第4話 賢者の魔導具

「これをあのミルディンが作ったというのは確かなんですか?」


 マルクが疑うのも無理はない。賢者に関する研究は世界各地の学者が行っているが、本人が作った魔導具はこれまで何一つ発見されていなかったはずだからだ。

 仮にそんな品が発見されていたとしたら世界中で大きな話題になるだろうし、地方の田舎に住んでいたとはいえマルクも耳にしているだろう。


 そもそもミルディンは三千年前の人物だ。単純に考えれば、この刀は途方もない時が流れても、なお朽ちる事なく良好な状態を維持し続けているということになってしまう。そんなことが有り得るのだろうか。


 現在広く普及している魔導具は、整備しなければいずれ何かしらの不調を起こして動作しなくなる。きちんと動いているかどうかの確認は魔力の流れを感知できる魔法使いにしかできないので、普通の人間には修理することができない。

 魔晶灯のような日常生活で使われている魔導具の修理は大抵、世界有数の大ギルドである魔法使いギルドが主な仕事として請け負っていた。


「俺たちが地下迷宮を探索した際に、他にも似たような魔導具がいくつか発見されている。今はもう国王陛下に献上された後だから、ここにはないけどな。どんな力があるのかまでは俺も知らん。聞いた話では、宮廷魔法使いたちが総出で仕組みを解明しているところだそうだ」

「…………」


 賢者の魔導具。

 国王陛下。

 宮廷魔法使いによる研究。


 自分とは一切縁がなかったはずの世界の話を聞かされたマルクは、言葉を失ってしまった。

 探索者ギルドの仕事は、受付対応くらいの簡単なものだとばかり考えていたからだ。そんな単純な話ではなかった。ヤズルマの地下迷宮は、王侯貴族たちすらも注目するような特別な場所なのだ。


「おおそうだ。ちょうどいい機会だから、お前にギルド職員としての初仕事を与えてやろう」


 バルディオが思い出したかのように発した言葉によって、マルクはようやく思考を現実へと引き戻した。


「僕にできることであれば……」

「裏通りでイーリスという魔女が雑貨屋をやっている。そいつのところに行って、この刀を鑑定してもらってほしいんだ」


 バルディオは刀を持ち上げると、持ち手を握って鞘から引き抜くような動作をする。

 しかし、いくら待っても刀が抜ける気配はない。


「このとおり、こいつはどんなに力を入れても鞘から抜けないんだ」

「壊れているんですか?」

「その可能性も含めて、といったところだな。下手な物を献上して陛下を怒らせでもしたら一大事になるから、まずは詳しい奴に鑑定してもらいたいのさ」


 バルディオは刀を再び麻袋に入れ、紐で口を縛った。それから、マルクに向けて差し出した。


「そんじゃよろしく」

「よろしくって……そんな大事な物を僕に渡して大丈夫なんですか?」

「大事だからお前に渡すんだよ。お前は俺のおいだし、素性すじょうも確かだからな。それにもう一つ理由がある」

「理由、ですか?」

「お前の下宿先な、その魔女の店だから」

「はあ……って、ええ!?」


 マルクは思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまった。


 下宿先の面倒まで見てくれるという話はバルディオからの手紙にも書いてあったので知っていたが、それがまさか魔女の店だとはあまりにも予想外過ぎたからだ。


 魔女というのは、主にギルドなどに所属せず自由に暮らしている女魔法使いを指す言葉だが、マルクのようなごく普通の人間からすれば何をされるかわからない危険な存在に感じられた。

 仮に何かしらの魔法――たとえば有名な魅了チャームなどを使われれば、魔法が使えない者には抵抗する術がない。上級貴族ともなれば、必ず護衛のうち一人は魔法使いを引き連れているのが普通だった。


「一応聞きますけど、その魔女は安全なんですよね?」

「取って食われるようなことはないから安心しろって。俺の知り合いだよ」


 バルディオの知り合いだと聞いて、マルクはほっと胸を撫で下ろす。それならば、少なくとも何か危害を加えられるようなことはないだろう。多分。


「ああそうそう。こっちで生活するのに色々と入用になるだろ? ほれ、支度金をやろう」


 バルディオが小さな革袋を投げて寄越す。マルクは飛んできたそれを慌てて受け止めた。


 革袋は大きさに反してずっしりと重く、チャリチャリと金属同士がこすれる音がした。

 マルクの実家は貴族ではあるものの決して裕福ではなく、着の身着のままで金もほとんど持たされなかったため、拒むという選択肢はなかった。バルディオも実家が貧乏であることは当然知っているので、気を回してくれたのだろう。


「どうせ大した金も持たされてないんだろ? ウチは男爵家とは名ばかりの貧乏貴族だからな」

「本当に貰ってもいいんですか?」

「俺の財布から出したもんだから心配するな。二〇万ジェムもあれば当分は困らないだろ?」

「二〇万ジェム!? 大金じゃないですか!」

「まぁ、ギルド職員の初任給と同額だな」


 ジェムというのはエルミナス王国の通貨で、銅貨一枚が一ジェム、小銀貨なら一〇〇〇、大銀貨は五〇〇〇、金貨は一万ジェムとなる。

 故郷では酒場で一人前の料理を頼むと大体五〇〇ジェムだったので、ヤズルマの物価にもよるが三十日間毎日三食きちんと食べたとしてもだいぶ余る計算になる。


「成人したからって無駄遣いするんじゃないぞ。娼館しょうかんは……まあ仕方ないよな。男だし」

「行きませんよ」

「そうなのか? せっかく俺がいい店を紹介してやろうと思ったのに……。まあいいさ、部屋付きでこれだけの金が毎月手に入るんだから、悪い仕事じゃないだろ?」


 バルディオは椅子から立ち上がりマルクの後ろに回り込むと、彼の肩に手を乗せた。


「いや~いいところに就職できてよかったなぁ。兄貴も義姉ねえさんも、自慢の息子を持ってさぞかし喜ばしいことだろう!」

「は、はあ……」


 ニヤついた顔を向けてくるバルディオに、どうにも上手く丸め込まれているような気がしてマルクは何とも言えない複雑な気持ちになった。


「おっとそうだ! 大事なことを言い忘れていた!」

「まだ何かあるんですか」

「このヤズルマで暮らすうえで特に大切なことを、先に二つ教えておこう」


 バルディオはにこにこしながら言葉を続けた。


「一つは、賢者の地下迷宮には絶対に入らないこと」

「言われなくとも入りませんよ」

「そりゃそうなんだが、念のためな? 俺が行けと命令することも絶対にないから安心してくれていい」


 それはマルクにとって当然すぎる話だった。地下迷宮には魔物がいるので、そもそも剣も魔法も使えない自分が行ったところで成す術もなくやられるだけだろう。


「それともう一つ、南地区には行くなよ」

「南地区? そこには何があるんですか?」

「あそこは北側に比べてあまりよくない連中が多いんだ。何があるかわからないから、近づかないほうがいいぞ」

「分かりました。なるべく近寄らないようにします」


 ヤズルマに入った際に通ったのは北門だ。南側には足を踏み入れていない。大きな町なので、そういうこともあるのだろうと単純にマルクは考えた。


「よしよし。それじゃあ、イーリスの店までの道を教えてやろう。明日は朝になったらまたギルドに来てくれ。仕事について教えるからな」

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