第4話
「世羅と雪」4
百合は絶対に近づくなと言われていたお蔵の前で遊んでいた。
百合…
微かな声がした。
お蔵の方からであった。百合は怖くて慌ててその場から逃げた。
夜ーお蔵から聴こえた声が気になって眠れなかった。微かに聴こえた声に聞き覚えがあったからである。母は三歳の時に病で死んだと聞いていたが、お蔵の声が母の声と被ったのである。百合はこっそりと寝床を出て、お蔵に向かった。
月明かりがお蔵の小さな窓を映していて鉄格子が不気味に光っていた。
「…母上…ですか?」
百合は小声で話し掛けてみた。
「百合…」
「なんで母上がお蔵に居るのですか?」
百合は母から全てを聞いたのである。
百合が腹にいる頃に屋敷が闇討ちにあって祖父は死に…祖母を含む家族が母以外全員死んだと…。母は皆が苦しんでいるのを見向きもせずに屋敷を後にした。百合の父の言葉を信じて火傷を被いながらもその場から逃げた。見知らぬ田舎町で百合を産んで一人で育てようと思っていた。父が会いに来てくれるのを待っていたのである。
しかし、この屋敷の当主柳田小三郎…祖父の弟に見つかり此処へ連れて来られたのだと…母は何度も百合を連れて逃げようとしたがその度に捕まり、挙げ句にこのお蔵に閉じ込められてしまったと言うことであった。
百合は夜な夜な母のお蔵へ通った。鉄格子から母の指を掴み母の温もりを感じていたのだが…ある日、母は居なくなった。お蔵の裏手にある先祖の墓の脇に真新しい大きめな石が置かれていた。
数年後ー百合に見合い話があったが、百合は拒み続けた。しかし、柳田小三郎は強制的に百合を江戸の武家に嫁がせようとしたが、途中で百合に逃げられてしまったのである。
世羅は…百合が自分の子だと確信した。
だが、話すわけにはいかなかった。話した所で雪はこの世には居ないからである。
柳田小三郎の屋敷に近づくに連れて怒りが込み上げてきていた。
宿屋にて、百合が寝るのを待って夜遅くに屋敷に向かった。
そこそこ大きな屋敷を眺めながら外壁沿いを一周回った。屋敷裏に竹林がありお蔵も見えた。世羅は迷わずに壁を越えてお蔵の裏手に回った。
墓石の脇に枯れた百合の花が供えられた石があった。
あの時、炎の中にいた雪を鮮明に思い出した。
「あの時の約束を果たしに来たぞ…遅くなってすまなかったな…」
世羅は手を合わしてから屋敷に向かった。
適当な雨戸を蹴破って屋敷に侵入した。
「俺は百合の父親だ‼柳田小三郎はどこにいる!雪と百合を苦しめた罰を与えてやる‼出てこい‼」
世羅は刀と鉈を両手に持ち屋敷内を歩いた。
廊下の奥から川原で見た侍達が出てきた。
「貴様!何者だ‼」
世羅は問答無用に切り捨てた。力が入りすぎて刀が柱に食い込んで抜けなくなった。
自分の刀を諦めて切り捨てた侍の刀を拾って次の侍の喉元へ突き刺した。
横から斬りつけてきた侍の刀を鉈で避けて鼻っ面に拳を叩きつけて、怯んでるうちに鉈で顔面を叩き割った。肉片が飛び散り、その後ろにいた侍はゲロっている。そいつの首を跳ねて奥へ進んだ。
「柳田小三郎はどこにいんだよ‼早く出てこい!」
世羅は大声で怒鳴りながら屋敷内を歩いた。
土間から居間に入ると川原にいた若い侍が火縄を構えていた。
世羅は構わず突進した。
肩に一太刀食らわせたと同時に火縄が火を吹いた。
世羅は一瞬怯んだが、若い侍にとどめを差した。
世羅は腹に食らった傷を見ながら胡座をかいた。
「火縄って…いてぇなぁ」
世羅は息を整えて立ち上がろうとした。
後ろから背中に衝撃が走った。
振り替えると槍で突かれていた。刃は腹まで貫通している。
槍を握っているのは老人である。
「柳田か!」
「いかにもワシが柳田小三郎だ!盗賊め!好きにはさせぬぞ!」
「盗賊じゃねぇ!てめぇが殺した雪の仇討ちだ!」
「なんと!」
世羅は槍を鉈で折り、柳田の右腕を切り落とした。
「百合の痛みだ!ざまぁみろ!クソジジィめ!」
柳田は叫びながら後ずさった。世羅は鉈を捨てて刀を両手で構えた。苦しんでいる柳田に降り下ろした。
百合は雀の声で目を覚ました。
部屋の隅に世羅が座っていた。
「寝なかったのか?」
「……お母さんの墓参りに行ってきた…」
「…お母さん?」
「……雪の墓に手を合わしてきたよ」
「……血だらけ……」
「……あぁ…」
「死ぬの?」
「お前のお母さんはなぁ…凄く美しくてなぁ…優しくて…暖かくて…強くて…利口者で…明るくて…そんで、お前の父親は…まぁ、それは、お前にそっくりだ…ハハ」
百合は布団からでて世羅に抱き着いた。
「喋ってないで医者に行こう!」
「もう…無理だろう…この傷じゃ助からないんじゃないかな…」
「ヘラヘラしてないで!医者に行こうよ!」
「百合…良く聞け…」
「…なに」
「大國神社の横に佐村右京という絵師が居るはずだ…俺の名前を出してみろ…力になってくれるはずだ…」
「一緒に行こう!」
「…百合…お前の父と母はお前に会えて幸せだった…覚えておけ…もう行け…俺は江戸じゃお尋ね者だから…早く行け…」
「………父さん…私も気付いていたよ…」
「……そっか」
「私も幸せだったよ」
世羅は百合を抱き締めて頭をぽんぽんした。百合は涙を拭きながら笑顔で部屋から出ていった。
世羅は壁に寄り掛かりながら雀の声を聞きながら目を閉じた。
岩魚が三匹釣れた。
「おっとう!やったね!」
「百合はスゴいなぁ!おっかぁに似たんだなぁ!」
「皆で食べれるね!」
「おっかぉには一番大きなヤツをあげような!」
世羅は小さな百合の手を掴み雪の待つ家に帰った。
終
世羅と雪 門前払 勝無 @kaburemono
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