第6話 欺瞞と葛藤

「そろそろ本当のことを言ったらどうなの? 本当に高みの見物をしにここまで来たわけじゃないんでしょ?」

「ええ。新世界が出来上がったら、あなたにお伝えしたいことがあったんですよ。全てが軌道に乗ったら、僕は生まれ変わろうと思うんです」

「あら、意外ね。あなたは腹の底に何か抱えているような人なのかと思ってた」

「まさか。僕の望みはあなたの望みを叶えることただ一つですよ。新世界が出来上がれば、僕のような負け組も自殺せずに済むでしょう。僕がこれまで生まれ変わらなかったのはまた負け組になることを恐れたからです。あなたの作る世界ならたとえ酷い目に遭っても相手に文字通り天誅を下すことが出来る。そういう世界になら生きてみたいと思うわけです」

「へぇ、そんなに高く買ってくれてたなんて知らなかった。生まれ変わりたいなら別に引き止めないよ。セッティングさえ済めば後は私一人で出来るから」

「それを聞けて安心しました。上手くいくことを願っていますよ」


 まだ太陽達からの連絡は来ない。アザミは話を続ける。


「ところで、一つだけ訊きたいことがあるんですが、閣下の言う強者と弱者ってどんな人なんですか?」

「どうしてそんなことが知りたいの?」

「だってそりゃあ、生まれ変わってすぐに閣下のターゲットにはなりたくないですから。ここまで頑張ってきたんですし、参考までに教えてくださいよ」

「仕方ないわね。強者と弱者っていうのは、言い換えれば加害者と被害者よ。特に法律で裁けないような、無自覚に人を傷つけたり平気で自分の罪を人になすりつけたりする極悪人を裁くのが私の仕事。あなたも私に裁かれたくなかったら、誰かを傷つけないことね」

「ハッ、そんなところだと思った」


 突然語気を強めた声に聡里は怪訝な表情を浮かべた。


「何? どうしたの?」

「ははっ、いいえ、大体察しはついていたので予想通りだと思っただけです。でも閣下の言うことって結構難しいですよね? 例えば事故で下半身不随になって車椅子生活をしている人は、街に出ればそれだけで人目を集めるじゃないですか。顔に傷があれば表情を強張らせる人も多くいます。ただそういう体であるというだけで周囲の視線を痛く感じる時だってある。それってもう加害者と被害者の完成じゃありません? そんなところの加害者まであなたは裁くとでも言うのですか?」

「さすがにそこまで裁いていたら人口が減ってしまうけど」

「ほぅ? では加害者がのさばっているのに放っておくと? それって矛盾って言うんじゃありません?」

「あなた、私のやり方に賛成なの? 反対なの? どっちなの?」

「別に否定するつもりはありませんよ。僕はただ確認がしたかっただけで」

「だったら文句をつけないでくれる? それに、私がやろうとしているのはあくまで強者の牽制よ。死亡予定者リスト通りに人が死ぬと知ったら誰でも自分の行動を顧みるようになる。明日は我が身と思わなければ人っていうのは変わらないもの。世界を変えるのはただ一つ、人智の及ばない圧倒的な力なのよ」


 力んだ拍子に聡里の首にかけられた交差した大鎌が揺れる。

 大死卿の証であるそれを見て、アザミは貼りつけたような笑みを浮かべた。


「あなたが言うと説得力がありますね、閣下」

「はぁ……わかったらこの話はもう終わり。最初の電波を飛ばすまで静かにして」

「はいはい」


 アザミは肩をすくめてみせると、制御室の中を興味深そうに観察し始める。

 聡里は鬱陶しそうな目を向けるも何も言わず、再びディスプレイの内容を確認し始めた。


  ◇


 その頃、太陽とうさぎは衛星のアンテナの所へ移動していた。太陽はタブレットに表示されたアザミからの『完了』の文字を見て、うさぎにアイコンタクトを送った。


「アンテナ、壊していいって。音場、当ててみてくれる?」

「うん……」


 『境界』の強磁性体は構造の中に組み込まれているらしく、目視で確認して外すことは出来なさそうだった。

 うさぎは太陽に指示されてもぼんやりとアンテナを見つめるだけだった。


「どうしたの?」

「あざみおねえちゃんだけ、ばつうけるの、おかしい」

「そうだね……」

「このままでいいの? うさぎ、たすけるためにがんばるってきめたんだよ! なのに、あざみおねえちゃんは、たすけられないの?」

「わかってる。僕だって影咲さんだけが背負うのは絶対におかしいって思ってる」


 このままでいいはずがないと太陽も心の中で思っていた。納得出来るはずがない。

 確かにアザミは聡里を討つことさえ出来れば満足なのだろう。

 アザミの復讐は私怨だ。インビジブルを壊滅させることは世間的に見れば正義の執行だろうが、アザミの動機はあくまでもゲームに勝つことであり、それ以上のものは求めていない。

 だからこそアザミは強く在れるのだと太陽も頭では理解していたが、何かを諦めることで手に入る勝利なんて望んでいない。


(大死卿は……内富聡里は僕にとっても復讐するべき人だって土浦さんから聞いてる。そりゃあ影咲さんと一緒に死の鎌デス・サイスを構えて大死卿を斬るのは論外だってわかるけど、僕にだって何か出来ることがあるはず)


 死の鎌デス・サイスを脇に挟んで両手を構え、大鎌を取り出してみる。

 大鎌は悲しいほどにシンプルな形をしており、変形する気配はない。


(こんな武器じゃあ何も出来ない……。色んな復讐を見て、影咲さんと一緒にいて、強くなったつもりでいたけど、これじゃあ結局影咲さんに会う前と何も変わらないじゃないか)


 秋人は大鎌の変形は強者の資格を持った者にだけ与えられるものであり、その人の抱く強さの価値観が投影されると言った。

 では太陽の思う最も強い形とは何なのだろうか? どうすればアザミ達と同じ真の強者の立場に立てると言うのだろうか?


「影咲さんを犠牲にしない方法は考える……頑張って考えるよ。だから今は言われた通りアンテナを壊そう。先に電波を飛ばせないようにしておけば大死卿が自棄を起こしても安全っていうのは間違いないから」

「うん……」


 うさぎは大鎌を高速回転させ、最大音量の音場をアンテナ内部に向けて放った。

 アンテナが共鳴してジジジジと嫌な音を立てて共鳴する。このまま続ければ内部に損傷を与えられるだろう。


 太陽は自分の大鎌をしまい、改めて死の鎌デス・サイスを取り上げた。

 普通の大鎌より一回り大きいそれはズシリと重く、禍々しさに似た威圧感がある。


「これを僕が使ったら……ううん。それじゃあ影咲さんの立場が僕に移るだけだ。僕は皆でちゃんと生まれ変わりたいんだ。誰一人犠牲になんてしたくない」

「うさぎもそうおもう。ふくしゅうはいけないことだよ。でも、うさぎ、あざみおねえちゃんがいたから、おかあさんをたすけられた。あざみおねえちゃんもたすかってほしい!」

「そうだね。影咲さんがいなかったら僕もずっと劣等生で贖罪者のままだった。出来ることなら今度は僕が影咲さんのためになりたい」


 しかし、一体どうすればいいのか? 口ではどうとでも言える。理想を描いたところで実行出来なければ意味がない。


(どうすれば……時間がなさすぎる……)


 考えている間にもうさぎの音場によってアンテナの内部構造が大きく揺さぶられたようで、パチンと何かが外れるような音がした。

 作戦通りには動けたと太陽もうさぎも頷き合う。


「ひとまずアンテナは壊せたって影咲さんに伝えるね」

「うん……」


 聡里との対決が目前に迫る。策は浮かばない。

 どうして自分にはアザミのような頭脳もうさぎのような思い切りの良さもないのか、無力さに苛まれて太陽は頭を抱えた。

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