第3話

「世羅と雪」3


 高尾を越えた辺りで百合は熱を出していた。山の中をひたすら歩いていたせいで体調を崩していたのである。初めは強がっていたのだが徐々に口数が減りそのまま倒れてしまった。


 世羅は百合をおんぶして歩いた。


 あの時の子供が生きていたなら、この娘と同じくらいだろうと思いながら麓を目指した。


 獣道を百合を背負って歩いている。辺りは薄暗く、梟が不気味に鳴いている。少し休めばいいのだが、世羅は一刻も早く百合を麓の村まで連れていってあげたくて歩く速度を早めた。


 麓の村に着く頃には世羅は膝に力が入らなくなっていた。なんとか街道沿いの茶屋まで辿り着いて、店主に座敷を借りて百合を布団に寝かせることが出来た。世羅は落ち着きを取り戻してきた百合の表情をみて安心してそのまま布団の横へ倒れるように眠りについた。


 世羅が目を覚ます頃にはもう夜になっていた。

 百合はみたらし団子を食べている。

「俺のは?」

「無い、欲しかったら店主に頼め!」

「…クソガキめ!」

強気な発言の百合を見て世羅は微笑んだ。


 世羅は多目に支払いをして百合と歩き出した。


 提灯は持たずに田圃の畦道を歩いていると、先の方に灯りが見えた。

「誰かいる…」

「あぁ…百合は下がっていろ…」

百合は素直に世羅との距離を取った。

 世羅は灯りに近づいて声をかけた。


「こんな夜中に田圃の様子でも見に来たんですか?」

灯りに写し出されているのはほっかぶりをして、杖をついた老人であった。

「いえいえ…酒を飲んで家に帰る途中です…お宅さんは提灯も持たずに娘さんとどこに行くのですか?」

世羅は振り返り刀に手をやった。

「俺は一人ですよ…お爺さん…後ろには誰もいませんよ」


 世羅は老人の方へ向くと同時に刀を抜いた。

「あんた、いくらもらったんだよ?」

老人は提灯を足元に置いて杖に仕込まれた細い刀を抜いた。

「爺ぃになるとこんな仕事しか受けれなくてねぇ~安いもんだよ…金額は言えねぇけどね」

「あの娘の命はそんなに安いのかい?」

「そりゃそうさ…いらない娘なんぞに高い金は出さねぇ…でも、始末しなきゃならねぇ…」

「要らねぇ?なんの事だ?」

「捨てた娘が帰られちゃ困るって事だよ…それよりダンナは手を引いたほうがいいぜ…なんせ一文にもならし無いんだからな…」

「…」

「無駄な斬り合いは止めましょうぜぇ…ダンナも腕が立ちそうだし…俺とやって怪我しちゃ仕事が出来なくなりますぜぇ」

「それもそうだな…」

世羅は刀をしまった。

 老人も刀をしまって提灯を拾うのに手を伸ばした。

 世羅は老人に近づいて、腰に差していた鉈で老人の首に降り下ろした。老人の首は闇に飛んで行った。身体は提灯に倒れ込んだ。


「百合!」

「…はい」

「こいつの話は本当か?」

「…」

「知ってて俺に声を掛けたのか?」

「…」

「まぁ…いいさ…」

「…なんで知ってて斬ったのさ…」

「仕事の邪魔だからだよ…お前を家まで送り届けるのに、この爺は邪魔だから斬った…それだけだ」

「家に送ってもお金は貰えないよ…それよりも殺されるよ?」

「お前は死ぬの解ってて家に帰りたいのは…何でだ?」

「私は…死ぬなら家で死にたいだけ…知らない所で殺されるのは…嫌なの…」

「…お前…カッコいいな!」

「でしょ?」

「見届けてやるよ」

「ありがとう…って!そんときは助けろよ!」

「助けたら…お前は死に時を失うぞ?」

「死にたいんじゃない!」

「…」

世羅は百合の頭をぽんぽんとした。涙を堪えている百合が愛しく思えた。

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