言われるの?)
「……夜中、森の入り口で倒れていたんだ。体中が麻痺している。もしかしたら妖精の仕業じゃないかと思って」
(――まさか)
シエラは、目を閉じて苦しそうに顔を歪めている。手足は細かく震え、確かに尋常ではない何かが彼女を蝕んでいるようだった。
森の入り口で、体中が麻痺。
リュユヒエンの言わんとしている内容にピンときたミーナは、否定するためにシエラの全身をまさぐった。
クルトが顔を背ける。
ミーナの震える指先から溢れる、どろどろした渦巻く感情。漏れ出る歪な線を引きずって、悪い予感を消そうとした。
(そんな筈はない。そんな筈は――)
……けれどミーナの意に反して、それは見つかってしまった。
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