【短編】回復術師がポーションの代用ってどういう理屈なんですか?

夏目くちびる

第1話

「……あ?」

「僕を追放するっていうなら、そのへんの整合性とかもきっちり説明してほしいんですよね。そんな理由でクビって、というか追放ってなんすか、するモノではなくされるモノですよね?w」


 僕の名前はアイル。勇者パーティの回復担当で、クビを言い渡された失業者予備軍。さっきのセリフはなんだよって話だけだど、どうやら円満退職って空気じゃないから次の仕事まで不自由しないように相応の金を貰おうとしてる交渉中ってワケ。ちなみに、勇者ってのは冒険者ギルドって言うデカい企業のフランチャイズの店長みたいなものだ。


「回復なんてモンは全てアイテムで補える役割なんだよ。だから、お前の力は意味のないものだ」

「言うほど意味ないですか?だって、戦闘中に瓶の蓋を開けて飲むっていう行動は割とリスクになるじゃないてすか。致命的な攻撃とか、結構あると思いますけどね」

「いいや、ならないね。なぜならそうなる前に飲むから」

「草。最近ちょっとレベル上がったからってイキリ過ぎじゃないですか?敵も考える脳みそくらい持ってるんですよ?その隙を狙われるに決まってるじゃないですか」


 レベルとは、なんか戦士の強さを数値化した指標的なヤツだ。僕もよく分かってないが、それが上がるとこのパーティはSランクになれるらしい。


「そんなことない、そうなる前に的確な指示をすれば成立するんだ」

「じゃあ試しにそれで戦ってきてくださいよ。弱めのボスでいいのでw」

「お前、ムカつく顔しやがるなぁ」


 彼は勇者のバス。後ろにいるやたらエッチな女がサテナとローリー。戦闘舐めてそうな服装だけど、あれは魔力的な何かが関係していて一応合理的なのだ。


「そういう感情論で僕をクビにする事を否定はしませんが、僕にも生活がありますからね。はいそうですか、って引き下がる訳にはいかないんですよ。Sランクに上がるまでの間の実績とかありますし、その辺りの兼ね合いは冒険者ギルドと話をした方がよくないですか?」

「必要ないね、俺たちは新しい戦士を仲間にするから」

「いやいや、流石に命嘗めすぎですよw。大体、物理無効の敵とか出てきたらどうするんですか?」

「サテナとローリーの魔法がある。そもそも、こいつらも回復出来るし」

「その二人のリソースを別に割り当てたいからそもそも僕を仲間に入れたんですよね?また逆戻りじゃないですか」

「レベルが上がったから大丈夫なんだよ」

「^^;」


 仕事の関係とは言え何となく愛着があったし、そもそもバスは僕の事を嫌いみたいだし助言ももういいか。多分、クビにする理由とかはどうでもいいんだろう。何の整合性もないし。


「それでは、失業手当と組合保険の積立金を。あとは冒険者ギルドに収める為にプールしてある金を寄越して下さい」

「そんなもんはないぞ」

「いやいやw、それは通らないでしょw」

「通るぞ。うちは大手になるまでにずっと借金経営をしてきたベンチャーパーティだ。銀行から1億も借りてるし払えないぞ。ボーナスもないだろ」

「じゃあ裁判しましょうよ。僕はどうせ無職になるので傷はつきませんし、あなたたちはこれからSランクパーティ(笑)になるのに泥がついて困るでしょうけど」

「ぐぬぬ」


 一応、パーティのランクを上げるには身の回りの関係を調べられる。そして、現金は無くともこれから受ける仕事の報酬を俺に回すようにして回収すればいい話だ。司法を嘗めすぎですよw。


「大体、ベンチャーって言っても借金の担保に僕の実力とか含まれてますよね?裁判の前にその辺の庶務を整理しましょう。経理もバスさんがやってたんですか?」

「経理なんていねぇよ、給料以外の報酬は全てギルドに収めてたからな」

「マジすかw。ポーション買う金もないのに僕をポーションで代用できるって理由でクビにするんですかw。もう少し考えてくださいよw」

「ちょっと、アイル。あんたいい加減に……」

「うるせぇよバーカ。テメェ殺すぞクソアマ」


 言うと、女は勇み足を治めた。


「まぁいいです、とにかく冒険者ギルドに行って僕の価値を確認しに行きましょう。そこで提示された額を退職金として貰えれば訴訟は無しにしますよ」

「仕方ねぇ」


 という事で、冒険者ギルドへやって来た。銀行と提携している為、管理はここでも行える。


「アイルさんの実力担保は3000万ゴールドです」

「なんだと!?」


 知ってたw。


 Sランクに上がるには、パーティから選抜された4人のメンバーの担保金額の合計が1億ゴールドに達する必要がある。実力担保には株に近い役割があるからだ。


「……因みに、俺は?」

「2000万ゴールドです。そちらのお2人はそれぞれ1200万ゴールド。Aランクパーティのメンバーとしては平均値ですね」

「どうしてこいつが俺よりも1000万も高いんだ?」

「まぁ、マジックバッグの利便性も含めた金額ですから妥当かと。本人ごとの額は200万ゴールドアイルさんの方が上です」

「なんでだ!?」

「知らなかったんですか?彼は街の人の命を救う事も少なくないんですよ?」


 あまり腹の内側が白い行動とは言えないけど、平たく言えばフリーエージェントになった時に苦労しない為の草の根活動だ。いずれは片田舎に土地を持って静かに暮らしたいから、人脈を培う意味もある。金が欲しいからね。


 因みに、マジックバッグは過去にクリアした仕事にてバスが要らないと言ったから貰ったモノだ。莫大な報酬の仕事だったけど、分配を断って手に入れても余りあるアイテムであることは明らかなのに。この人、いい意味でも悪い意味でも、戦闘と名声にしか興味がないからな。人の上に立つ器ではない。


「まぁ、そういうことなのでw。3000万ゴールドの退職金を下さい」

「ねぇぞ」

「ならば、そこのバカ女二人を俺に寄越して下さい。800万ゴールドほど足りませんが、まぁいいでしょう」

「いやよ!そんなの!」

「うるせぇよバーカ。テメェ殺すぞクソアマ」


 ぶん殴る素振りをすると女は黙った。


「まぁ、それも認められない。全部ダメだ。退職金は無し。仲間も渡さない。裁判も出席しない。お前は追放」

「^^;」


 すげぇやw。


「ほら、早くどっか行け」


 言われた瞬間、俺はバスに回復術【ヒールブラスト】を掛けた。これは、所謂オーバーヒールと呼ばれる技術だ。生物は自分のキャパシティを超えた生命エネルギーを得るとなんかハイになったりする。感覚が研ぎ澄まされ過ぎて、そう言う風になってしまうらしい。


 言い忘れていたけど、人間は自分のステータスをステータスウィンドゥという謎の画面で確認できる。だからこそ、自分の命の数字よりも多い回復をする人間はいない。故に、オーバーヒールはあまり知られていない。


 ……どうして試すヤツがいないかって?いや、出来るヤツはみんな試してるよ。でもヒーラーなんて、全員性格最悪だからこういう時の為に世間に黙ってるんだよw。僕たち、虐げられがちだからw。


「オラ!早く行けよ!」


 言われ、ぶん殴られると僕は吹っ飛んで後ろのカウンターに激突した。いったぁ~いw。


「何をしている!あ、アイルじゃないか!」

「助けてください~い。無法的な追放(笑)を言い渡された上に暴力を受けているんです~。男の人呼んで~っ!」

「それは酷い!勇者バスを逮捕しよう!男の人!来てくれ!」


 という事で、そこにいた強い冒険者の人たちがバスをひっ捕らえてくれた。やっぱ、信頼って大切だわw。


「チクショウ!離せこら!」


 屈強な戦士にケツでもシバかれろ、お前は。


「ところで、アイルさん」

「なんですか?」


 話をしていた受付嬢が言う。


「先ほど、女性の方を売れと言っていましたが、あれはポリティカルコネクト的にまずいのでは?」

「あれは、多分こうなると思っていたので助けたかったんです。そんな酷い真似をするワケないじゃないですか」

「ホントですか?」

「ホントです。バスは元々パワハラのキツイ勇者だったので、僕が正当な理由を求めれば武力行使してくるのは目に見えてました。ですから、パーティが崩壊する前に助け出したかったんです。ただ、本人の目の前ですし多少手荒な言い方になってしまったのは本当に悪かったと思っています。まぁ、今となっては意味もなくなってしまいましたが(泣)」

「そうだったんですね。お気持ち、お察しします」


 この人、優しいなぁ(泣)。


「まぁ、とにかく3000万ゴールド。耳揃えて払ってもらいますよ」


 しゃがみ込んで、なるべく怯えた顔で押さえられているバスに言う。大人しく普通の退職金を払ってくれればよかったのに。


「テメェ!」

「……一つ、いい事を教えておいてあげます。もしかすると僕の不利になるかもしれませんが、今までお世話になったお礼です」


 言って、周りに聞こえないよう耳元に口を寄せた。


「んなもんねぇよ、ば~かw、死ねw」

「テメェ殺すッ!ぜってぇに殺す!殺す殺す殺す殺す!!!」

「コラ!まだ暴れるか!」


 ぶん殴られる姿を横目に、俺は受付嬢に一礼をして外に出る。警察が来たら、先に動かなければならないからな。


「それでは、法廷で。あなたたちがSランクに昇格できることを、心よりお祈り申し上げますw」


 ……そして10年後、僕はギルドに管理されたバスの報酬と自分の給料を合わせて辺境に土地を買い、貴族の仲間入りを果たした。別に貴族になるつもりはなかったんだけど、統治に手を貸して欲しいと言われたから成り行きで。


「でも、どうしてその女の人たちにそんなに酷い事を言ったんですか?」


 窓の外を眺めて記憶に浸っていると、郵便局に勤める少年のハルが口を開いた。手紙を届けてくれたお礼に、ケーキをご馳走していたからここにいる。そろそろ、この記憶を誰かに話したくなってしまったんだ。僕も、いつの間にかおじさんになってしまったみたいだ。


「分からない。どうせ手に入らないから、ぶっ壊してやりたかったんじゃないかな」

「……アイルさんって、クズ野郎ですね」


 そして、僕たちは笑った。退職金は、今でも振り込まれ続けている。

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