第7話 作戦決行

 アザミの頭の中で電子音が鳴る。太陽から連絡があったらしい。


「まだまだ時間がかかりそうですね。中を散歩しても?」

「好きにして」


 アザミはにっこりと笑い、太陽達がいる方向へ歩き始める。

 聡里の死角に入ったところでアザミは素早くタブレットを取り出して文章を確認し、『これから行く』と打って送信すると、ポケットを探った。

 取り出したのは太陽の羽根だ。

 先程法廷から運び出してもらう時に抜けた物を拾っていたのだが、羽根は光にかざすとラメのように光っている。

 これまでの太陽の翼はこんな色をしていなかったはずだ。一体これはどういうことなのか、疑問に思いつつ、聡里の方へ戻った。


「閣下、向こうにこんな物が落ちていたんですが」


 羽根を差し出すと聡里は露骨に表情を強張らせた。誰の羽根だかわかったのだろう。


「どこで見つけたの?」

「ご案内しますよ」


 制御室を出て隣の部屋に行き、そのまま向かいの壁の前まで行く。

 この壁の向こう側に太陽達の潜むアンテナがある。アザミは太陽達がいるであろう場所をしっかりと見据えてから、足元を指差した。


「ここです。隅に落ちていました」

「……いるのね? ここに」

「どうされるんです?」


 聡里は両手を構え、大鎌を出現させた。クルクルと回転させ、柄の先端をガンと床に叩きつける。


「先に行く。援護しなさいよ」

「わかっていますよ」


 聡里が壁をすり抜けて外へ出る。

 侵入者がどこに潜んでいるのか目を光らせていると、アンテナの陰から白い翼を広げた小さな人影が飛び出し、次の瞬間、耳に突き刺さるようなドリル音が聡里に襲い掛かった。


「くっ……あっちもいたの!?」


 音場に苦しむ聡里の後ろから黒い影が飛び出す。

 アンテナの影に隠れていた太陽はそれが変装を解いたアザミだとすぐに理解した。


「おい、さっさと渡せ!」

「うん……」


 結局聡里を倒しつつアザミを救う方法が見つからないまま決行の時間が来てしまった。

 本当に渡していいのか悩みつつ、今を逃せばチャンスはないとも痛いほどわかっている。

 頭から湯気が出そうなほど悩んで、結局太陽は死の鎌デス・サイスを投げた。

 アザミはそれを空中でキャッチすると黒い翼をはためかせ、うさぎが音を止めたタイミングを見計らい、ハヤブサのように急降下しながら死神殺しの鎌を振り下ろした。


「消え失せろおおお!」


 耳を押さえていた聡里がアザミに気づいて微笑む。その瞳に全く絶望の色がないことに気づいてアザミは息を呑んだ。

 このまま斬っても勝てない、そう直感し、アザミは聡里に大鎌が触れる寸前で翼をはためかせて軌道を変えた。

 しっかりと握っていたはずの死の鎌デス・サイスが何の前触れもなく煙となって消える。

 黒い煙を掴む自分の手を唖然とした表情で見下ろしていると、目の前で光の弧が一閃し、前髪が僅かに切られて散った。


「やっぱりあなた、秋人じゃなかったのね。うっかり騙されるところだった」

「チッ……気づかれてたか!」

「確証が持てたのはついさっき。秋人ってとても臆病なの。怪しい場所を調べる時は必ず大鎌の刃を腕に巻いてた。でもあなたはそうしなかった。それが決定的だったわね」


 聡里は石化の大鎌を左手に持つと、右手にもう一本の大鎌を出現させた。

 一回り大きい威圧的な出で立ちを見てアザミは眉を痙攣させて歯噛みした。


「どうして死の鎌デス・サイスが私の手にあるのか理解出来ないって顔ね? ここまで来られたご褒美に教えてあげようか。死の鎌デス・サイスっていうのは大死卿の資格を持った者が扱うことを許された大鎌なの。つまり消すのも顕現させるのも使用条件を決めるのも私の自由ってこと」

「こいつがメガネが行動を起こさなかった原因か……」

「やっぱり秋人って裏切り者だったのね。だからあなた達ここに来られたんだ。でも残念、私を殺す方法はこの『境界』を探してもどこにもないの。大死卿が偉いっていうのはそういうことよ!」

「ハッ、何が偉いだ。死神裁判を経なきゃアタシらのことを殺すことすら出来ないくせに。結局アタシから死の鎌デス・サイスを奪ったって、自分が殺されないだけで敵を殺すことも出来ねぇってことじゃねぇか」

「確かに万能ではないわ。でもね、死の鎌デス・サイスが特別なのは魂の基盤を壊せるからだけじゃないのよ!」


 聡里が臨戦態勢に入ったことに気づき、アザミが素早く大鎌を構えて距離を取ろうとする。

 しかし聡里はアザミに隙を与えることなく急接近し、アザミのカマキリの前足のように分岐した大鎌に死の鎌デス・サイスを振り下ろした。

 ただの大鎌同士ならぶつかり合うだけのはずが、アザミの大鎌はガラス細工のようにあっさりと砕けてしまった。


「なに!?」

「ふふふ、動揺してるわね。そう、死の鎌デス・サイスは他の死神の大鎌を破壊することが出来るの。少し考えれば当然よね? 魂の基盤が破壊出来るんだから、基盤から生まれた大鎌を壊せないはずがない」


 勝ち誇ったように言い放つ聡里に鋭いドリル音が襲い掛かる。聡里は不快感で顔を歪めて舌打ちし、大鎌を回しているうさぎを睨んだ。


「うるさいのよ、それ!」


 たった今アザミの大鎌を破壊した死の鎌デス・サイスをうさぎに投げつける。

 死の鎌デス・サイスはクルクルと回転しながら瞬く間にうさぎの目の前へ到達し、音を操る大鎌をあっさりと砕いてしまった。

 手を引くと死の鎌デス・サイスは見えない糸で引かれたように軌道を変え、聡里の手にしっかりと収まると黒い煙になって消えた。


「そんな……うさぎの……」

「ふふっ、憐れね。大鎌のない死神なんてただの幽霊と変わらない。そんな状況で一体どうやって私と戦うとでも言うのかしら?」


 勝ち目がない。変えようのない事実を目の当たりにして太陽は戦慄する。

 文字通り戦うための術だった大鎌を立て続けに壊されるなんて。これではマシンガンを持った相手に素手で挑むようなものじゃないか。


 攻撃も出来ず、かといってもはや撤退する道はなく、アザミは動くことが出来ない。

 太陽もうさぎもまるで金縛りにでも遭ったように、聡里を見つめたまま立ち尽くしていた。

 消滅の恐怖が体を支配する。既に一度死んだ身であるというのに、自分の存在が殺される恐怖は奈落よりも深く、目の前が真っ暗になりそうだった。


(どうしよう? 負けてしまう……皆消されてしまう)

「ふふふ……あはははは!」


 高笑いしたかと思うと蝶の翼を広げてアザミに急接近し、左手に持っていた聡里の大鎌でアザミを袈裟切りにした。


「影咲さん!」

「センパ……!」


 アザミの体は一瞬で色を失い、白っぽい石に変わってしまった。間髪入れずに今度はうさぎに接近し、同じように石化させる。

 仲間を失った太陽は心が折れそうだった。

 縋りつくように両手を構えて大鎌を取り出すと、聡里は小馬鹿にしたような目を太陽に向けた。


「そんな大鎌で私と渡り合おうって? 変形も出来ない劣等生の癖に」

「どうして、こんなことを……」

「先に襲ってきたのはそっちじゃない。死神裁判にかけられた罪人の癖に」

「……鳥海さん」

「鳥海智里はこの世にいないって何度言えば理解するのかしら!」


 語気を強め、聡里は凄む。


「本当にどこまでも残念な人。死神劣等生なだけじゃなく、頭の出来も劣等生のようね」

「一つだけ教えてもらえませんか? どうしてあなたは僕に復讐をやめさせるようなことを言ったんですか?」

「やめさせる?」

「だってあのデートの時、僕を影咲さんから引きはがそうとしたのは、そういうことなんじゃないんですか?」

「ああ、あの時の」


 聡里の目から僅かに力が抜ける。


「別にやめさせたかったんじゃない。あなたに復讐なんて無理だと思っただけ」

「本当にそれだけですか? だったらどうしてあんな服……あなたの好きな色の服を僕に買ったんですか? 自分色に染めたいって……」

「あんなのはただの気まぐれよ。あなたがアザミの色に染まろうとしているのがあまりにも痛々しくて見てられなかったから」


 面倒臭そうに溜め息を吐き、聡里は髪を耳にかける。


「どうして今更あなたが復讐なんて。私が復讐したいって言った時は反対したくせに」

「……あなたの復讐はよくわかりません。もう二十年も前のことなんですよね? あなたを苦しめた相手は死んだんですよね? なのに、これ以上誰に復讐するんですか?」

「この世に蔓延る悪い強者を根絶する。そのために私が絶対的な神になる。憐れな弱者の代わりに私が鉄槌を下す、それが私の復讐よ」

「おかしいですよ。なんで他人の復讐まであなたが果たすんですか? そんな資格、一体どこに……」

「あなたにとやかく言われる筋合いはないわ。ここで私に負けて棄てられるだけの弱者なんかに!」


 聡里が大鎌を振り上げると、弧状の切っ先が太陽の大鎌を絡め取り、しっかりと掴んでいたはずの太陽の手から柄がするりと抜けた。

 シンプルな形をした大鎌は円を描きながら宇宙空間を進み、太陽から一定距離離れると青白い光になって消えた。


 本当に勝ち筋なんてあったのだろうか? 秋人は何を確信してアザミに託したというのだろうか?

 死の鎌デス・サイスも戦うための大鎌も能力も、何もかもが圧倒的に負けていたことにも気づかず決戦を挑んで、自分は何をやっているのだろう?

 後悔が零れた水のように胸の中に侵食し、思考が解けない毛糸玉のようにぐちゃぐちゃに絡まっていく。

 もう遅い、仲間を助ける手段はなく、ここから逃げ出すことも出来ず、何もかもが手遅れだ。とどめを刺そうと聡里が大鎌を振り上げ、太陽に振りかぶる。


「弱者を救うのが、あなたの強さの形じゃあないんですか?」


 大鎌に斬られる直前、太陽は絞り出すように反論した。聡里は気にも留めない様子で淡々と告げた。


「さようなら、勝広さん」


 斬られた部分から石化が進み、すぐに手足の自由が利かなくなる。辛うじて動く指先を聡里に伸ばしながら、太陽は声を上げようと口を開いた。

 しかし唇から何か言葉が紡がれる前に、石化は太陽から声を、表情を、最後に視界を奪っていった。

 聴覚と視覚が失われた永遠の闇の中で、太陽は沈むように意識を手放した。

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