第5話

 沙友里がリビングで甘いスイカを食べ終わって部屋に戻ると、スマホに通知がいくつか来ていた。

「え、もう?」

 赤字で通知の数を知らせているボーダートークのグリーンのアイコンをタップすると、沙友里の予想に反して、メッセージを送って来ていたのは姉の亜沙子だった。


コバあさ:おかーさんがスイカ送ってきた! ひとりぐらしなのに一玉送ってくるとかウケる!

さゆ:スイカ、私もさっき食べたばかりだよ! 美味しかった! おかーさん、一玉送ったの!? それはウケる!


 スイカの写真、撮っとけばよかったな、と思いながら沙友里は亜沙子に返信し、ベッドに再びばたり、と横になった。姉が元気そうであったことには安堵するけれど、メッセージの内容から考えてもやはり亜沙子は帰省しないのだとわかってがっかりもしていた。

「あーあ、つまんないなー」

 つい、声に出して言ってしまう。同じような日々が、ただ過ぎてゆく。そしてそれを積み重ねていくうちに、いつの間にか夏休みが終わってしまう。それはどうにも、残念な気がする。

 そして結局、沙友里は本を手に取る。本を読んでいれば、その間は「同じような」ことは繰り返されない。目の前に並んでいるのは文字の列だけれど、その文字の列によって作り出される物語や、教えられる知識には喜びや驚き、ときには悲しみが織りなされていて、退屈な気持ちは消えていくのだ。

 今、沙友里が読んでいるのはエッセイだ。前に同じ作家の小説を読んでとても気に入ったため、エッセイも読んでみようと思ったのだ。食生活のことや子供のころのエピソードがおもしろおかしく語られていて単純に読んでいて楽しいし、妙に親しみやすく感じられる部分が多くて、なんだか近所のオバさんから話を聞いているような気持ちにもなる。

 スイカを食べる前とは違い、今度は読むことに集中できたので、沙友里はスマホがまたぴこん、と鳴ったことに気がつかなかった。

「ふー……」

 大きな章が一区切りついたところまで読んで、沙友里は一度本を閉じた。たぶん、今日中には読み終わってしまうだろう。スマホを放置していたことを思い出し、ホーム画面を覗くと、ボーダートークに通知がいくつか来ていた。そのうちのひとつは亜沙子だ。いびつな割れ方をしたスイカの写真が貼られている。


コバあさ:部屋にビニールシート敷いて、ひとりでスイカ割りしてみた! スイカは無事割れたけど、マグカップも割っちゃったー!!!


「は!? 嘘でしょ……」

 沙友里はぽかん、と口を開けてしまった。そんな漫画みたいな驚き方を本当に自分がするときがくるとは、と沙友里は頭の片隅でそんなことを思う。部屋で、ということは亜沙子の一人暮らしのアパートで、ということに違いなく、沙友里も何度か訪ねたことのあるあの一室は、とても満足にスイカ割りをできるような広さではなかった。割れたのが窓ガラスでなくマグカップで済んでよかった、と沙友里は真剣にそう思う。亜沙子はもともと活発だったけれど、こんなにぶっ飛んだことをするとは妹である沙友里も思わなかった。


さゆ:何やってんの!? それ、どうするの、全部一気に食べたらおなか壊すよ!


 七つも歳の離れた姉に自分が説教めいたことを言うのもおかしいとは思いつつ、沙友里は心配する言葉を送った。再度しげしげと写真を見ると、割れたスイカの隣に木製のバットが転がっていて、亜沙子がスイカ割りをするのにこのバットを使ったらしいことがわかった。一人暮らしを始めたばかりのころに父親が贈ったバットだ。護身用に持っておけ、とかなんとかと言って。

「もー、ホントなんなの、小説みたい」

 沙友里はだんだんおかしくなってきて、くすくす笑った。護身用に、と娘にバットを買い与える父親が父親なら、そのバットでスイカ割りをしてしまう娘も娘だ。


さゆ:でも、楽しそうだね!


 心配の言葉を送った下にそう追加で送信して、沙友里は別のトークを開く。「文学少女【公式】」からメッセージが来ていると通知が出ていたのだ。きっと「何の作品の一節かわかりませんでした」という内容だろう。文学作品の一節を送ったのではないと、訂正しなければならない。

 と、思って沙友里が見たメッセージは、思いがけないものだった。


文学少女【公式】:新しい世界を見せてくれるもの


 沙友里の「あなたにとって、読書って何?」というメッセージを、きちんと質問と捉えて返答をしてくれたのだ。

「……新しい、世界」

 その言葉は、沙友里の胸にぴったりとはまった。はまって初めて、沙友里は自分の胸にその形の穴が開いていたのだと気がついた。本を読んでいるときに「退屈が消えていく」と感じていたのは、「新しい世界」を見ることができていたからだと、今はっきりとわかったのだ。

 冷房が低く唸って、沙友里の首筋をサッと冷たい風が撫でた。沙友里は、ほとんど何も考えずに、返信を入力した。


さゆ:私も、新しい世界をつくってみたい。


 どうして、そんなことを書いたのか、自分でもよく理解できなかった。


文学少女【公式】:あなたのつくる新しい世界、是非、読んでみたい。書いたら、読ませてください。


 返事がすぐに来たことにもだけれど、それ以上に内容が予想外すぎて、沙友里は本日二度目の、漫画のような驚き方をした。

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