第2話 少女の本性

 死神の仕事をする上ではまだまだ知らないといけないことがある。死亡予定時刻になるまで必要な説明をして過ごすことにした。


「死に方には大きく分けて三つの種類があるんだ。一つ目が病死、二つ目が事故死、三つ目が殺害による死。死神が受けられる仕事にはランクがあって、それは階級によって変わるんだけど、病死が一番簡単で、殺害による死が一番難しいって言われてる」

「はいはーい、先輩、質問! なんで病死は簡単で、殺害による死が難しいんですか?」

「えっと、殺害は運命が変わりやすいからって聞いた。ちょっとしたきっかけで致命傷が浅くなったり、死亡予定者が逃げたりする。死神は予定が狂わないように監視して、時には干渉するんだ。まぁ僕は『劣』だから、干渉が必要になったことはないけど」

「『劣』ってなんですか?」

「さっき言った階級のことだよ。階級には三つあって、死神になりたては皆『劣』で、仕事を成功させていくと『凡』『優』に上がる。劣は病死以下、凡は事故死以下、優は全ての仕事が受けられるって感じ」

「へぇ、そうなんですね。それから先輩、さっき死に方は三つだって言いましたけど、本当はもう一つありますよね?」

「もう一つ……?」

「先輩だって馴染みあるはずですよ。自殺です」


 自殺、その響きに背筋がぞわりとする。

 嫌でも脳裏に浮かぶ。一線を越える時の恐怖とそれでも背中を後押しする憎悪。

 やってやれ、あいつらに見返してやれと心の声が囁いて、何もない場所へ足を踏み出した。

 屋上から飛び出した後、急速に近づく地面と体に打ちつける衝撃。感じたことのない痛みに少し呻いて、それから死んだ。


「自殺した人の魂は『優』の人が回収するんですか?」

「いいや……自殺は僕達の仕事には関係ないんだ。自殺した魂は死神になるから、回収出来なくて」

「なんで回収出来ないんですか?」

「罪人だから。自殺した人は死神になって、運命から逃げた償いをしないといけないんだ。……と、そろそろ時間になるね」

 時計を見ると死亡予定時刻が迫っていた。太陽はアザミを連れて死亡予定者のいるベッドへ向かった。


「先輩はどうして自殺したんですか?」

「結構くだらない話になるよ」

「教えてくださいよ。先輩後輩の仲なんですから」

「僕はその、恥ずかしいことに学校で虐められてて。あいつら相手にどうにもならなくて、それで……」

「屋上から飛び降りたんですね」

「え、なんでわかったの?」

「まぁ学校で自殺って言ったら定番みたいな? でも当たるなんてびっくり! 私、推理の才能があるのかもですね!」

「ははは……そうかもね」


 病室に入ると、死亡予定者の中年男性はちょうど危篤状態にあったらしく、医師が懸命に心臓マッサージを施していた。

 脳梗塞による意識不明で搬送され、緊急手術を受けた後、男性は二度と目覚めることなく死んでいくと予定死因欄には書かれていた。

 近くには男性の妻と思われる女性とその娘息子が一人ずつ。子供の年齢はどちらも中学生くらいだろうか。家族三人は手を握り合い、死なないでと必死に祈りを捧げている。

 皮肉なことだ。その祈りを聞いている神は、よりによって死を告げに来た死神なのだから。


 太陽は病室の入り口で足を止める。アザミはどうして来ないのかと尋ねるように小首を傾げた。


「僕はここで見てるよ。僕のせいで失敗させたくないから」

「そうですか」

「一人で出来る? 大鎌の使い方とか大丈夫?」

「大丈夫ですよ。新人研修でバッチリ教わってますから!」


 アザミが長い柄を持つように両手を構えると、大きな鎌が現れた。アザミの髪色と同じ漆黒の鎌だ。柄に絡むようにドケトゲの葉を持つ綿毛のような花の意匠が凝らしてある。

 大鎌は使用者によって見た目や力の性質が変わるという。アザミの鎌に現れているあの植物は一体なんだろう?

 アザミは行ってきますと微笑み、死亡予定者の前に立った。


 心肺蘇生を続けていた医師が予定者から手を離し、もう回復の見込みはないと首を振る。家族は泣き崩れ、縋りつくように予定者に覆いかぶさった。

 太陽は心配になった。大鎌は刃に触れた人間の魂を刈り取ってしまう。この状態で鎌を振れば、家族の命まで奪ってしまう。

 しかしアザミはそんなことなどお構いなしに大鎌を掲げると、そのまま振り下ろしてしまった。


「影咲さん! それはまずい!」

「え? 何がですか?」


 小首を傾げるアザミの隣に立つと、家族は変わらず嗚咽を漏らしていた。

 一方、予定者の体は淡い光を帯びている。光は胸の上に凝縮し、ピンポン玉大の光の玉となって空中を漂った。予定者から刈り取られた魂だ。

 一体どうしてこんなことが出来たのだろう? アザミの鎌は確実に家族ごと予定者を刈り取っていた。


「あ、魂出てきましたね。回収します」


 両手を離すと大鎌が消え、鳥籠が現れた。鳥籠の扉を開けると、予定者の魂が吸い寄せられるように中に入った。これで魂の回収は完了だ。


「先輩、出来ました!」

「うん、出来た、ね……」


 アザミが自慢げに見せてきた鳥籠の中を見て太陽は言葉を途切らせた。

 今回収した魂は一つでアザミにとっては初仕事のはずだった。しかし鳥籠の中に収まっていた魂は五つだった。


「影咲さん、他の魂はどうしたの?」

「あ、これですか? 先輩に死神のことを質問してる間に集めてきちゃいました! 私、こう見えて効率主義なんですよー。どうせ行くなら、この病院の死亡予定者の魂全部集めておこうかなぁ、なんて!」

「ずっと一緒にいたよね? どうやって集めたの?」

「そりゃあ、こんな風に?」


 アザミは鳥籠を太陽に預けて大鎌を取り出す。弧を描く刃を床に沈めると、黒い茨が床を這い、他のベッドで寝ている患者達の首元に伸びた。


「大鎌の変形……終導師しゅうどうしレベルの人が使う技なのに……」

「えへへ、私、もしかして死神の才能があるのかもしれません!」

「というか勝手に魂集めちゃ駄目だよ? 受注量以上の魂持っていったら普通に重いペナルティだからね?」

「それなら心配ないですよ。受注ならちゃんとしてますから」


 アザミはタブレットに持ち替えて手早く操作し、画面を見せてニカッと笑う。

 確かにこの病院で死ぬ予定の四人の名前が載っている。


「ほ、本当だね……。あれ? でも今回収した人の名前がないような……」

「そりゃあそうですよ。これ受注したの、私じゃないですもん」


 アザミは右上に表示されたアカウント名を指差す。


「僕の名前!? なんで!?」

「先輩のアカウント、ハッキングしちゃいましたー!」

「はぁ!? ハッキング?」

「なので、最初に集めた四つは先輩にプレゼントでーす! 授業料みたいなものなので、遠慮せず受け取っちゃってください!」

「待って待って待って、ついていけてない! なんでハッキングしてるの!? どうして僕の分集めたの!? なんで新人なのに鎌の変形出来るの!? 君一体何者なの!?」


 チッ。

 大声で騒いだせいでその音が舌打ちだと気づくのに時間がかかった。

 アザミの手が伸び、太陽の胸ぐらを掴んで壁まで追い詰める。そして太陽を挟む形で両手を壁につき、鼻と鼻がぶつかりそうなほど顔を近づけた。


「ピーピーピーピーうっせぇんだよ、落ちこぼれが! がやるっつってんだ。はい、ありがとうございますで受け取れや、アア!?」

「へ? え?」


 アザミの表情がキラキラした笑顔から一変し、荒々しく歪められる。

 まるで別人だ。太陽はわけがわからず、口をパクパクさせた。


「アタシが本気で死神の基本をキサマごときに尋ねるとでも思ったか? 全部研修で習ってんだよ、バーカ! 先輩ごっこしたそうだったから付き合ってやってたが、アタシとキサマとではそもそもここの出来が違うんだよ」


 指先でこめかみを叩きながら凄む。

 なんて迫力だ。太陽は生唾を飲み込む。

 生前にカツアゲしてきた不良が可愛く見えるほど恐ろしかった。


「ど、ど、ど、どうして、た、た、たまし……」

「壊れた昭和家電かキサマは。魂をやるのはその方が都合がいいからだよ。その四つをキサマが三年間ちまちま貯金してきた分に上乗せすりゃあ、ピッタリ『凡』に上がれるだろ」

「な、なるほど……?」

「筋金入りの落ちこぼれなんざ、本当は手を組みたくはなかったが、どうやらアタシの計画を進めるにはキサマの力が必要になりそうだからな。これからみっちり働いてもらうぞ」

「そんな、勝手に……」

「拒否権あるとでも思ってんのか、さん?」


 確かにシスター・ブラザーの関係は強固だ。智里がいいと言うまで解消されることはないだろう。

 観念した太陽の様子を見て、アザミはニヤリと犬歯を剥き出しにして笑う。


「なぁに、悪いようにはしねぇよ。キサマは魂を集めて無事に生まれ変われる、アタシは計画を進められる、利害の一致って奴だ」

「でも、どうして僕なんですか? 僕が君みたいな優秀な人の役に立てるなんて……」

「役に立つかどうかはアタシが決める。だが実際、いつまでも腑抜けでいられたら困るな」


 アザミは壁から手を離すと背中にコウモリのような漆黒の翼を広げ、浮かび上がった。


「一ついいことを教えてやるよ。キサマは死神を贖罪者だと思っているみてぇだが、そいつは誤りだ。運命を監視し、最期の刻を告げ、大鎌をもって命を刈り取る。罪だの償いだのは、上の奴らが力あるキサマらを支配するための戯言に過ぎない。戦え、抗え、弱者に成り下がるな! 死神は完全無欠の食う側の存在、復讐者だ!」

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