7.

 こうして私の家出は、わずか三日程度で終わりを迎え。それに伴うよう、長くて短い夏休みもあっという間に過ぎ去って、とうとう最終日を迎えていた。


 明日から新学期か。初日から試験があるのは憂鬱だな。


 夏は、やっぱり好きじゃないな。なんだか切ない気持ちになるんだもん。


 それに、萩のこともまだ解決してない。萩の性格からいって、あのまま引き下がるはずがない。そう考えていたんだけど、どうやら予想は外れちゃったみたい。あの日以来、特に萩から何のコンタクトもないままだ。


 でも、いずれ萩達とも、きちんと向き合わないと。


 そんなことを考えていると、

「ぼーたーんー!」


「きゃっ!?」


「遊びに行こうぜ、牡丹」


「梅吉兄さん……。だからいきなり抱き着かないでくださいよ」


「なんでだよー。俺に抱き着かれて喜ばない女の子なんていないぞ」


 もう、兄さんってば。相変わらずなんだから。いくら私が言っても、兄さんは抱き着いたまま離れてくれない。


「なあ、なあ。遊びに行こうぜ。夏休み最後の思い出作りにさ。

 牡丹はどこ行きたい? カラオケか? それとも映画でも観に行くか?」


「遊びにって……。私はいいです、新学期の準備をしないといけないので」


「そんなの後でだって良いだろう。なあ、遊びに行こうぜ。牡丹ってばー」


 兄さんってば、しつこいなあ。そう思っていると、ぽかんと間の抜けた音が鳴った。振り向くと、丸めた雑誌を持った道松兄さんが立っていた。


「いってーな。何すんだよ、道松」


「ジャマだ、入り口の前に突っ立つな」


 そう言って道松兄さんは、私から梅吉兄さんを引きはがしてくれる。


「なんだよ、もしかして道松も牡丹と出かけたかったのか? でも、残念だなー。牡丹は俺とデートするんだから」


「誰がんなこと言った!? 勝手なことを言うな。それより、牡丹にまとわりつくんじゃない! また牡丹が家出するだろ、このバカ!」


「誰がバカだ、誰が! 大体、牡丹の家出は道松が原因だろう!?」


 あーあ。また始まっちゃったよ、道松兄さんと梅吉兄さんのケンカが……。


 私は二人を置いて、リビングの扉を開けると中に入る。


 だけど。


 ソファーに座っていた人物の姿が目に入ると、私の足はずるりと盛大に滑った。


「なっ……、ななな、萩っ……!?」


「なんでいるの――!!?」私の口から思わず大きな声がもれた。


 けれど一方の萩は、しれっとした顔のまま、そんな私を無視して麦茶を飲んでいる。


「あっ、牡丹。丁度良かった。呼びに行く所だったんだよ」


 藤助兄さんは私にと、麦茶が入ったグラスをことんとテーブルに置いてくれる。


 それから、

「萩くん、引っ越しの挨拶に来たんだって」

と教えてくれる。


「引っ越し……?」


「うん。ほら、見てこれ。洗剤もらっちゃった」


 にこにこと嬉しそうに、顔の脇に洗剤セットを掲げる藤助兄さん。


 藤助兄さん、良かったね……って、そうじゃなくて。


「引っ越しって、どういうこと?」


「それが萩くんのお父さん、お仕事で海外に行くことになったんだって。でも萩くんは日本に残るから、その間、親戚の人の所でお世話になるんだって」


「事情は分かったけど……。でも、だからって、どうしてわざわざウチにまで挨拶に来る必要があるの? 近所だけで十分じゃない」


「だから近所なんだよ」


「えっ、近所って?」


 藤助兄さんは庭へと続く引き違い窓から外を指差して示し、

「えっと……。ほら、斜め向かいのあのアパート」

 萩くん、あそこに住むんだって、と後を続ける。


「なっ、なっ……。なんであんな近くに……っ!?」


「あそこのアパート、萩くんの伯父さんが経営してるんだって。すごい偶然だよね」


 半ば感心している藤助兄さんの横で、萩はこくんと小さくうなずき、

「……そういうことだ」

 さらりと言った。


「言っただろう。このまま引き下がると思うなよって」


 前言撤回、やっぱり萩は萩だった。突然の展開に、私は言葉が出てこない。


 すると背後からカチャリと音がして、ケンカしてた道松兄さんと梅吉兄さん、それから他の兄弟達も続いて部屋の中に入って来て、

「げっ、萩!? なんでコイツがいるんだよ。何しに来たんだ。言っとくけど、牡丹は渡さないからな!

 桜文、早くコイツを家から摘み出せ!」


「さっさと帰れ、このクソガキ!」


「ちょっと、梅吉も道松も落ち着いてよ」


「うーん。萩くんを無理矢理追い出すのはかわいそうだと思うけどなあ……」


「ったく、うるせーな。あんな女、くれてやれよ」


「牡丹お姉ちゃんは僕が守ってあげるからね」


「ああっ、もう! みんな静かにしてよ、近所迷惑だろう!」


「藤助兄さん、我が家が騒々しいのはいつものことではないですか」


 兄さん達は私を置き去りに、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。


 天正家を襲撃した嵐は、夏が終わるというのに過ぎ去ることはなく。どうやら私の周囲に留まり続けるみたいで……。


 なんだか私の日常は、ますます大変になりそうだと。私は目の前の現実から目をそらしつつも、天国にいるだろう、お母さんに報告した。

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天正さんちの家族ごっこ〜私に異母兄弟が七人もいる件について〜 花色 木綿 @hanairo-momen

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