第3話 三人の夜
「おい、アタシは確かにロリポップを買ってこいとは言ったが、
家の玄関をくぐると、早速アザミは怪訝な顔をした。ゲームを中断して振り返り、明らかに不快な表情で少女を睨みつけている。
「うん……全くもって影咲さんの言う通りなんだけどね」
「ったく、まともにお使いも出来ねぇのかよ。一晩で二人も自分の家に少女を連れ込むとかロリコンか?」
「いやいや、影咲さんは自分から押しかけてきたんじゃないか」
「今この部屋にロリが二人いる、それだけで十分なんだよ、ロリ島」
十二歳はロリに入るんだろうか? いやそんなことより……。
「ロリ島って何!?」
「アンタのことに決まってるだろ、ロリ島」
「僕は霧島だよ!?」
「一文字しか違わねぇじゃねぇか」
「一文字も違えば十分だよ! 大体、僕が好きなのは鳥海さんみたいな年上で……」
「ほぅ? あの管理人がタイプなのか?」
太陽は慌てて口を塞いだ。絶対にからかわれる。背伸びしすぎだと馬鹿にされる。
「ま、別にアンタが誰を好いていようがアタシにとっちゃどうでもいいんだが」
意外にもアザミは何も突っ込むことはなく、太陽は拍子抜けした。そんな太陽には気づかない様子で、アザミはコントローラーを床に置くと、少女の前まで四つん這いで進んだ。
「アンタ、いくつだ?」
少女は指を四本立てた。
「へぇ、片手で収まる年齢かよ。名前は?」
「……」
「あ? 聞こえねぇぞ」
「その子、上手く喋れないんだ。声が出ないみたいで」
「障害児か? つか関係ねぇだろ。今死神なんだから」
「え?」
「アンタ三年も死神やってて知らねぇの? 死神はある程度自分の体弄れんだよ。潰れた声帯くらい正常に戻せるし、年齢性別も自由に変えられるんだぞ」
「そうなのか?」
「ま、若作りに必死なおばさんくらいしか見た目年齢を変える奴はいねぇだろうけど」
それは初耳だった。ということはその気になれば智里と同い年まで大人になれるのかもしれない。
届かない相手だと思っていたが、一条の光明が差した気がする。
「ちなみに見た目年齢は変えられても性格は元のままだからな、不釣り合いなのは変わんねぇぞ?」
「み、見た目を変えるつもりはないよ!」
見透かしたようにアザミは歪んだ笑みを浮かべる。やはりからかわれた。
「ま、いいや。声出ねぇんならうるさくなくてちょうどいいし。今夜はうちに泊まっていけよ。そいつにはちょっと訊きたいこともあるしな」
「訊きたいこと?」
「死亡動機とかそういうのだよ。そいつもいかにも弱者って面してんじゃねぇか。けど今日はやめだ。アタシはもう寝る」
アザミはそう言うと寝室と居間を仕切っているドアを開け、ベッドに潜り込んだ。
「それ僕の布団……」
「男とガキは床で十分だ」
「やっぱりそうなるのね……」
「どうしてもって言うなら枕だけやるよ。ガキに眠れないって騒がれてもうざいしな」
「あ、ありがとう」
アザミは布団をかぶると十秒と経たずに深い寝息を立て始めた。
ふとテレビを見ると、『Pause』の文字が点滅したパックマンの画面が表示されていた。弄っていいのかもわからないので、テレビの電源だけ落としておく。
すると何も言わないのに、少女がコントローラーを拾ってゲーム機本体の隣に収納してくれた。手伝いをしようとしてくれたのだろうか?
「ありがとう。僕達もそろそろ寝ようか」
とりあえず寝床に使えそうなもの使えそうな物はないだろうかと、収納の扉をスライドさせる。ベッドで寝ているので敷布団はない。冬用の羽毛布団でなんとかするしかないだろう。
「フローリングが痛いかもしれないけど……これにくるまって寝れそうかな?」
布団を出しながらそう伝えると、少女はコクと頷いた。そして布団を敷くと嬉しそうに顔をうずめた。しかしふと何かに気づいた様子で、何かを訴えてきた。
「あー、えっと……」
さすがに簡単な言葉しか口の動きを見てわからない。
頭を掻いて困惑していると、少女は布団から抜け出し、太陽の手を取って一緒に布団の上に寝転がった。
「もしかして一緒に寝ようって言ってる?」
少女は目を細めて笑うと、布団の端を持ってクルクルと回転し、布団を巻きつけた。同じようにしてとねだるように太陽を見上げる。
幼女と同じ布団にくるまっていいものかと戸惑いつつ、反対の端から布団を体に巻きつけてみると少女はうんうんと頷き、幼子を撫でるように太陽の頭に手をやった。
(優しい子だな。なんでこんな子が死神になったんだろう?)
少女はアザミからもらった枕に顔をうずめるとスヤスヤと眠り始めた。
まるで自殺に至る仄暗い感情とは無縁そうな温かい笑みを浮かべている。
どうして一人でいたのか、何があったのか、疑問はいくらでも湧いて出てくる。
(弱者、か……)
アザミは少女の顔を見てそう言った。その言葉の意味はなんなのだろう? アザミがしようとしている復讐と何か関係があるのだろうか?
(それにしても、同じ部屋に女の子が二人もいるなんて凄い状況だな。全然ときめかないのは別として……)
考え事をしているうちに心地よい眠気がやってきて、太陽は静かに目を閉じた。
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