第2話 声をなくした幼女

「おっ、いいモン持ってるじゃねぇか!」


 アザミはテレビの前に座り、テレビ台の中にあったPS4の電源を入れてコントローラーを握った。


「それ、結構高いんだからな。壊さないでくれよ」

「落ちこぼれのくせによくこんなの買えたな」

「僕のブラザーだった人がくれたんだ。ついこの間生まれ変わったけど」

「なるほど。生まれ変わったらこっちで買ったモンは使えなくなるもんな」


 アザミはPS4を興味深そうに観察した後、電源ボタンを押してコントローラーを握った。


「中に入ってるの、FPSしかないけど……」

「FPS? なんだそれ?」

「シューティングゲームだよ。そういうのは知らないんだ?」


 アザミはひと通りプレイ済みのゲームタイトルを確認すると、一番最近プレイしたソフトを開いた。大人しくしてくれるならセーブデータを一つ弄られるくらいいいかと考え、太陽は風呂に入る支度をする。

 寝室から着替えを取って戻ってくると、太陽の頭の中にメールの着信を知らせる電子音が響いた。タブレットを出して画面をつけると、通知欄に『ご購入ありがとうございます』の文字が映っていた。


(まさか……!)


 テレビ画面を見て予感が的中したことを知る。画面にはダウンロード中の文字が表示されており、太陽が見た時にはちょうど処理が完了していた。


「影咲さん、まさか、僕のアカウント……」

「ああ。どうせタブレットのパスワード使い回してんだろうと思ったからな」

「だとしてもそれ、僕の口座で買ったんだよね? なんてことしてるんだ!? 僕ばかりハッキングするのやめてくれ!」

「え? それじゃあプレイステーションストアをハッキングしろって言うんですか? 先輩、それ立派な犯罪ですよ? やだ、怖ーい!」


 また後輩モード……。


「つか、アンタのプレステでアンタのアカウントに普通にログインしただけだからな。それハッキングって言わねぇぞ?」

「うん、そうだね……。全くその通りだよ……。それで、一体何買ったの?」


 アザミはニヤリと笑うと、購入したばかりのソフトを起動した。32インチテレビ画面に古めかしい色合いのタイトルロゴが表示される。

 『PAC-MAN』と書かれていた。


「パックマン? これってかなり古いゲームだよね?」

「ああ。ナムコが世界に誇る日本の名作だ」

「好きなの?」

「自分のコードネームにしているくらいにはな」


 タブレットを開き、恐る恐る購入金額を見てみるとかなり安価のソフトだとわかった。アザミなりに遠慮してくれたのだろうか?

 それにしても十二歳の少女のチョイスにしてはかなり渋い。


「パックマンってどんなゲームなんだ?」

「知らねぇのか?」

「なんかを食べるってことくらいしかわからない」

「ったく、前の世話係といい常識ねぇな。いいか、一回しか説明しねぇぞ。パックマンを操作して、画面上に置かれたクッキーを全部食べ切ればプレイヤーの勝ち。ゴーストに当たるとパックマンは死ぬ。残基を使い切ったらプレイヤーの負け。そんだけ」


 ルールは至って簡単なようだ。

 アザミは慣れた手つきでパックマンを操作し、クッキーに見立てた小さな粒を食べていく。バクバクという安っぽい効果音がいかにも昭和レトロの雰囲気を醸し出している。

 画面内をパックマンと同じ速度で動き回る落書きのタコのようなアイコンはゴーストと言うらしい。ゴーストは乱雑に動きながらもパックマンとの距離をじりじりと詰め、気がつけば四匹全てのゴーストがパックマンの周辺に集まっていた。


「うわわわわ、このままじゃあやられる!」

「フッ、まぁ見てろって」


 アザミは犬歯を剥き出しにして舌なめずりすると、パックマンに一回り大きなクッキーを食べさせた。するとワワワワワという一種のサイレンのような甲高い音が鳴り始め、ゴーストが一斉に暗い色になって後退を始めた。


「パワークッキーを食べるとゴーストはイジケ状態になる。この状態になれば……」


 逃げばかりいたパックマンを反転させ、情けない表情をしたゴーストに急接近する。

 ぶつかってしまうと太陽が声を上げる前に、ゴーストは点数の数字を残して中央の檻にワープしていった。


「パックマンがゴーストに勝ったってこと?」

「パワークッキーを食べて少しの間は無敵状態になるんだよ。食われる側のパックマンが食う側になるわけだ。最高にたぎるゲームだろ」


 アザミは目を爛々とさせて太陽を見上げる。確かに防戦一方から一気に攻撃を仕掛けられるのは痛快かもしれない。


「シンプルだけど、面白いゲームだね」

「だろ? 後でアンタにもやらせてやるよ」


 一面をクリアし、アザミはほぼ無意識的にジャージのポケットに手を突っ込む。借りた服なので中は空だ。

 元々着ていた制服のポケットまで調べてから、アザミは怠そうに舌打ちした。


「センパイ、ロリポップ買ってこい。十本だ」

「なんで僕が?」

「世話係なんだから当然だろ? コンビニでいい。チェリー味は五本、あとはテキトーに」

「僕は世話係じゃないし、第一お金は?」

「それくらいおごれよ。誰のお陰で今日五つも魂を回収出来たと思ってんだ、ああ?」


 それを言われてしまえばぐうの音も出ない。

 太陽は気怠そうに立ち上がると、絶対にこれ以上人のお金で買い物をするなと釘を刺してから外に出た。


  ◇


 死神の通貨はアニマと呼ばれている。あくまで太陽の体感だが、一アニマあたり百円くらいの価値がある。コインや紙幣といったものはなく、全て電子マネーだ。

 アニマを稼ぐ方法は二つあり、一つは魂を回収した報酬、もう一つがアルバイトだ。死神が受けられる仕事が病死、事故死、殺害による死とランク分けされているのも、報酬となるアニマの額が異なるためだ。

 ただ生まれ変わるのが目的であれば病死した魂を百個集めれば済むが、死神としての生活を充実させるためには高ランクの魂を集めてアニマを稼ぐ必要がある。

 但し、中には太陽のように魂の回収が不得手の死神もいる。そういった死神の救済措置としてアルバイト制度があり、コンビニを始めとした施設の多くはアルバイターによって運営されていた。

 働いた者はアニマが潤い、利用する側も不便しない。そういった意味で合理的だ。


 太陽は家から一番近いコンビニに入り、アザミに言われた通りロリポップを購入した。

 Suicaの要領で手をレジの機械にかざすと電子決済される。

 生体認証の一種なのだろうが、太陽には仕組みがよくわからない。ただ、財布もスマホも持たなくていいのは便利だ。


「ん……?」


 買い物を終えて外に出ると、誰かがコンビニ近くの暗い路地にうずくまっているのが見えた。

 白い綿毛のようなゴムで髪を二つ結びにした少女だ。

 後ろ姿なので年齢はわからないが、明らかに幼い。恐らく幼稚園に通うくらいの年齢だろう。周囲を見回すが保護者のような人物も近くにいないようだ。

 太陽はそっと歩み寄り、声をかけた。


「ねぇ」


 肩をビクッと震わせ、少女が恐る恐る振り返る。太陽の全身を舐めるように見てから、問いかけるように口を動かした。しかし声が聞こえず、何と言ったのかはわからない。


「ごめん。何?」

「……」

「あ……もしかして君、声が出ないの?」


 少女は拗ねたようにふいと後ろを向いてしまった。機嫌を損ねてしまったのだろうかと慌てる。

 何か機嫌を直せるものはないだろうかと持ち物を探っているうちに、買ったばかりのロリポップが目に入った。


「あのさ、これ、食べる?」


 袋から適当に取り出した一本を差し出す。振り返った少女は一瞬目を輝かせて、しかしすぐに不思議そうな目を太陽に向けた。


「あ、変な意味はないからね! ただ、君みたいな小さい子が夜に一人でいるなんてどうしたのかなって思っただけで。これも要らなかったら食べなくていいし……」


 太陽はロリポップを袋に戻そうと手を引く。すると少女は太陽の手から素早くロリポップを抜き取り、セロハンを取って舐め始めた。


(受け入れてくれたってことでいいのかな……?)


 少女はにっこり笑って何かを言った。今度はわかった。「ありがとう」だ。


「どういたしまして。それで君、一人なの? 家には帰らないの?」


 少女はシュンとした様子で膝を抱え、視線を下げた。訳ありらしいのは確かだ。


「帰りたくないってこと?」


 コクと小さく頷く。


「そっか……。でもここに一人でいちゃあ危ないよ?」


 いじけるように、少女は額を膝小僧につける。どうやらどうしても帰りたくない事情があるらしい。


(困ったな……)


 通常、何か困りごとがあった場合は死神局の窓口に相談すればいい。しかし夜も遅いこの時間では窓口も閉まっているだろう。

 太陽は改めて周囲を確認する。

 やはり少女の保護者らしき人は近くにいない。


「あのさ……うち、来る?」


 少女が顔を上げ、いいのかと問いかけるように太陽の顔を覗き込んだ。


「だって、一人なの放ってはおけないし。明日になったら一緒に死神局に行こう。今の家が嫌なら、別の場所に引っ越すとか相談出来ると思うし」

「……?」

「ごめん。難しかったかな……。とにかく、今夜はうちにおいでよ。やたらと態度のデカいお姉さんが一人いるけど、こんな寂しい所にずっといるよりはマシだと思う」


 太陽が手を差し出すと、少女はおずおずとその手を取った。立ち上がってみると少女の身長が腰ほどしかなく、本当に幼いのだと痛感した。下級生とすらまともに接したことがないのに、幼児との接し方なんてわかるはずもない。とにかく不安になるほど小さいので、はぐれないように手を繋いで家まで移動することにした。

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