第2話

「世羅と雪」2


 世羅は追っ手を警戒しながら獣道をひたすら歩いている。

「百合!」

女が大きな声を出した。

「なに?」

「私の名前だ!お前が聞かないから自分から名乗ってやった!」

「……そっか」

女は世羅を追い抜いて正面に立ちはだかった。

「なんだよ!」

「名前くらい聞け!」

「あのなぁ~、雇い主の素性を知ったあとに俺が捕まって拷問されて答えたらまずいだろ?だから、雇い主の素性は聞かないの!…これ鉄則だぞ?お前…知らないのか?」

女は黙ってしまった。

 世羅は女の肩をポンと叩いて歩き出した。


 民家の灯りが麓に見える。雲は藍色に染まり雲は流れている。世羅は小さな小枝を集めて火の支度をしている。百合はそれを見つめている。


 昔ー

 世羅はまだ仕事人を初めたばかりで人殺しは未経験であった。もっぱら的の事前調査が仕事であった。

 ある日…でかい屋敷の調査の為に庭師の見習いとして屋敷に入り込んだ。親方も仕事人であった。親方は的の調査をしていて、世羅はその他の調査が目的であった。しかし、的の娘が世羅と同じ歳で意気投合してしまった。親方は会うのは止めろと忠告したが世羅は隠れて娘と会っていた。夜に娘と外で会ったり、毎日のように密会を繰り返した。親方は頭に報告したが、頭は笑っていた。


 頭は世羅を呼び出した。

「今回の仕事はお前が安生忠信を仕留めろ…娘は…お前に任せる…」

「…招致しました…私に出来ますか?」

「お前次第だ…これが出来なかったら…この仕事は辞めておけ…」


 夜ー世羅は親方から譲り受けた鉈を手にして屋敷に忍び込んだ。

 頭達は世羅の援護をする為に遅れて屋敷に雪崩れ込んだ。的の安生忠信は目を覚ましていて刀を手にしていたが、手が震えていて戦意は無かった。世羅は鉈を鞘から抜いて安生忠信の喉を裂いた。吹き出る血は世羅を真っ赤に染めた。不思議と罪悪感や恐怖心は無かった。倒れ行く安生の刀を取り鞘に閉まった。


 後ろに気配を感じて振り向くと娘が立っていた。

 蝋燭の火はユラユラと揺れていて娘の表情を捕らえることが出来なかったが娘の言葉に動揺した。


「私は死んでも構いません…父が死ぬのも時間の問題でした…でも、お腹の子供は殺さないでくれませんか?この子には父が必要なのです」


 世羅は豆絞りで口を隠して娘の横を通りすぎた。

「遠くへ行け…その子の父は必ずその子の前に現れるから…」


 世羅は走った。

 頭達に合流して屋敷を後にした。


 屋敷は炎に包まれていた。世羅は涙を流しながら頭達の後を追って闇に消えていった。

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