第4話 Cherryの占い
照明の落とされた部屋で、デスクを取り囲むように並んだ九つのディスプレイの光が浮かび上がっている。
それらはデスクの裏に立てられた鉄製のスタンドのアームによって固定されており、無地の白い壁の前にもう一つディスプレイの壁を作っているようだった。
九つのディスプレイには絶えず白い文字の走るウィンドウが表示されており、キャスター付きの椅子の上で膝を抱える一人の子供が、ディスプレイを見上げながら神経質そうに爪を噛んでいた。
「
白くふやけた爪で耳まで伸びた黒髪を掻きむしり、その子は赤みがかった瞳に溢れんばかりの涙をためて、呻き声を上げる。
着ている黄色いシャツには、可愛らしい大きなさくらんぼのプリントがしてあった。
コードネームCherryこと
いつもの通り末端の組織員から必要なデータを受け取っていたところで事件は起きた。
送り主はコードネームCLAMP、その名の通り
この世界に身を置くなら他人を信頼してはいけないと何度も言われてきたはずなのに、目立ったミスもしない彼のことを昴は信頼してしまった。だから送られてきたファイルを警戒せずに解凍した。
すると突然画面にパックマンの黄色い丸が現れ、データをバクバクと食い始めたのだ。慌ててウイルスプログラムを止めて隔離し、データも復元したものの、ログを調べてみると昴の現在地が外部に送られてしまったことがわかった。
更に悪いことに、ウイルスの影響は数日の潜伏期間を経てインビジブルの他のメンバーにも感染し始め、遂にはボスが作成した殺害予定者リストのデータが何者かによって抜き取られてしまったことが発覚した。
政治家や大企業の社長などの著名人の名前と死因が並べて書かれたリストが全国に公開されれば、ごく一部の諜報機関にしか知られていないインビジブルの存在が世間に知られることになる。
昴は自分のしでかした事の重大さを再確認し、随分と短くなったでこぼこの爪を無心でかじった。
唾液でふやけた指先の皮膚が耐えられなくなり、赤い血が滲んでしまっているが、昴は気づいていないようだ。
「
早口にまくしたてながら、昴はもう一度キーボードを叩く。初期条件を入力し、『./』でファイルを指定しエンターキーを押す。
十秒経って画面いっぱいに項目が表示され、今日の日付のところに『death』の文字があった。
「
不安に押し潰されそうになった昴はずり落ちるように椅子から降り、ふらふらと窓辺に立つと窓を開けた。
ドールハウスのような茶色い家々の街並みは、早朝の青白い光に包まれてしんと静まり返っていた。
五階の高さから見下ろせば、どこかの家から抜け出してきたらしき白猫が我が物顔で歩いているのが見える。
昴がここアメリカの地に連れてこられたのは六歳の頃、今から八年前の話だ。最初は日本の街並みが恋しくなったものだが、今ではこの景色に親しみを覚えるようになっている。
サマータイムは始まっているが、それでも時刻はまだ朝の五時半だ。
こんな早朝では人通りもまばらで、多少叫んだところで誰も来てくれはしないだろう。
「
「そいつは困るなぁ」
「
一人しかいないはずの部屋で返事が来る。息を呑んで声がした方に目を向けると、ロリポップを口にくわえた黒髪の少女と、髪を二つに結んだ幼子が部屋の入り口に立っていた。
「あざみおねえちゃん、えいごわかるの?」
「アタシも育ちはアメリカだからな。だが、キサマも日本語くらい話せるだろ? なぁ、Cherry?」
「……国の言葉はわかります」
さくらんぼのシャツを握り締めて昴は言った。訛りのない流暢な日本語だった。
「意外でした。てっきり掃除屋ってもっとごつい大男がしているのかと。ボクくらいの女の子がリーダーしてるんですね」
「掃除屋じゃねぇよ。つかなんでアンタは自分が殺されるって知ってんだ? 普通掃除って予告なしでされるもんだろ」
「あれ? ボクのコードネームを知ってるのに、ボクが何をしてるのかは知らないんですか? なら、どこのグループの人だろう? ここにいるってことはメンバーってことは間違いないんだろうけど」
どうやら昴はアザミ達を仲間だと勘違いしているらしい。好都合だと話を合わせることにする。
「アタシらは最近こっちに来たんだ。こうして部屋に入ったのも、どんな仲間がいるか知りたかったからだよ」
「ああ、それはいけませんね。ボスに見つかったら大変なことになりますよ」
「話を聞いたらすぐに退散するよ。そんで? キサマはどうやって自分の死を知ったんだ?」
「占いですよ。ボクはいつ誰が死ぬか占えるんです」
「占い?」
「はい」
昴はデスクに並べられたディスプレイのうち下の中央の物を指差した。
「あそこで初期値に仮想データを入力して演算すると、設定した相手がいつ死ぬかがわかるんです」
「待て。そいつは占いじゃなくて予測じゃねぇのか?」
「占いですよ。タロットカードの代わりにマシンを使っているだけで、そんなにちゃんとした理論じゃないんです。でも何故か当たるから、ここでは重宝されています」
「そうやってターゲットの命を奪ってきたってわけか」
「ただ、今日のターゲットはボクのようですけどね……」
昴は肩を落とし、首を振る。
「結構頑張ってきたんですよ。ボクは元々孤児院にいて、それはそれはもう酷い扱いを受けてました。毎日テストするんですけど、点数が悪いと鞭打ちとかされて、死んじゃった子もいるくらい。ボクは怖かったので必死に勉強して、いい点を取り続けました。そしたらある日ボスがボクを引き取ってくれて、ここに住まわせてくれたんです。ボスはボクが新しい理論を考えると褒めてくれて、嬉しくて、だから頑張れました。特に仮想データを入力して誰が死ぬか予想出来るようになった時は神童だって抱きしめてくれて、ボクにとってこの占いは誇りだったんです。なのにこの前、大ポカをしてしまって……。ボスはボクに酷く失望したんだと思います。だから掃除される」
昴は弱々しく肩を震わせて泣き始めた。うさぎが短い脚でてとてとと駆け寄り、昴の裾を引っ張った。
「なかないで、おねえちゃん。うさぎがそばにいるよ」
「お姉、ちゃん……? はい、ありがとうございます。あなたは優しいですね」
うさぎが昴をなだめている間にアザミはディスプレイの方へ足を進めた。
ウィンドウに表示されている限りのログを見てアザミは目を見開く。
初期値を何度も演算にかけ、演算前のデータとの誤差が指定された数値以内に収まった結果を表示しているようなのだが、予想が正しければこれは運命方程式そのもので間違いなかったのだ。
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