第5話 インビジブルの目的

「おいキサマ、この占い方法は自分で考えたのか?」


 アザミはディスプレイに表示された運命方程式らしきログを指差し、問いかける。昴は苦々しく笑い、首を振った。


「まさか。ボクはそんなに頭よくありませんから。それを教えてくれたのはボクの姉さんです」

「その姉さんとやらは何者だ? インビジブルのメンバーか?」

「はい。ボクとは生き別れているので会ったことはないんですけど。ある日メールが飛んできて、この占いを教えてくれました。ただちょっとデータが発散しやすかったりと色々と不完全だったので、ボクの方でパラメータは弄りました」

「生き別れているのに同じ組織にいて、会ったことはないのにメールのやり取りはするだぁ? そりゃあどういう意味だ?」

「あはは……ご冗談を。ここってそういう場所じゃないですか。メンバーがお互いに見えざる者i n v i s i b l eだから、組織名もインビジブル。ボクはボク以外に何人のハッカーがいるのか知りませんし、あなただって他のメンバーの顔は知らずにここへ来たわけでしょ?」

「まぁ、そうだな。それで? 仮想データによって欲しい未来を占うっていうのはわかったが、どうやって再現してるんだ?」

「仮想データの通りになるように指示を飛ばすんですよ。何時にどこどこにいろとか、何を置けとか。そういうのを請け負ってくれる工作員が沢山いますから」

「なるほど。確かにそうすりゃあ望んだ未来が手に入るわけか」


 アザミはもう一度ディスプレイを注視する。

 まさか運命方程式が現世に伝わっているとは夢にも思っていなかったが、それならインビジブルが完全犯罪を成功させ続けられたことにも合点がいく。

 死神局は実際に回収した運命因子をデータ群に死亡予定者リストを導き出しているわけだが、インビジブルは同じ手法で様々なシミュレーションを行い、望む演算結果が得られた条件を現実に再現しているのだろう。

 例えば何時にどの道を車で走れなどと指示を飛ばせば、事故に見せかけて特定の相手を殺すことが出来る。

 しかもそれは太陽の力で死の運命に繋がった人達がそうであったように、多少のハプニングがあったとしても覆らない。天文学的な確率でしか成功しないような際どい作戦でも、100%成功させることが出来るのだ。


(こいつは、思っていたよりかなりやばい集団だな)


 口にくわえていたロリポップを出し、アザミは吟味するように唾液でてかった飴を眺める。チェリー味の飴はほんのりピンク色をしていた。


(何よりもやばいのは、これだけのが出来る奴をたった一回のミスで掃除するところだ。他にも同じような奴がいるということか? それとも別の目的が?)

「ところで、お二人はどうしてここに来たんです? 掃除屋じゃないなら、何者なんですか?」

「ああ、そろそろ名乗った方がいいな。アタシはここの監視役だよ。各自の仕事を抜き打ち検査して、ボスに報告するのが仕事だ。最近は妙なネズミが入り込んでいるようだから、そいつらを見つけて掃除屋に報告なんてこともしている。ここへ来たのも、アンタが掃除されるべきかどうか最終判断するためだ。アンタが犯したミスはデカい。だが実績があるのも確かだ。改めてインビジブルへの忠義を聞こうじゃないか。返答次第では掃除しないよう掃除屋に口利きしてやる」

「本当に……?」

「ああ。だから正直に答えろ。まずインビジブルの活動理念は?」

「そんなのは簡単です。悪い人達を排除し、強者も弱者もない平等な世界を実現することです」


 昴は不安げな表情から心酔しきったとろんとした顔に一変し、胸に手を当てて答えた。


「ほぅ、歯切れのいい答えだ。なら、悪い人達の定義とは何だ?」

「弱い人に付け込んで得をしようとする人、一方的に奪って人を使い捨てする人、それらは皆悪い人達です。悪い人というのは改心しません。ゴミムシがどんなに頑張ってもクソまみれのハエにしかならないように、存在自体が害で罪なんです。だからボクはその人達が死ぬような運命を占って、皆のために駆除してあげるんです」

「おねえちゃんはいいひとなの?」


 うさぎが無垢な目を向けて問いかける。昴は満面の笑みを浮かべて頷いた。


「もちろん。ボクもあなたも監視役の人も、インビジブルにいる人は皆いい人です。だってこの世界を良くしようとしてるんですから」


 ガリッ。


 派手な音を立てて、アザミの口の中で飴が砕け散る。

 音に驚いて肩を竦める昴を凝視しながら、アザミはボリボリと音を立ててチェリー味の飴を噛み砕いた。


「チッ、インビジブルの幹部がまさかこんな弱者だったとは。アタシはこんな腑抜けにやられたのか? クソ気に入らねぇな!」

「え? な、何を?」

「一ついいことを教えてやるよ。アタシはインビジブルのメンバーなんかじゃねぇ。しつこく追いかけ回してくるゴーストi n v i s i b l eも神出鬼没の果物cherryも食い荒らす、悪食あくじきのPAC《パック》だ!」

「え? え? PACって、あの……?」

「そうだ。キサマにはめられて死んだPACだよ! そして今日、使い捨ての駒として育てられ、廃棄される哀れなCherryちゃんの魂を刈り取りに来た死神だ!」

「死神? 使い捨ての駒? 何を言ってるんですか? ボクはボスに愛されて……」

「わからねぇなら教えてやる。いいか。そもそもキサマがいたという孤児院自体が怪しすぎんだよ。勉強が出来なければ鞭打ち? 死人が出た? どう見たって健全じゃねぇだろ。それからボスがキサマを引き取りに来たのは助けるためじゃねぇ、鞭打ちを回避するためにテストで高得点を取り続けた頭脳を利用するためだ。だがキサマは所詮、恐怖に煽られ知識と知恵を頭に叩き込んだだけの秀才だ。アタシと違って正真正銘の天才じゃねぇ。だから捨てられる。たった一度のミスで!」

「そんな……そんなわけない! ボスは、こんな情けないボクを優しいって褒めてくれて、鞭打ちはしないって約束してくれたんです!」

「ハッ、洗脳は完璧ってか? そりゃあそうだよな? 生き別れの姉ちゃんに、同じ組織にいるのに会わせてもらえないなんていうクソふざけた状況も受け入れてるくらいだもんな?」

「洗脳なんてされてない! ボスのために頑張るのはボクの意志だ!」


 アザミは翼を広げて舞い上がり、昴を壁際に追い詰める。

 ショートカットの髪をグシャと掴み、壁に後頭部を押しつけた。


「まぁいいさ。アタシにとっちゃ好都合だ。簡単に洗脳されるほどの間抜けってことは、アタシにも洗脳される余地があるってことだろ?」

「一体何を言って……」

「おいチビ、センパイにここへ来るようメールしろ。今すぐにだ」


 昴の隣に立っていたうさぎは、きょとんとした顔で首を傾げた。


「たいようおにいちゃんに? どうして?」

「気が変わった。こいつは殺さないことにする」

「え? どうして?」

「メールしろっつっただろ! 説明は後だ!」


 うさぎはビクッと肩を震わせ、言われた通りタブレットに文章を打ち込み始めた。

 アザミは昴を右手で押さえつけたまま、左手にタブレットを出現させた。


「予定時刻まであと三十分か……。とにかくセンパイが来るまで逃げるぞ。来い!」

「え? ちょっと!? ええ!?」


 アザミは昴の手を掴むと、ドアの方へ昴を引っ張った。

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