第6話 死にたがりの昴
「え? 現地に来いって……?」
うさぎからの連絡を受け取った太陽はタブレットを見ながら呆然としていた。
テレビ画面にはもう何度見たかわからない『GAME OVER』の文字が明滅している。
(何があったんだろう? Cherryを助けるってこと? なんでまた?)
状況は全くわからない。だがアザミのことだ。余程の何かがあったのだろう。太陽はテレビ画面を消して、急いで出掛ける支度をした。
シスターとブラザーであれば、自分がその仕事を受けていなくても簡単に転送ゲートから死亡予定地へ飛ぶことが出来るようになっている。
太陽はタブレットからアザミの受けた仕事を選択すると転送ゲートのセンサーにかざし、初めてのアメリカへ向かった。
死亡予定地の部屋にはうさぎの姿があった。アザミはどうしたのかと尋ねると、うさぎは開け放たれたドアを指差した。
「あざみおねえちゃん、ちぇりーをなかまにするって」
「へ? なんでそんなことに?」
「ちぇりーね、しぬひとをうらなえるんだって。うんめいほーてーしきなんだって」
「運命方程式?」
「あのね、てんぼーだいがでんたくで、うんめいいんしで
「展望台が電卓? どういうこと?」
「うさぎもよくわかんないの。でもそれで、しぼうよていしゃりすとをつくってるんだって」
死亡予定者リストを作っている、そう言われてようやく話が見えてきた。
それと同時に、智里の言っていた懸念が現実のものとなろうとしていることも。
──例えばだけど、死亡予定者リストに挙がる人を自由に選べるようになったら、この世界は影咲さんの思い通りになるわ。文字通り神になってしまう。
アザミは復讐を成功させるためなら手段を問わない。人を助けるためという正義で動くうさぎと違い、自分の目標を達成するためなら誰でも余すところなく利用する。
Cherryを生かす理由も死者を自由に決める手段を得るためなのだろう。
そんな過ぎた力を得てしまえば、アザミを止められる者はいなくなってしまうかもしれない。
(でも、影咲さんは無差別に人を殺すような真似をしてるわけじゃない。まだ危険って決めつけるには早い気もする……)
頭の中で電子音が鳴る。すかさずタブレットを出してメールを確認した。
『おい、近くまで来てんだろ。さっさと合流しろ』
アザミからは太陽の位置は丸見えだ。どう誤魔化しても合流するしかない。
(とにかく事情を聞こう。それでまずいと思ったら、力が上手く働かなかったことにして死亡予定時刻を迎えるしかない)
時間を確認すると、朝六時の十分前だった。死亡予定時刻まではあと十分ある。その間にアザミがCherryを使って何をする気なのか見極めて、運命を変えるかどうか決めることにしよう。
タブレットにアザミの位置情報を表示しながら、建物の中を移動する。
建物内は学校のように一本の廊下に部屋がいくつも並んでおり、アザミ達はCherryの部屋から三つ隣の部屋にある、マシンルームに隠れていた。
「おせーぞ。予定時刻が来ちまうだろうが」
「ごめん。呼ばれると思ってなかったから」
「まぁそうだな。とにかく時間がねぇ。さっさとこいつから死の運命を切り離せ」
「ど、どうやって……?」
「どうやっても何も、今まで散々やってきただろ。手伝いが必要なら特別に手を貸してやる。さっさとやれ」
アザミは腕を組み、全ての光を吸い込んだような黒い目でじっと睨んできた。
見た目は十二歳の少女そのものなのに、睨まれると委縮してしまう。これだけの凄みは一体どこからやってくるのやら。
「あ、あのさ、その件なんだけど……」
「あ?」
「どうして急にCherryを助けるってことになったんだ? あんなに復讐したがってたのに、生かそうだなんて」
「理由は後で説明してやる。今はとにかく時間がねぇ。やれ」
「そんなこと言われても、心境の変化の理由が知りた……」
「ロリ島の分際でアタシに意見する気か!? やれといったらやれ!」
アザミは怒鳴るだけで説明する気はないようだ。それだけ、とにかく昴を仲間に引き入れたいということなのだろう。
アザミが本気なのはわかったが、だからこそ確かめておく必要があるだろう。
被害者である辰夫の意志に関係なく藤野と春日井を殺した時から、アザミの行動にはどうしても危うさを覚えてしまっている。全然関係のない智里ですら、アザミを警戒している始末だ。
慎重に事を進めるべきだ。
「影咲さんはどうして……」
しかし尋ねようとした瞬間、にわかに部屋の外が騒がしくなった。「
アザミはチッと舌打ちし、部屋を見渡した。
「予定地から多少離れたから、少しは時間が稼げるはずだが、ここにいたらいずれにしろ死ぬ。窓はねぇとなると、他に逃走手段は……」
アザミは天井に四角い切れ込みがあることに気づく。
翼をはためかせて浮上し、切れ込みの中に顔を突っ込むと、天井裏の空間が広がっていた。
「おい、Cherry」
「へ?」
「ここから上がれ。マシンの台に足をかければ登れんだろ」
「で、でも、ボクは大人しく掃除されるつもりで……」
アザミは大鎌を昴に押しつけ、ぎろりと睨む。
「いいから登れっつってんだろが! これ以上ぐずぐずしてみろ。ここのマシン、ハッキングしてデータ全部食ってやるぞ、ああ!?」
「そ、それは、困ります。わかりました。登ればいいんでしょう?」
昴は渋々といった様子で、マシンの並んだ鉄製の棚に足をかけ、危なっかしく登り始めた。
四角い切れ込みを押すと、天板が外れて真っ暗な空間から粉っぽい埃が降ってきた。ケホケホと咳をしながら、昴が天井裏によじ登る。
ガンガン。
何者かがドアを強く叩く。鍵がかかっていることに気づき、英語で悪態をつく声が聞こえる。
昴は音に怯えた様子で、ペタンと薄暗い天井裏に尻餅をついた。
「何やってんだ! さっさと天板を閉めろ!」
「そ、そんなこと言われても、ここ真っ暗ですよ?」
「明かりならつけてやる。言う通りにしろ!」
「ひゃい!」
情けない返事をし、昴は天板を四角い穴にそっと押し込んだ。その直後、鍵がカチャリと音を立てて回転し、ドアが勢いよく開かれた。
黒いコートを着込んだスキンヘッドで二メートル近い身長の大男が二人入ってくる。見るからにがたいがよく、自分なんて片手で握り潰されてしまいそうだと太陽は怖気づいてしまった。
死の運命の繋がっていない彼らには、太陽達の姿は一切見えていないようだ。
「
「
掃除屋達は大量のマシンで森のようになっている部屋の中を隅々まで調べ始める。
その間にうさぎが太陽の裾を引っ張り、天井裏へ行こうと指差した。
天井裏に行くと、アザミがタブレットの画面の明るさを最大にして周囲を照らしていた。なるほど、この光なら昴以外には見えないので、どこから光が漏れて気づかれる心配も無用だ。
感心した様子の太陽など目もくれない様子で、アザミは昴をどこかへグイグイと引っ張っていく。
「予定時刻は過ぎたが、まだ予定者の名前が消えねぇ。どっかで掃除屋が待ち伏せてやがんのか?」
「そ、その、ボクは……」
「死んでもいいなんて言うなよ! アンタはアタシの駒になるんだ。弱者は弱者らしく、強者たるアタシに従え!」
「もういいです! ボスを裏切るくらいなら、死んだ方がマシです。ボクはあんなに重大なミスをしたんです。覚悟は出来てます」
「んな覚悟は要らねぇんだよ! 何故ボスとやらの命令は聞けてアタシの命令は聞けない? さっさとアタシに洗脳されやがれ!」
「違うんです! ボクが脱走したら、姉さんを始末するって言われてるんです。だから逃げられないんですよ!」
「ハッ、そんな話まだ信じてるのか? 言っておくがな、キサマの姉、十中八九もうこの世にはいねぇぞ」
「そんなはずはありません。だって姉さんからはメールが……!」
「メールの差出人なんて素人でも偽装出来るだろうが。互いに
「そ、それは……」
「だからキサマは弱者だって言ってんだ! 都合のいい事実だけに目を向け、真実を見ようとしない。だから洗脳される、利用される。アタシを死に追いやるほどの力を持ちながら、周囲に怯えて生まれたての小鹿のように震えてるのは、キサマがキサマ自身を救いようのねぇ弱者にしてるからだ! 姉がなんだ? メールがなんだ? とっくの昔に死んだ奴の亡霊を追いかけるのはもうやめにしろ!」
「何も言わないでください! あなたの言葉は聞きたくありません!」
アザミは嫌がる昴の手をグイグイと引っ張り、半ば引きずるようにして天井裏を進む。
「センパイ、何してる? 早く力を使え! 見殺しにする気か!」
「ご、ごめん。でもこんな天井裏からじゃあ、どうやって運命を変えればいいかわからなくて……」
「チッ……!」
苛立った声に思わず委縮してしまう。
太陽としてはアザミの狙いを探りたかったのだが、昴と言い合っているせいで何も聞き出せそうにない。
こんなはずじゃなかったと頭を抱えたくなる。ただ、アザミの目論見とは関係なく言えるのは……。
「うぅ、死にたい……もうこんなの、嫌だよ……」
ここまで死にたがっている人間を無理に助けることはないんじゃないかということだ。
自殺を肯定するわけではないが、無理矢理救ったところで、辰夫のように喜ばない人もいる。
第一、Cherryとして重ねてきた犯罪歴を考えても、こちらの善意だけで救うには危険すぎる相手なのだから。
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