第2話 探索者ギルド

 おもわず道の端に置かれていた樽に身を隠し、男たちが去って行くのを確認した後、マルクは恐る恐る探索者ギルドの建物へと足を踏み入れた。


 ギルドの中は、先程見掛けた男たちと同様に屈強な体つきをした人間たちでごった返していた。

 立ち話をする者、窓際に置かれたテーブルで仲間と思しき相手と会話する者──服装はまちまちだが、板金鎧など重装の人間も比較的目に付く。大通りで見掛けたのと同様に種族もバラバラだ。


 彼らが賢者の地下迷宮に向かう集団──探索者であろうことは、ついさっきヤズルマに着いたばかりのマルクにもすぐにわかった。


 ……とてつもなく場違いなところに来てしまった気がする。


 他に就ける仕事がなかったからとはいえ、いまさらながら自分の選択が正しかったのかを考え始めてしまう。しかし、それでも本来なら無職になる予定だったので、叔父にはむしろ感謝しなければならないくらいなのだ。


 そもそも、手紙に書いてあったのは探索者ギルドの仕事を手伝うという話なので、マルク自身が彼らに混ざって噂の地下迷宮に潜るわけではない。だから心配する必要なんてないのだが。


 うっかりぶつかりでもして因縁をつけられないよう、マルクは人混みの間を縫うように慎重に建物の奥へと進んだ。すると、目の前に長く茶色い木製カウンターが現れた。

 カウンターには三種類の窓口らしき場所があり、それぞれ役割が異なるようだった。

 向かって左手に見える、上に大きく【物品買取】と書かれた窓口では、探索者と職員が何かしらの話をしている。


 二人の間には、カウンターに置かれた銀色の短剣が一本。目立った装飾もなく、マルクからはごく一般的な流通品に見えるが、もしかしたら価値のある品かもしれない。賢者の地下迷宮で手に入れたものだろうか。


 次に、中央の【魔晶石ましょうせき買取】と書かれた窓口。

 そこでは探索者が麻袋をひっくり返して、大小様々な大きさの水晶を取り出していた。

 この紫色の透き通った水晶については、マルクも日常的に目にしている。魔晶石ましょうせきと呼ばれる物質だ。


 魔晶石は大気中を漂う魔力が結晶化したもので、主に魔力で動く道具である魔導具まどうぐの動力源として利用される。


 魔導具と一口に言っても、ごく普通の生活の中で利用される、ランタンの代わりになる魔晶灯ましょうとうのようなものから大砲などの強力な武器まで様々だ。

 親指ほどの大きさの魔晶石であれば、一個で小さな部屋を昼間のように照らせる魔晶灯を十日は点けっぱなしにできるだろう。


 この世界において、魔晶石の入手方法は主に二つとされている。鉱山などで採掘するか、または魔物と呼ばれる生物の体内から採取するかのどちらかだ。


 エルミナス王国には大きな魔晶石の鉱山は無く、そのほとんどを他国からの輸入に頼っていることをマルクは学んで知っていた。

 賢者の地下迷宮には魔物が出るという話なので、探索者が倒して手に入れた物をここで買い取っているのだろう。


 最後に三つ目の【探索者登録受付】と書かれた窓口に視線を移したところで、マルクはようやく見知った人物を見つけた。


 茶色いボサボサの髪に無精髭、よれよれでしわだらけの白いシャツの袖を肘までまくり上げている、見るからにだらしのなさそうな痩せた中年の男。マルクの叔父であるバルディオ・ニブルノアだ。


 バルディオはマルクの父ヨアヒムの弟で、今のマルクと似たような境遇の人物だ。しかし、成人した後は剣の修行の旅に出て各地を放浪ほうろうし、その後はこうして探索者ギルドの長を任されているというのだから、何もないマルクと比べれば立場には雲泥の差がある。


 バルディオは鉄の鎧を着た探索者らしき男と話をしていた。マルクは会話が終わるまで待とうと思い、カウンターの角のすぐ脇に立った。


 盗み聞きするつもりはなかったが、自然と二人の会話が耳に入ってくる。


「で、どうだったんだ? 収穫のほうは」

「ああ。あの娼館は上玉揃いだったぜ! さすがギルド長だな! アンタすげえよ!」


 ……こんな場所で何言ってるんだよ、叔父さん。


「いやー、俺も紹介した甲斐があったぜ……ん?」


 マルクが呆気に取られていると、不意にバルディオがこちらへと顔を向け、それから満面の笑みを浮かべた。


「マルクじゃないか!」


 バルディオは両腕を大きく開き、体で歓迎の意を表す。


「その黒髪を見たらすぐ分かったぞ。久しぶりだな」

「は、はあ。ご無沙汰しております……バルディオ叔父さん」


 一方のマルクはげんなりしながら応えた。反応に困りながらも、バルディオに頭を下げる。


 思い返してみれば、叔父はこういう男だった。

 実家に顔を出した時も、今のように飄々ひょうひょうとした態度で、とても貴族の出とは思えない。しかし、そんな性格だからこそヤズルマの探索者たちと気が合うのかも知れないとマルクは思った。


「この坊主は? ギルド長の知り合いか?」

「ああ。こいつは俺の兄貴の息子なんだ。最近仕事が忙しくなってきたから、手伝いに呼んだんだよ」

「ギルド長と同じ血が入ってんのかよ。そりゃ生まれながらに特大の不幸を背負ってるな」


 近くに立っていた別の探索者が割り込むと、あちこちから笑い声が聞こえてきた。


「マルク、コイツらの言うことは全部無視していいからな。お前には俺が直々に仕事を教えてやるから安心しろ。この俺が一流のギルド職員にしてやろう」

「バルディオが教えられることなんて、女の下手くそな口説き方だけだろ」


 ギルド中から大爆笑が巻き起こる。マルクもつられて笑ってしまった。

 そんな周囲の反応に、ついに堪忍袋の緒が切れたのかバルディオが怒り出す。


「うるせえっ! てめえらはいつまでもこんな所で油売ってないで、さっさと迷宮に潜って魔晶石の一つでも取ってこい!」

「へいへい。ギルド長様は仕事熱心なことで」


 バルディオが大声で怒鳴ると、探索者たちはやれやれといった調子でぞろぞろとギルドから出て行った。


「やっと行ったか……おいマルク、上で話すぞ」


 バルディオはカウンター横の板を上げてマルクに手招きをした。マルクはバルディオの後ろをついていき、奥にある階段を上った。


 どうやら叔父さんは上手くやっているみたいだ、とマルクは思った。

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