第二章 右腕のしこり -2-



 ミーナを快く思っていない妖精もたくさんいるのだろうけれど、妖精王には叶わない。それに、ミーナは人間の血が混じっているから、鉄や聖書、赤い糸も、妖精が苦手とするものを平気で触れる。人間の食べ物を食べて、おいしいと感じる。

 弱点のないミーナを、反対派の妖精は影から窺うだけ。


 ……でも、人間は。

 王や女王が気に入らないのなら、殺してでも流れを断ち切り、川を逆流させようとする強い気持ちがある。

 ウェイランドの復讐心も人間味を帯びているが、本物はそれ以上。


 ミーナに妖精の血が混じっていると知ったら、ミーナは殺されてしまうかもしれない。クルトは嫌うだけでなく、ミーナの正体を他の村人たちに言ってしまうかもしれない。

 ……そんな性格でないのは百も承知だけれど。小さな虫食い穴から水が零れれば、いずれは大洪水。

 ミーナは殺されてしまう。


 妖精には元から知られていたミーナでも、駆け落ちした王族との子供がここにいるなんて、人間はまだ知らない。

 両親は人間に言わなかった。ミーナもだから、言わないでいるのが賢明なのだと感じている。

 クルトは不審げな目つきで、けれどそれどころではないとミーナの手首を掴んだ。


「とりあえず、来て」

 そのまま、ミーナを引っ張って走った。

 ――明かりの灯らない家を残して。

 ミーナの両親は、ミーナが五歳の時、急にいなくなった。死んだのではない、失踪したのだ。

 理由は分からない。


 ティール・タルンギリに戻るのなら、ミーナを連れていくはずだし、ミーナには両親がどうしていなくなったのかさっぱり分からなかった。

 でも、死んでいないのだからいずれ帰ってくるだろうと、その日を待っている。


 両親がいなくなって十一年、ミーナはずっと一人で住んでいる。いつ帰ってきても呆れられないよう、部屋を綺麗にして。

 クルトの手首を掴む力が強くなった。正面にはさっきまでいた、村の唯一の森が見えている。森の入り口より少し右に逸れたところに、クルトの家はある。ミーナはクルトに夜の狂騒が気付かれていやしないかと、そっと顔を窺った。


「……クルト、何があったの?」

「分からないから、見て欲しい」

 表情が強張っている。口数の少なさはいつも通りだけれど、言葉の端に焦りが滲んでいて、ただごとではないとミーナは察する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る