第3話 太陽の死亡動機
とんでもない人と組むことになってしまった。
新人の後輩としてやってきた少女は初日から五つの仕事を完璧にこなし、一部の上級者しか使えない大鎌変形技をいとも簡単にやってのけた。
可愛い後輩の皮を破り捨て、高圧的な本性を露わにしたアザミに太陽はたじたじになり、死神局に戻って仕事完了報告を始めるまで、アザミの後ろで縮こまっていた。
「『
「は、はい……」
「んだよ。やっと『劣』を卒業出来るんだぞ。少しは嬉しそうな顔しろよ」
「でも、本当に大丈夫かな? 僕が回収したわけじゃないのに、これ……」
太陽は四つの光が収まった自分の鳥籠を抱きしめる。アザミはニコッと愛らしい笑みを浮かべると、太陽の傍に寄り、背伸びして耳元で囁いた。
「そいつはアタシのハッキング技術にイチャモンつけてるってことでいいか?」
「そ、そんなわけは……!」
「心配すんなよ。事前に解析したが、魂には回収者の情報は記録されてない。上の連中だって誰が回収したかなんて興味ねぇだろうさ」
アザミはそう言うと、急かすように顎で端末を指す。どうにかペナルティだけは食らいませんようにと心の中で祈り、太陽は完了手続きを進めた。
鳥籠を端末の横にある円盤に置くと鳥籠の底面が青白く光り、フラッシュとともに魂の光が消えた。端末の画面に『処理中』の文字と進捗度を知らせるバーが現れ、バーが右端まで伸び切ると『Mission accomplished』の青い文字が表示された。
同時に太陽のタブレットに『死神局より重要なお知らせ』と書かれた通知バーが現れる。バーをタップすると、太陽の階級が『凡』に上がった旨を伝える文章が現れた。
タブレットを覗き込んだアザミは後輩モードになってキャッキャと拍手した。
「おめでとうございます、先輩! これからはもーっと難しい仕事が受けられますね!」
「うん……」
「つーわけだ。これからはアタシのために働いてもらうからな」
「はははい!」
可愛くなったかと思えばすぐに高圧的に戻る。心臓に悪すぎる。
「それで、影咲さん……僕は何をすればいいんですか?」
「まずはアンタの実力が見たい。いくつかアタシの指示する仕事を受けてもらう」
「仕事って?」
「死神なんだから魂の回収に決まってるだろうが。つってもまぁ、まだどれを受けるかは決めてねぇ。アタシのアカウントじゃ、病死の案件しか見られなかったしな」
アザミは太陽の手からタブレットを奪い取ると、勝手に端末にかざして死亡予定者リストを表示した。
「ハハハ! あるねー、やっぱ階級が上がると選択肢が増えていいなぁ! こりゃあ『優』になったらどんなリストが見られるようになるのか」
「あんなに簡単に僕のアカウント入ってたのに、『優』の人のアカウントに入ったりはしないんですね……?」
「ハッキングってのはどんなに上手くやっても痕跡が残るもんなんだよ。そうそうやってたまるか」
アザミはポケットからロリポップを出すと口にくわえ、楽しそうに画面をスクロールする。
まるで通販サイトでも眺めているかのような調子だ。手あたり次第、死亡予定者達の詳細情報を開いては内容を読み込んでいくアザミに、太陽はおずおずと尋ねた。
「あのー、それで、影咲さんがしようとしてる復讐っていうのは……」
「あん?」
「いや、拒否したいとかそういう話じゃなくて、協力するからには何をするのか知れたらちょっとは嬉しくないわけでもないかなぁ、なんて……」
「まどろっこしい言い方すんじゃねぇ。てか敬語要らねぇってさっき言ったろ。鳥頭か?」
「すみま……ごめん」
「言っておくが、アタシはそんな怪しい人間じゃあねぇよ。復讐も至って健全なものだし、こう見えてもか弱くて引きこもりの不登校児だ。ま、とんでもなく天才だがな」
「へ、へぇ……。でも、それじゃあなんでハッキングなんて……」
「アンタ馬鹿そうだからな、説明がめんどかった」
……酷い。
「けど、あんなハッキングスキル持ってるってことは、やっぱり不正アクセスとかしてたんじゃ……」
「そいつはクラッカーな。アンタにもわかるように言うと、クラッカーがテロリストで、ハッカーは自衛隊。持っている技術は殆ど同じだが使う目的が違う。
「そうなんだ。じゃあ、影咲さんは悪者じゃないんだね」
ガリッ。
アザミの口の中で大きな音がして、太陽は飛び上がった。アザミは欠けたロリポップを口から出し、飴を噛み砕きながら太陽を見上げた。
「アタシにとっちゃどっちだっていいね。正義だの正しさだの、知ったことか。アタシはただゲームに勝ちたいだけだ」
「ゲーム?」
「じゃなきゃわざわざ死神転生なんざしてねぇよ。死ぬ時どんだけ痛かったと思ってんだ」
口の中の飴を呑み込み終えたらしく、アザミはまたロリポップを口に入れた。
「そんな理由で自殺したのか? どうして自分の命を大事にしなかったんだ!?」
「アンタがそれを言うのかよ。カッとなって飛び降り自殺したくせに」
「僕が自殺したのは、あいつにわからせてやるためだ。自分のせいで人が死んだって自覚させて、一生その罪で苦しんでもらう。そのために僕は命を張ったんだ」
「ふぅん、それがアンタの死亡動機か。だったら残念なお知らせだ。アンタを虐めた奴、特に反省もしねぇで普通に暮らしてるぞ」
「そんなわけない! 君に僕の何がわかるっていうんだ!?」
「三年前の四月二十五日、アンタと一緒に下校していた男子生徒が強風に飛ばされた看板の下敷きになり、骨盤を折る重傷」
「……え?」
「翌月十日にはアンタの周囲にいたクラスメート五人が食中毒により入院。同月二十八日、体育の授業でアンタとペアになった男子生徒が蜂に刺され、重いアナフィラキシー症状により生死をさまよう。アンタの周りだけで次々と起こる不幸。いつしかアンタには疫病神なんていう不名誉なあだ名がつけられた」
「その話、どうして……?」
「ハッ、組む相手のことくらい調べあげてるよ」
一体どうやって周囲の生徒の情報まで掴んだのだろう? この少女にはどこまで現実が見えているのだろうか?
太陽が唖然とする中、アザミの口からは
「やがてクラス中がアンタから距離を置くようになり、クラスぐるみのシカト、机に悪辣な言葉が刻まれるのは当たり前、ミミズ入りの焼きそばなんてモンも食わされてたな。中学まで続いた虐めの日々から抜け出すために心機一転、遠くの高校に通うことに決めたのにこのザマ。たった三ヶ月の間に虐めはリーダー格の
アザミは太陽を指差し、蛇のような囁き声で締めくくった。
「
三年前の屈辱を思い出し、太陽の目には涙がこみ上げる。しかしそれ以上に、負けと決めつけられたことが悔しかった。
「僕は負けてない! 僕が死んだことで石田の人生はメチャクチャになったはずだ。僕が石田に仕返ししてやったんだ! 死んだことで!」
「それ、アンタのおめでたい思い込みなんじゃねぇのか?」
「そんなはずない! 人が死んだんだぞ! 大切な命が一つ、目の前で消えたんだ!」
「ふぅん、そう。そこまで言うなら確かめにいくか?」
アザミは一歩脇に逸れ、据え置き端末の画面を見せた。そこにはとある死亡予定者の詳細が表示されていた。
「
「お前の元クラスメートだろ? 今も石田和馬とつるんでるらしいぜ。インカレテニスサークルの選手とマネージャーの関係だ」
「片桐、死ぬのか?」
「今夜、大学からの帰り道の途中、車の事故で。この仕事を受ければ石田和馬にも会えんだろ。アンタの言い分を確かめるにはうってつけだな」
アザミはやるなら自分でとでも言うように、顎で画面下の受注ボタンを指す。やや考える間があって、太陽は吸い寄せられるように受注ボタンを押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます