第9章 青碧の革命者
第1話 神を望む者
インビジブルのボスを病死へ追いやることは成功した。
しかしアルフレッドが頻繁にやり取りをしていたArch. of Deathの正体が死神の頂点に立つ大死卿だと判明し、太陽もアザミも動揺を隠せなかった。
一方、タイミングを見計らったように現れた大死卿と二人の部下は勝ち誇った様子でアザミ達の顔を見下ろしていた。
「キサマら……何故ここへ来た!?」
「何故? 決まっているじゃない。あなた達を捕まえに来たからよ。影咲アザミ、並びに他二名。あなた達は大死卿の許可なく運命に手を加え、本来死ぬ予定ではなかった人間から命を奪った。残虐非道と評して差し支えない罪の是非を問うため、大死卿の権限をもってあなた達には死神裁判への出廷を命じる」
「死神裁判だと?」
「あなたは見たはずでしょう? 陪審員によって有罪判決が出ればその場で基盤を破壊されて消滅する」
「回りくどい言い方してんじゃねぇ。死神裁判ってのは出廷した時点で有罪判決が決まったも同然なんだろ? 要するにキサマはアタシらに死刑宣告してるってことじゃねぇか!」
大死卿は満足げにクックッと笑う。その耳には青いピアスがしてあった。
間違いない。あのピアスを何度も見てきた。
笑顔の感じは違うが、笑った時の目の細め方も口角の吊り上げ方も知っている。
背中から伸びている蝶のような翼もデートに出掛けた時にはっきりと見ていたので覚えている。
「鳥海さん、なんですか……?」
太陽が呼び掛けると大死卿は太陽の顔をじっと見て、肯定する代わりにぞっとするような冷笑を浮かべた。
「私が本当は殆ど歳の変わらない子供だったって知って驚いた?」
「そんな……。それじゃあ本当に鳥海さんが大死卿で、内富聡里で……インビジブルの本当のトップ?」
「その通り。あなたにしては理解力が高いじゃない。霧島君」
「なんで? どうしてそんなことになってるんですか? 鳥海さんは誰かを騙すような人じゃない!」
「何を根拠にそう決めつけるのかしら? あの人の生まれ変わりだから別人のふりして探りを入れてみたけど、正真正銘の劣等生で安心したどころか拍子抜けだったわ」
「なんで? 鳥海さん……」
「鳥海智里なんて人間はこの世にいない。私は聡里よ? 本当に覚えていないの、勝広さん」
夢の中での名前を呼ばれて背筋が震える。
本物だ。目の前にいるのは子供の頃から夢に見てきた恐ろしい少女だ。
そして今なら確信出来る。聡里は太陽がかつて親密な関係にあった男の生まれ変わりが太陽だと知りながら、智里として近づいてきたのだ。
「んなことにショックを受けてる場合じゃねぇだろ!」
アザミは太陽を庇うように前に立ち、聡里に大鎌を向けた。
「キサマ……どういうつもりだ? このタイミングで現れたってことはアタシがインビジブルを追ってることは知ってたんだろ? 何故今になってアタシらを消そうとする!?」
「何故? どうして? そんなことを聞くの。悪食のPACと恐れられたあなたが」
「はぐらかすな。何か目的があるんだろ? 言え」
「敵に向かって教えろだなんて、まるで負け犬のようなことをするのね」
歯噛みするアザミを舐めるように見ながら、聡里はゆったりとした足取りでアザミの周りを歩き始めた。
「こういう時はなんて言うんだったかしら? 馬鹿でもわかるように説明してやる、だった?」
「チッ……」
「至極簡単な話よ。私は最初からあなたがPACだと気づいていた。あなたが死んだ日に炎華を行かせたのも本当は確実に仕留めるためだった。でもね、秋人に止められたの。アザミの天才的な頭脳を利用しろ。そうすれば私の計画は予定よりずっと早く実行されるって言われてね」
「アタシの頭脳を利用しろ? まさかキサマの目的はアタシが完成させた運命操作か!」
「ご明察。私はずっとその方法を調べていたの。インビジブルを立ち上げたのも運命操作の研究するためだったってわけ」
「それだけじゃねぇだろ。十年以上もコツコツ人を騙して、殺して手に入れた大金はどうした!? 何故無関係の人達を殺した!?」
「インビジブルの目的ならもう知っていたと思ったけど? この世に蔓延る悪人を排除し、強者も弱者もない平等な世界を実現すること」
「Cherryの言ってたことか。マジでそんな世界が実現出来ると思ってんのか?」
「出来るわよ。だって私はこれから正真正銘本物の神になるんだから!」
太陽は身の毛がよだつのを感じた。聡里の言う神の意味がわかったからだ。
──例えばだけど、死亡予定者リストに挙がる人を自由に選べるようになったら、この世界は影咲さんの思い通りになるわ。文字通り神になってしまう。
鳥海智里としてデートに誘ってきた日に聡里はそう言った。
アザミの完成させた運命操作を使って、聡里は思うまま人を殺そうとしているのだ。それも死神という現世の理から外れた立場から。
現世の人間達は知りようがない。次々と謎の死を遂げていく人達がいたとしても、偶然の出来事としてとらえるしかないのだから。
「神って、どうして……? 鳥海さんはそんなこと考える人じゃないのに!」
「鳥海智里なんて存在しないと何度言えばわかるの!?」
「だって、僕はずっと……」
「本当に忘れてしまったのね。基盤に細工をしたって聞いてたから少しは期待してたのに」
聡里が蝶のような翼をはためかせてふわりと浮かび上がる。驚いて尻餅をつく太陽に急接近し、両手で頬を挟むようにして顔を上げさせた。
「どうして今回はそちら側に行ったの? 私の復讐には反対したくせに、なんで影咲さんの復讐は手伝ったの? 少しは私の色に染まってくれたってよかったじゃない」
耳をつんざくようなドリルの音がし、あまりの爆音で後頭部をぶん殴られたような衝撃を覚える。
聡里もたまらず耳を塞ごうとして、太陽を捕まえていた手を放した。音のする真後ろへ振り返ると、うさぎが大鎌を高速回転させていた。
「たいようおにいちゃんに、らんぼうしないで!」
「くっ……生意気なガキが!」
言葉は強気だが、かなり堪えているらしい。聡里は両耳を塞いだまま、動けなくなっていた。アザミが太陽の手を引き、音波の中から救い出す。
「でかしたぞ、チビ! 今のうちに逃げる!」
「逃げるって、どこへ?」
「どこでもいい! 作戦を練り直して出直す。こいつは、いわば十九面以降のクソゲーだ。しかも残基はゼロ。パワークッキーで無敵になれねぇ以上、逃げるしかねぇ!」
アザミが黒い翼を広げて飛び立とうとした時、茶色い影がアザミ達の前を横切った。そして次の瞬間、バチンという電気の弾けるような音がしたかというと、けたたましく鳴り響いていたドリルの音がぴたりとやんだ。
「ごめんね。僕にはそれ、効かないんだよね~」
見るとうさぎの傍には秋人が立っており、うさぎの大鎌を掴んで動きを止めていた。彼の両手首には秋人の大鎌に巻きついていた銀色の包帯が結わえられている。
うさぎは大鎌を取り返そうと必死で柄を引っ張ったが、四歳児が大の大人に適うはずはなかった。
「閣下、折角華を持たせてあげているんですから、ちゃっちゃと捕まえてくださいよ」
「一言余計なのよ、あなたは」
聡里はうさぎを睨みつけたまま両手を前に突き出し、大鎌を取り出した。一歩二歩と前進しながら、大鎌を振りかぶる。
「うさぎちゃん、逃げて!」
呼びかけた時には遅かった。聡里の大鎌はうさぎの体を袈裟切りにした。うさぎが恐怖から目を大きく見開く。
手から大鎌が離れて青白い光を放って消えたかと思うと、小さな体はみるみるうちに石膏像のようになり、ピクリとも動かなくなってしまった。
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