第4話 うさぎの死亡動機

白菊しらぎくうさぎ、享年四歳。大量の洗剤を飲んだことで中毒死し、死神になった。父親である白菊裕二ゆうじは実母白菊かなでの再婚相手であり、血の繋がりがなかったこともあって、日常的な虐待を受けていた。喉が潰れたのは、死ぬ半年前に父親から無理矢理洗剤を飲まされて、喉に酷い薬傷を負ったせい、だとよ」


 翌朝、パックマンをプレイしながらアザミは淡々とそう語った。最後のクッキーを食べ終えたことで、画面にはパックマンがゴーストを追いかける勝利演出が表示された。

 起床したばかりの太陽は凝り固まった体をほぐすように伸びをしながら、アザミのそばへ歩み寄った。フローリングの上に冬用の羽毛布団だけというお世辞にも寝心地がいいとは言えない寝床で一晩を過ごしたため、体があちこち痛くなっていた。


「虐待を受けてたから、自殺したんだ……。けど、どうやって聞き出したんだ?」

「タブレットを見せてもらった。あそこには死神の記憶が保存されているからな」

「そうなの?」

「普通は閲覧出来ないようになっているが、隠しコマンドを実行すれば表示されるようになってるんだよ。設定画面で端末情報メニューを開いたら、ビルド番号を七回押す。そんでデベロッパー権限を取得すれば誰でも簡単に閲覧出来る」


 タブレットにそんな機能があるとは全く知らなかった。

 本当についこの間死神になったばかりなのだろうか? 死神の世界について妙に理解が深い気がする。


「ま、そこから見えるのは事実だけだ。死亡動機やら加害者への感情なんてのは、さすがに本人に訊かないとわからねぇよ」

「そうなんだ……。ところで、うさぎ、ちゃん? は……」

「あいつなら今シャワー浴びてるぞ。なんせ小汚かったからな」

「一人で入れたのか? あんな小さな子を?」

「何が問題なんだよ?」

「だって、シャンプーとか一人で出来る年齢じゃないだろ?」

「だったら行ってやれよ、世話係」

「いやいやいや、いくら相手が子供でも、家族でもない男が風呂に入れるのは……」


 ガチャと風呂場のドアが開き、うさぎがタオルで頭を拭きながら出てくる。泡はしっかり洗い流せている上、服も間違えずにちゃんと着られている。

 自立した子でよかったと太陽は胸を撫で下ろした。


「おはよう。シャワー、気持ちよかった?」


 太陽が優しく話しかけると、うさぎは大きく頷き、笑顔を見せた。


「よし、ロリ島も起きたことだし、アンタの話を聞かせてもらおうか」


 アザミはゲームを中断するとうさぎに手招きし、正面に座らせた。


「見たところ、アンタにもブラザーがいるんだろ? 意思の疎通が出来ねぇってことはないはずだ。どうやってた?」


 うさぎは後ろめたそうに目を伏せると、タブレットを取り出し、メモ帳を開いた。空白の部分をタップするとキーボードが現れ、慣れた手つきで打ち始める。


『こうやって おはなしする』

「上出来だ。それじゃあ聞くぞ。なんでブラザーのところから逃げてきた?」


 少し悩む間があってから、うさぎはキーボードを打った。


『うさぎはめいわく』

「何故そう思った?」

『たましいをもらってばかり』

「代わりに回収してもらってたってことか? だったら安心しろ、そこのロリ島もアタシが集めた奴を死神局に提出してた」

「その呼び方、さっきも言ってたけど、採用なの?」

「話の腰を折るんじゃねぇ。腰折り島って改名されたいのか?」


 本当かと尋ねるようにうさぎは太陽の顔を仰ぎ見た。半ば押しつけられたんだと言い訳がましく認める。


「別に自分で集めなくても死神局は何も言わねぇだろ。何が嫌なんだ? ブラザーに虐められでもしたか?」


 うさぎはふるふると首を振った。


『たつおさんはいいひと うさぎはだめなこ』

「なるほど。つまり一人立ち出来ねぇ自分が嫌で、逃げ出してきたってことか」

「でも、一人立ち出来ないってしょうがないんじゃないか? だってまだたった四歳なんだろ?」


 うさぎは咄嗟に、『うさぎは』とタブレットに打ち込む。しかし不意に眉をひそめると、力なくバックスペースを押して消してしまった。


「ま、その話はもういいや。そんで? なんでアンタは自殺したんだ?」

『おかあさんをたすけるため』

「助ける?」

『おとうさん おかあさんをぶつ おかあさんはいたい うさぎのせい』


 いわゆる家庭内暴力D Vというものだろうと太陽にもすぐにわかった。


「父親は母親の再婚相手って言ったか? そのせいで色々あったってことだな」

『おとうさんはうさぎがきらい おかあさんはうさぎをまもってきずだらけ』

「だから自分さえいなくなれば、大好きなお母さんを助けられると思った。それがアンタの死亡動機か?」


 うさぎはコクと頷いた。

 確かに状況としては理解出来る。父親の暴力の原因がうさぎにあったのなら、うさぎさえいなくなれば解決する。我が子を庇って母親が傷つく必要もなくなる。


 しかし、しかしだ。だからといってこんな小さな子が死なないといけなかったなんて可哀想すぎる。

 太陽は無意識のうちに拳を握っていた。


「ハハハハ! 傑作だ! 見るからに弱者面してやがると思ったが、こいつ想像以上に馬鹿じゃねぇか!」


 しかしアザミの意見は違ったらしい。大口を開けて仰け反り、豪快に嘲笑った。


「笑うことないだろ! うさぎちゃんは本気で悩んで、苦しんだんだぞ!」

「おいおい、昨日の今日でそんなこと言うのか? アンタの死亡動機だった石田だって、アンタが死のうが変わらなかっただろ」

「クラスメートの俺と再婚相手の子供じゃあわけが違うだろ。家族なんだから!」

「家族、家族ねぇ……。だからなんだよ? 殺人事件ってのは半数が親族間で起きてんだぞ。家族だからなんだっていうんだ?」

「それは!」


 パンとうさぎが手を叩く。タブレットを掲げ、これを見ろと一番下の行に書かれた文字を指差す。


『おかあさんはたすかった うさぎがしんだからたすかった』


 アザミはやれやれとかぶりを振り、溜め息をついた。


「やっぱりロリ島といい、馬鹿は説明されねぇと理解出来ねぇんだな」


 テレビを消して立ち上がると、アザミは鼻と鼻がつきそうなほどうさぎに顔を近づけた。


「そこまで言うなら見せてやるよ。死神局に行くぞ」


 そう言って目を瞬かせるうさぎの手を引き、部屋を出ようとする。


「待って! うさぎちゃん髪濡れてるし、影咲さんこそジャージで外に出るつもり?」

「ああ、そういや忘れてたわ」


 アザミはうさぎの手からタブレットを取り上げると、何やら操作した。するとうさぎの髪が淡く発光し、次の瞬間すっかり乾いたツインテールになっていた。


「めんどいからアタシも着替えこっちでいいや」


 続いてアザミは昨日太陽が畳んでおいた制服を手に取り、自分のタブレットを弄った。ジャージと制服が発光したかと思うと、入れ替わるように着替えが済んだ。


「今のどうやったの?」

「体の状態を書き換えた。言っただろ? 死神は見た目を変えられるって。さっき言ったデベロッパー向けのページから姿の項目を選択してコードを修正するだけ。猿でも出来る」


 それで髪を乾かせるなら、昨日もドライヤー要らなかったじゃないか……。

 落胆する太陽など気にも留めず、アザミはタブレットを消し去るとうさぎの手を引いて部屋を後にした。

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