第3話 探索者とは

 友人もおらず、家でも存在感がほぼなかったマルクからすれば、探索者たちと打ち解けている様子のバルディオは活き活きとして映った。素直に羨ましいと思う。


 気が付けば、これまで不安に思っていたことはマルクの中からすっかり消え去っていた。先程のやり取りのお陰で気分がいくらか落ち着いたようだ。

 階段を上り切った先にある扉が開かれると、少し広めの部屋があった。


「遠慮せずに入ってくれ」

「失礼します」


 部屋の奥には木製の長机が一つあり、壁際に所狭しと置かれた棚には書類や巻物の類が詰め込まれている。ギルド長の執務室だ。


 バルディオは椅子にどかりと腰を下ろすと、長机の上で頬杖をつき、憂鬱そうに大きく息を吐き出した。


「叔父さんは慕われているんですね」

「そんなわけあるかよ。あくまで仕事上の付き合いだ。魔晶石の出荷量が減れば、上から文句を言われるのは俺だしな」


 嫌そうに言うバルディオだが、その表情はまんざらでもなさそうだった。


 バルディオの言う『上』というのは、このヤズルマ地方を治める貴族のことだ。バルディオ自身はあくまで雇われのギルド長であり、領主は別に存在している。


 探索者ギルドという名称ではあるが、その実態はエルミナス王国が設立した組織の一つに過ぎない。ギルドは賢者の地下迷宮で得られた情報や資源を漏れなく集積するための場所である。


 結局のところ、王国は探索者たちを魔晶石や財宝を効率よく手に入れるための単なる労働力と捉えているのだろうとマルクは考えていた。

 付け加えて言うなら、そんな彼らを本来統制すべき領主の代理人であるギルド長というのは、迷宮で何か問題が起きた時に責めを負うためだけの、言ってしまえば貧乏くじを引かされているような立場ではないかとも考えた。


「心中お察しします。でも、探索者のみなさんを上手くまとめられているのは叔父さんの手腕しゅわんによるものだと僕は思います」

「ハハハ! お前、少し会わない間にお世辞が上手くなったな。兄貴の入れ知恵か?」

「そんなんじゃないですよ」


 バルディオはさも愉快そうに笑った。

 マルクはお世辞ではなく心からそう感じて言ったのだが、どうも父親からおべっかを使う事を教え込まれたように誤解されているらしい。


「そうかそうか。いや、今のはなかなか面白かったぞ」


 ひとしきり笑い終えたバルディオは、笑みを絶やさずに続けた。


「お前はあいつらを見てどう思う?」

「どう、とは?」

「いや、思ったことを何でもいいから話してくれないか」


 急に正解のなさそうな質問をされて、マルクは言葉に詰まった。

 探索者たちの素性などマルクは知らないし、ヤズルマでどのような生活を送っているのかも知らない。


 今のマルクに言えるのは、彼らは思っていたほど悪人ではなさそうだということと、魔物がうろつく危険な迷宮に挑む勇敢な人間たちであるということだけだった。


「この町を訪れるまで、僕は探索者というものを恐ろしい悪党か何かだと想像していました。でも、実際には気さくで、迷宮を進む勇気を持っている人たちだと思います」

「……勇気を持つ人たち、か」


 バルディオは苦笑した。


「あいつらは見てのとおり、ただの半端なゴロツキどもさ。他の町で問題を起こしたり、ロクに努力もせずまともな仕事に就けなかった連中が、迷宮なんぞというわけのわからん場所で命を削って魔物を倒し、魔晶石を集めてとりあえずの金を貰う。貰った金はその日の酒代に消えていく。毎日その繰り返しさ。探索者なんて言うと聞こえはいいが、結局のところはそんな未来のない、どうしようもない奴らの終着点なんだよ」


 バルディオの探索者に対する評価に、マルクは胸が痛くなった。マルク自身もその半端者であり、似たような理由でヤズルマに来たのだから。

 バルディオの言うことはもっともだ。不真面目で、努力をしない人間に居場所などない。それは理解している。

 しかし、夢や理想を持たず、人として生きることが下手であるがゆえに行き場を失った人間が、それでもどうにか暮らしていこうとすることは、居場所を求めることは、許されないのだろうか。

 マルクは、彼らを軽蔑しているバルディオに対して反発を覚えた。


「僕はそうは思いません。たとえ何かしらの問題を抱えた人間であったとしても、彼らには彼らの人生があります。探索者として日々危険な迷宮に向かう彼らを、僕は立派だと思います」


 気がつけば、マルクは心の中で思っていた事を全て吐露とろしていた。

 しまった、と思った時には既に遅く、バルディオは呆気にとられたような顔でマルクを見ていた。


「すみません。何も知らないで、出過ぎた事を言いました」

「いや、いいんだ。俺も少し言い過ぎたな。やはりお前を呼んだのは正解だったみたいだ」


 バルディオはそう言って微笑んだ。今度は嘲笑ではなく、温かさを感じさせるものだった。

 マルクにはその言葉の意味が理解できなかったが、これ以上何かを言うのはよそうと思って口をつぐんだ。


「話がれたな。それじゃあ本題に入るとするか」


 バルディオは姿勢を正し、改めてマルクの方へと向き直った。


「まず始めに、お前は『賢者の地下迷宮』についてどのくらい知っている?」

「迷宮について、ですか?」


 尋ねられたマルクは、自分がこれまでに知り得た知識を呼び起こし、頭の中で整理する。それからしばしの間が空いた後、口を開いた。


「今から五年ほど前に、賢者ミルディンが造ったとされる地下迷宮がヤズルマの町の中心で発見され、王国による調査隊の派遣……その後は、魔物から得られる魔晶石の産出先として利用されていると聞いています」


 この迷宮を造ったとされる古の賢者ミルディンは、三千年もの昔に実在したと言われている人物だ。


 世界各地に残された古い記録や伝承などによれば、彼は人々から賢者と称されるほどの天才的な魔法使いであったとされている。ミルディンが遺した数々の発見は、現代において人間が扱う魔法の基礎にもなっているのだとか。

 もっとも、魔法の適性を持たないマルクにそれを確かめる術はない。


「それだけ知っていれば充分だ。長らく謎とされていたミルディンの遺跡がこのヤズルマの地下にあったのは間違いない。迷宮は現在、調査隊によって地下五階までは大体探索済みだ」

「地下迷宮は何階まであるんですか?」

「それは分からない。色々あって、それ以上先には行かずに調査は中止になったんだよ。ちなみに俺も調査隊の一員だった」

「えっ!? 叔父さんは調査隊にいたんですか?」

「なんだよ、そんなに意外か?」

「いえ、初めて聞いたので」

「ま、その関係で一応は貴族出身の俺がギルド長に適任だという話になって、こうして面倒事を押し付けられたってわけさ」


 バルディオの発言にマルクは心底驚いた。

 叔父の性格からして、正体不明で危険だったはずの迷宮に率先して向かうなど思いもよらなかったからだ。

 しかし、それではバルディオ自身も、ついさっき『どうしようもない奴ら』だとけなしていた探索者の一人に含まれてしまうではないか。


 ……自嘲のつもりだったんだろうか。叔父さんは。


「話を戻すが、賢者の地下迷宮には上級貴族やギルドの職員しか知らない情報が存在する。お前もこれからはギルドの仕事をすることになるわけだから、当然知っておく必要があるわけだな」


 バルディオは立ち上がると、すぐ後ろにある大きな棚の鍵穴に鍵を差し込んで開く。そうして中から長細い麻袋を一つ取り出すと、机の上に置いた。


「地下迷宮の秘密──その一つがこれだ」


 バルディオが袋の紐を解くと、そこから長細い武器らしきものが姿を現した。


 赤い紐が括りつけられた漆黒の鞘。

 丸みを帯びた四角の鍔。

 柄の部分には、黒い紐を斜めに交差させて巻き付けたことで生まれたひし形の模様が等間隔に並んでいた。

 どの箇所も傷一つ見当たらない綺麗さなので、恐らく新品なのだろう。

 剣にしては鞘が反っているのに加えて、その意匠はマルクがこれまで見てきたどんな品とも似ていない。


「武器か何かですか?」

かたなと呼ばれる剣の一種だ。ヤズルマの鍛治職人たちが鍛造たんぞうしている。といっても、この地方以外では流通していないし、普通の直剣とは扱い方が異なるみたいだな」


 説明を受けながら、マルクは刀をじっと見つめた。

 凝った意匠のせいか、何となく目が離せない。

 きらびやかな装飾が施された武器というのは、得てして実用には向かない。結局は素朴な造りの大量生産品が流通しているのが現状だ。

 ドワーフの名工たちが鍛えた一級品もあるにはあるが、おいそれと買えるような金額ではなかった。


「この刀が賢者の地下迷宮とどう関係するんですか?」

「ただの刀じゃあないぞ。コイツは迷宮から回収された、賢者ミルディンが直々に作った魔導具の一つだ」


 バルディオは再び椅子に腰掛け直し、マルクの問いにそう答えた。

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