Shall we dance ?

ヤチヨリコ

Shall we dance ?

 涙で濡れた部屋に、ノックの音が響く。

「誰にも会えない顔なのに、なんだよ。どちら様?」

「ボンド家のダミアン・ボンドだ。君に一目会いたくてね。会いに来た」

 いかにも優男といったふうな声がそう答えた。

 何かと思えば、求婚者か。おおかた財産目当ての卑しい男だろう。そうに決まっている。私は醜いが、その分賢いのだ。分かっている。

「執事、執事はいるか?」

「はい、ここに。お嬢様」

「その男をつまみ出せ」

 これが私の日常。私の世界はこの一人ぽっちの部屋、それだけだ。

「承知いたしました。ボンド様、申し訳ありませんが……」

「あぁ」

 そのやり取りを聞いて、やっといつもの自分に戻った気がした矢先――

「リサ、また来るよ」

男に名前を呼ばれた。無礼な男だ。けれど、何故か、ざわついていた心が静まった。

 男は毎日のように私の部屋をノックした。

 何故、諦めない? 顔も見れずに屋敷から追い出されているというのに。

 何故、醜い私のもとへやってくる? 他にも美しくてバカな金持ちの娘がいるのに。

 何故、何故、何故ばかり浮かぶ。そればかりか頭に浮かぶのは男のことばかり。

 甘く名前を呼ぶ男の声は、女たちはおろか男さえも魅了するだろう。

 力強くドアをノックする男の手は、血管が浮かび上がっていて、大きな熊の手のようで、でも、石膏彫刻のように美しいのだろう。

 もしも、彼を間近で見ることが出来たらこの何故は消えるのだろうか? ……いや、やめよう。くだらない。

 今日、男は珍しく夜にやってきた。

「ダミアン・ボンドだ。今日の月は美しいね」

「私はあなたのために死ねないわ」

 冷たく突き放すような言い方で、私はそう言った。

 そして、男を試すように、部屋のドアをギギィと開けた。

 美しい月光に照らされた男は美しく、そのことが私を余計惨めにさせた。

 月に照らされても、星に照らされても、私は醜いだろう? なあ、そう言えよ。

 しかし、男のセリフは違った。

「リサ、リサ・ハーバー嬢。私と踊っていただけませんか? 美しい月の下で」

 男は私の足元に跪き、私の手をとり、私の手にキスをした。

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Shall we dance ? ヤチヨリコ @ricoyachiyo0

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