短編 姉妹百合

皐月咲癸

変化

「お姉ちゃん、もう朝だよ。起きて」


 甘くてふわふわなホイップクリームみたいな声とともに身体がゆすられる。


「早く起きないと遅刻しちゃうよ?」


 フィルターでもかかったかのようにぼやけている思考は、声の主が言っていることがよくわからなかった。眠気が勝り、浮かび上がりかけた意識がまた沈んでいこうとする。


「中学校、遅刻したら怒られるってこの前言ってたよね。大丈夫なの?」


 中学校……遅刻……怒られる……。

 そのワードを聞いた瞬間、私の生存本能が刺激されたのだろうか。靄がかかったように不明瞭だった思考が一気にクリアになって、自分の状況を理解した。


「うわっ!」


 被っていた掛け布団を一気に引っぺがして、上体を起こしながら時計を見る。

 今の時間は朝の七時半。中学もすぐ近くだから、頑張ればぎりぎり間に合う時間だ。


「おはよう、お姉ちゃん」


 その声を聞いて、ようやく私を起こしに来てくれた人を認識する。時計を見るのに必死すぎて、ベッドのそばに立ってたのに気づかなかった。


「おはよう、美遊」


 美遊は私の二つ下の妹だ。昔から私は寝起きが悪くて美遊は寝起きが良かったから、美遊が私を起こす当番みたいになっていた。


「起こしてくれてありがとう。すぐ準備するから、美遊はもう行ってていよ」

「うん、わかった。お姉ちゃん、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 そう言ってランドセルを背負った美遊は出て行った。うちの小学校は集団登校を行っているから、朝が結構早いのだ。中学はその点で自由だから、ついつい夜ふかししてしまう。

 ――っと、いけない。いくら登校が自由にできるとはいえ、急がないと遅刻しちゃう。

 生活指導の三浦、起こると怖いんだよな〜。毎朝朝礼に立ってて、遅刻した生徒はものすごい勢いで怒鳴られているのを見たことがある。

 そんなことを考えながら、私はできるだけ早く朝の準備をする。中学に上がってから2ヶ月も経つから、朝の支度はかなり手慣れてきた。

 準備を終えリビングに向かうと、お母さんも朝の準備で忙しそうにしていた。お父さんは朝が早くて、だいたいこの時間にはもう出てしまっている。


「おはよう、お母さん」

「おはよう。さっさと食べちゃいなさい」

「はーい」


 今日の朝ごはんはトーストだ。私はマグに牛乳を注いでからテーブルにつくと、いただきます、とつぶやいてからトーストを牛乳で流し込んだ。

 それでも10分ほどかけて朝食を食べ終わると、脱衣所にある洗面台で顔を洗った。ついでに軽く口もゆすぐ。

 そのまま玄関まで行って、準備しておいた通学用かばんを手に取った。


「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。気をつけるのよー」


 お母さんの声に送られて、私は家を出た。



★★★



 その日の夜、美遊の様子がおかしかった。

 親がいる前では至って普通。ご飯を食べているときも、テレビを見ているときも、普段の様子と特に変わったところはなかった。

 しかし、親の目がなくなって私と二人きりになると、妹の態度は顕著に変化する。

 いつもはお互いに適切な距離感でいるのに、今日はやたらと私にべったりしてくるのだ。今はリビングのソファに座ってドラマを見ているが、美遊は肌が触れ合うくらいピッタリ横に座ってきた。

 さらに、ときどき意味深な視線を送ってくる。というかチラチラ見てくる。これは今に限った話じゃなくて、家に帰ってきてからずっとなんだけどね……。

 正直、今までこんなことはほとんどなかったからとても居づらい。

 今はそんなリビングから抜け出してトイレの中。美遊の謎の態度に絶賛思案中です。

 私、そんなに見られるようなことしちゃったかな。

 でも全然心当たりがない。むしろ、最近は話す機会が減っていたほどだ。

 今年中学に上がった私は、これまでずっと美遊と一緒の部屋だったんだけど、四月から自分の部屋をもらっていた。

 部屋が別れて以来、特に夜は明らかに美遊と一緒の時間は減った。小学校と中学校じゃ時間割が全然違うし、中学校は放課後に委員会だのテスト勉強だので家に帰る時間が遅くなりがちだった。

 小学生の頃は確かに放課後よく一緒に遊んだりしてたけど……。

 しかし、トイレでどんなに考えても、美遊の挙動不審を裏付ける記憶は私の中にはなかった。

 いくら考えても出ない。あんまりトイレに長居するのもよくないので、程々にして居間に戻る。

 テレビの前のソファに座ると、やっぱり美遊は身体を寄せてきて私の様子を伺ってくる。

 美遊の様子が気になって、テレビでやってるドラマの内容が入ってこない。本当に、何なんだろうなぁ……。

 しばらくそうしていると、お母さんがお風呂に入るように促してきた。ああ、これでようやく美遊の変な視線から逃げられる……。

 お風呂に入るためにソファから立ち上がる。

 ちらりと美遊に視線を向けると、少しうつむきがちになりながら何かを考えているようだった。

 美遊は昔から控えめな性格で、家では静かにテレビを見たり勉強したり、本を読んだりしている。

 話に聞く小学校での様子も、特にクラスで目立つわけでもなく、でもクラスの輪から弾かれるようなこともない。非常に安定したポジションにいるらしい。

 そういえば以前、家庭訪問のときに二年連続で美遊の担任をした先生が「お姉さんと比べて静かで良い子だ」ということを言っていた気がする。

 なんで私と比べているのかって、その先生は私の五年のときの担任の先生だからだ。私だって特別やんちゃだったてわけじゃないんだけどなぁ。

 閑話休題。とにかく、美遊はあまり激しい生活を好まず、静かにゆっくり過ごしていることが多い。何かに情熱的になっている姿を見たことはほとんどなかった。

 私はどちらかというと激しい生活のほうが好みだから、そういう意味では真逆の姉妹なのかもしれない。でも、私はいつも静かな美遊と一緒に落ち着いた時間を過ごすのも、けっこう好きだった。

 そんな美遊だけど、別に感情が出ないってわけでもない。クリスマスにサンタさんからプレゼントをもらって喜んでたときは心底幸せそうに笑ってたし、前に公園で一緒に遊んでるときに転んで膝をすりむいたときは「おねえちゃん、いたい」って何度も言いながら泣いていた。

 特にわかりやすいのが何かを考えているときだ。少し下を向いて黙る。

 ……うん、まさに今の状況だから、はたして美遊がどんなことを考えているのか想像がつかない。ちょっと怖いまである。

 一抹の不安を覚えつつも、部屋に戻って寝間着と替えの下着を取り、そのまま脱衣所に向かった。

 脱衣所に向かうにはリビングを通らなくちゃいけないんだけど、そこでソファに座っていた美遊が立ち上がってこっちに来た。


「お姉ちゃん」


 やたらと神妙な面持ちで、目の前に歩いてくる。

 私は緊張を表に出さないように、努めて普段通りに答える。


「ん、どうしたの?」


 美遊は何かを言いたそうにしている。だけど口に出しづらいのか「あ……」とか「う……」とか言って、なかなか言い出さない。

 別に急いでいるわけでもないし、ゆっくり待ってあげよう。もしかしたら、今日私を見ていた理由がわかるかもしれないし。

 何度か手と口をわなわなさせて視線が宙を舞って、ようやく決心がついたのか一つ深呼吸をした。


「お姉ちゃんと、一緒に……お風呂入りたい……んだけど」


 ……ふむ、お風呂か。久しぶりだな。昔はよく入ってたっけ。

 一大決心をするように言うから何事かと思ったけど、たいしたことじゃなかったな。

 それにしても、美遊は今年で小五になったけど、まだまだお姉ちゃんに甘えたい年頃だったのかぁ。いやはや、お姉ちゃん冥利に尽きるね。

 そう思うと今日の挙動不審が急に可愛く思えてきて、ついつい笑ってしまう。


「あっはは、美遊もまだまだ妹だねぇ」


 そういって頭をなでてあげると、気持ち良さそうに目を細めた。私は美遊のそんな表情が好きだった。


「それで、ど、どうっ……?」


 ひとしきり撫で終えられた美遊は、目を少しうるませながら上目遣いで私を見上げる。

 ああっ、そんな顔されたら、断れるお姉ちゃんなんていないよ。まったく、そんなお姉ちゃん特攻の表情、一体どこで覚えてきたのやら。こりゃ将来はモテモテだね。


「ん、いいよ、全然。久しぶりにお姉ちゃんと一緒に入ろっか」

「ほんとう……!? やった!」


 蕾が可憐にほころぶように美遊が笑う。

 その笑顔に一瞬、心臓の鼓動が早くなる。この娘こんな表情もできたんだ。

 あんまり見なくなった間に成長しちゃったような気がする。妹三日会わざれば刮目せよってことなのかな。

 美遊は着替えを取りに自分の部屋に向かう。私はその間に、お母さんに一緒に入ることを伝えた

 少し驚いていたようだけど、とくに何かを言われるわけでもなかった。

 今まであまり主張をしてこなかった美遊の行動としては、たしかに珍しいのでお母さんが驚くのもわかる。正直、私が一番驚いている自信がある。

 そうしていると、えらい上機嫌な美遊が部屋から着替えを持って出てきた。

 足取りとか見るからにご機嫌ということがわかる。今にも鼻歌を歌い出しそうだ。

 お母さんの温かい目に見送られながら、二人で一緒に脱衣所に入る。

 スカートを下ろし、ブラウスのボタンを外しながら美遊の様子をうかがうけど、背中を向けていて表情はわからなかった。

 中学に上がってつけ始めた胸を小さく見せるブラと、それとおそろいの柄のショーツを脱ぎ捨てると、すべて洗濯機の中に放り込んだ。

 洗面台の鏡を見る。

 一切の衣類を纏ってないむき出しの私がそこにはいた。

 小学六年生に上がってすぐ、生理が来た。それ以来、少しずつ、でも明らかに他の人より早く胸が膨らんでいる。

 今では学年はおろか、学校でもかなり大きい方だ。

 胸を小さく見せるブラは着けると苦しかったけど、それ以上に変な目で見られるのが嫌だったから、我慢してつけている。今ではもうあの圧迫感は慣れっこになってしまった。

 私は生理自体はそこまで重くないほうだったからあまり気にしていない。でも、胸が大きくなるのは身体が大人に変わっていくのをまざまざと見せつけられる。

 私の通う中学校は周辺の三つの小学校から生徒が来ている。そのぶんそこそこの生徒数なわけだけど、いままでとは違う価値観を持った同級生が一気に増えて、それに順応していく中で世界の広さを知った。

 広い世界の中でたゆたう私はときに、小学校までの自分の世界の狭さが恋しくなるときがある。無邪気で、自分の見た世界が全てだったあの時を愛しく思う。

 だからこそ、身体の変化は否応なく私を先に進めていく。そこに、一抹の寂しさを感じていた。

 だけど、いつまでも寂しがって過去にすがりつくのもまた違うからね。お母さんもおばさんも胸がとても大きいので、この胸がどこまで成長するのか未来を楽しみにするとしよう。

 壁のボタンでお風呂の電気をつけて、浴室のドアを開ける。さっきまでお父さんが入っていたから、開けた瞬間に熱気と湿気がむわっと肌に打ち付けてきた。それを突っ切って中に入ると、いつの間にか後ろにいた美遊も続いて入ってきた。

 私の家はマンションで、お風呂もそんなに大きくはない。昔ならいざ知らず、お互いに体が成長した今となっては美遊と二人で入ると流石に手狭だった。


「お姉ちゃん先に身体洗うから、美遊はお湯に浸かっときな」


 そう言って後ろに向きなおると、美遊は私から視線をそらして耳を真っ赤にしながら答えた。


「お、お姉ちゃんと、一緒に、入りたい……」


 ふむ。たしかに昔美遊とお風呂に入っていたときは、二人で洗って二人で湯船に入っていた。

 しかし、何度も言うようにこの家のお風呂は狭い。いくら私たちが特別身長が高いわけでもないとは言っても、窮屈になることは間違いない。

 うーん、だけど美遊が恥ずかしがりながらでもこうやって主張をしてくるのはかなり珍しいことだった。

 うむむ、この珍しさに免じて、少しの窮屈くらいは我慢してあげよう。それが11年間で培ってきたお姉ちゃんの懐の深さってもんよ。


「わかった。じゃあ、一緒に身体を洗ってからお湯に入ろっか」

「う、うん!」


 そう言うと私達は、向き合ってそれぞれのバスチェアに座った。私が大きい方で鏡側、美遊が小さい方でドア側だ。

 懐かしいな。昔一緒に入ってたときもこんなふうに座ってたっけ。習慣ってのはなかなか消えないものなんだな。

 ちょっとしたノスタルジーを感じながら身体を洗う準備をする。いつもなら適当にシャワーの水を垂れ流しながら洗ってるんだけど、今は目の前に美遊がいる。シャワーを出したら美遊の顔にお湯がダイレクトアタックしちゃう。

 だから私は、壁の高いところに掛けてあったシャワーヘッドを掴もうと立ち上がった。


「お姉ちゃん」


 バスチェアに座った美遊が、唐突に声をかけてきた。


「なに?」


 私はシャワーヘッドに手を持ったまま答える。


「お、お姉ちゃんの身体! 私が、洗ってあげる……」


 最初は威勢よく、しかし最後の方は消え入るような声で、美遊が提案してきた。

 一瞬、手が止まる。

 なるほど、確かにこういう状況ならそれを言われるのは自然だろう。自然なのかな? 自然……でしょう。

 少し違和感はあったけど、別に異論があるわけでもなかった。


「いいよ。じゃあ、私も美遊の身体洗ってあげるね」

「う、うん!」


 美遊の満開の笑顔にドキッとする。

 本当に魅力的な笑顔を浮かべるようになって、ちょっとびっくりしちゃった。

 それにしても、美遊と洗いっこか。まさかこの歳になって初めて洗いっこする相手が美遊になるなんて。不思議なものだ。

 とりあえず、立ったままだとどうしようもないのでバスチェアに腰掛ける。

 うーん、お互いに大きくなってて少しやりづらいけど、ま、なんとかなるかな。

 私は振り返ってシャワーの栓を開ける。最初は冷たい水が出てたけど次第にお湯が出てきたから、美遊にかけてあげる。

 いきなりだったから少しびっくりしてたけど、すぐに大人しくなって私になされるがままになった。

 大人しくなった美遊の身体を丁寧に洗ってあげる。

 あの頃の記憶から大きく成長していた美遊の身体に、少しびっくりしてしまった。

 特に、身体全体が丸みを帯びてきていて、数年ぶりにまじまじと見るからこそわかる美遊の「女性」の部分に、少し気恥ずかしくなったりした。でも、髪を洗ってあげるときは逆に昔と全然変わらなくて、そのギャップに驚いた。

 きっと私もそうなんだろうけど、私はこの身体と毎日付き合っているわけで、成長を実感するのはやはり難しい。

 その点、美遊の身体の変化は成長を感じさせる。大好きな妹の成長を実感できて、お姉ちゃんは少しお得だな。

 美遊の身体を一通り洗い終えると次は場所をチェンジする。美遊の側から私を洗おうとすると、シャワーが遠くて逆に不便なのだ。

 私は椅子に座って、美遊のなされるがままになる。

 美遊の小さな手が、私の腕に触れる。脚に触れる。背中に触れる。

 そのたびに、思った以上に恥ずかしくて少し身体をくねらせてしまう。

 でもよく考えると、美遊が洗ってくる順序は私がいつもやってあげていた順番と同じだ。そう思うと、少し暖かい気持ちになる。さらに次の場所を予想できるから必要以上に恥ずかしがらずに済む……って思ったんだけど、そんなことはなかったです。やっぱりなんか気恥ずかしい。

 すべてを洗い終わってシャワーで泡を流してもらってる最中、突然美遊の手が止まった。


「お姉ちゃん、おっぱい大きいね」


 直球すぎるセリフに、思わず吹き出す。


「こほっ、こほっ……」


 あまりにもびっくりしすぎてむせてしまった。

 だって、ねぇ……?


「わ、私、変なこと言っちゃった……?」


 そんな私の様子を見て美遊がおろおろしだす。そうやって慌てている姿も可愛かった。


「ううん。そうじゃないよ。ただ、素直だなって思ってさ」


 確かに、私の胸は同級生の中でもかなり大きい。

 学校では胸が目立たないように色々対策をしているが、着替えとかで何かと裸を見られる機会が多い女子の間では隠れ巨乳と言われることもままある。

 ちなみに胸が目立たない方法を教えてくれたのはお母さんと、お母さんの妹のおばさんだ。二人とも胸がめちゃめちゃ大きくて、私もいずれこうなるのかなぁなんて考えてしまう。


「美遊もきっとこれから大きくなるよ。大きいのは大変だからね、覚悟しといたほうがいいぞ〜」

「うん、そうだね。お母さんも大きいし」

「大きいとね、肩がこるんだよ。運動するときも揺れるしね〜」

「うん……」


 またしても美遊がうつむいてしまった。今度は何を考えているんだろうか。

 美遊はすぐに顔を上げると、少し前のめりになりなった。


「お、お姉ちゃんのおっぱい、触ってみたい……!」


 明らかにお風呂で紅潮してると言えないレベルの真っ赤な顔で、お願いしてくる。

 なるほど、そうきたか。確かに将来自分がこうなるといわれたら、興味が出るかもしれない。

 自分ではあまり触ったことがないけど、まあ妹だしいいかな。


「いいよ、自由にして」


 そう言って私はやや胸を張る。

 こうすると触りやすいかなと思ってやったけど、普段あまり目立たせないようにしているから逆に目立たせるようなこの姿勢は、正直言ってかなり気恥ずかしい。

 胸を強調した私を前に、美遊が息を飲む。

 ……早く触ってくれ。お姉ちゃんは恥ずかしいんじゃ……。

 そう思っていたら、いきなり胸に触ってきた。

 前触れが少なかったから、びっくりした私は思わずのけぞってしまう。


「あっ、ごめんなさい、お姉ちゃん。痛かった……?」

「う、ううん。そんなことないよ。ちょっとびっくりしただけ」


 私は少し深呼吸して心を落ち着かせると、改めて胸を張った。


「さ、さあ、どうぞ」

「それじゃあ、触るね……?」


 さっきの反省を活かしてか、今度は一言入ってから触ってくる。しっかり予告されたおかげで、今度はびっくりせずに済んだ。

 胸を下から押し上げるように触ってくる。ふよふよと私の胸の感触を確かめるとそのまま全体を包み込むように手で覆った。


「んっ……」


 その手付きが少しくすぐったくて、思わず声が出てしまった。

 また申し訳なさそうにする。けど、その反応は予想していたから、すかさず声をかけた。


「大丈夫だから、気にしないで?」

「ほんとうに……?」

「うん。少しくすぐったかっただけ」

「わかった」


 すると美遊は、親指と人差し指で乳房の先端の突起をつまんできた。


「……っ!」


 乳房を触られていたときとは全然違う、ちょっと鋭い刺激はあまりにも新鮮な感覚で、声が出ないよう必死に抑えた。

 しかし、いきなりそこに来るとは。やっぱり目立つからかな。

 小学校高学年とはいえまだまだ小さい子どもの指が、くりくりと転がすように私の乳首をもてあそぶ。

 しばらくすると、最初に感じたくすぐったさが戻ってくる。でもそれから逃げるように身をよじると、また気にしてしまうだろう。

 美遊のお願いを許可して触らせてあげてるのに、それを嫌がるような仕草はなんとなく負けた感じがして嫌だから、できるだけ我慢しようと思った。お姉ちゃんの意地ってやつだ。

 しかしなんというか、触り方がねちっこい。

 美遊は何かを確認するように、私の顔を伺いながらいろいろな刺激を胸に与える。乳首を摘んだり、乳首の周りを優しくなでたり、かと思ったら手のひらで乳首をこねたり。


「〜〜!」


 ついつい声が出そうになるけど、美遊を不安にさせないためにそれはもう全力でこらえた。

 一体どれくらいの時間が経っただろうか。5分? 10分? 正確な時間はわかだなかったけど、妹がくしゃみをした。

 ずっと湯船に浸からずに触ってたんだから、寒くなっても仕方がない。

 それに、私の方も結構キツかった。変な感覚するし。

 けど不思議と、寒くはなかった。むしろ身体の奥から熱を発してるみたいで、風呂場のひんやりした空気がなければ耐えられなかったかもしれない(何に?)。

 とはいえ、私が良くても美遊が風邪を引くのはだめだ。だから私は、それがいい機会だと思って終わることにした。


「か、身体冷えちゃうと良くないから。もうおしまいね」

「うん……」


 そこまででやめた私達は、あの頃のように一緒に湯船に浸かってからお風呂を出た。

 私たちはお互いの身体がぶつからないように気をつけながら、黙々と寝間着を着ていく。

 ふと、美遊が声をかけてきた。


「お姉ちゃん」

「ん?」

「また入ってくれる?」


 そう言われて、私は美遊に視線を向ける。

 ああ、そんな顔されたら、お姉ちゃんは断れないよ。

 だから私は、一も二もなく了承した。


「もちろん」


 すると美遊は、今日何度目かわからない魅力的な笑顔で微笑んだ。

 それを見て、私はドキッとした。

 怖くなったとかそういうのじゃない。よくわからない高揚感が私を襲う。これは一体、何なんだろう。

 お風呂から上がった美遊は、入る前の挙動不審が嘘のように素直に自分の部屋に戻った。

 私も、自分のよくわからない感情にもやもやしながら自室に入る。

 とりあえず今日はさっさと宿題終わらせて寝よう。そう思った私は勉強机の上で放置されていた教科書を開いた。



★★★



「ふわぁ……」


 目が覚める。時計を確認すると朝6時半だった。

 昨日は美遊と一緒にお風呂に入ったあと、すぐに眠気が来た。宿題は頑張って終わらせたけど、そこで耐えきれずにベッドにダイブしたのだ。その後の記憶はない。

 普段よりも明らかに早い時間に寝たから、少し早く起きてしまうのもそんなにおかしくはない。

 おかしくはないんだけど、今日の寝起きの気分はあんまり良くなかった。

 その理由の一つは、すごく汗をかいていたことだ。昨日の夜暑かったんだろうか。でも寝苦しかったとかはないんだよね……。

 そしてもう一つ、やたらと寝覚めがいいことが気持ち悪い。

 これでも私は私の身体と13年間付き合ってきたわけで、私の寝覚めの悪さは筋金入りだった。だからこそ、こんなにスッと切れたことに対しての違和感がすごい。

 昨日のお風呂で想像以上に疲れちゃったのかな。まあ久しぶりに慣れないことをしたし、胸もいじられてたもんな……。

 そう思いながら身体を起こそうとすると、強い刺激が私を襲った。


「んひゃっ!」


 な、なに、このくすぐったい感じ……?

 今まで感じたことのない刺激に、思わず身体をベッドに倒した。寝起きの気分の悪さは吹き飛んでしまった。

 寝たまま身をよじろうとすると、妙に胸の先端が擦れてこそばゆい。こんなこと今までなかったけど、これがいわゆる『敏感になってる』ってことなんだろうか。

 とりあえず衣類に胸が擦れないように気をつけながらゆっくり身体を起こす。

 ふう、とりあえず起きれた。それにしても何なんだろう、これ。良くない病気なのかな……。

 不安に思いながら、私は胸の先端が擦れないよう丁寧に上着を脱いだ。

 上半身裸の状態で姿見の前に立つ。

 着々と成長していく自分の胸に、身体に、不思議な感覚を覚える。

 ついこの前まではみんなと変わらないような身体だったのに、胸は大きくなるしなんとなく身体のラインも丸くなってきた気がする。

 保体の授業で習った「第二次性徴」が始まっていることを改めて実感する。

 それと同時に、自分の体の変化が少し怖くなっていた。

 一体、私の身体はどうなってしまうんだろう。もっと背が伸びるんだろうか。もっと胸が大きくなるんだろうか。

 昨日の夜、美遊の身体を見たこともあってその不安はより鮮明になった。

 いつか私も恋をして、この身体を誰かに許すんだろうか。

 そんなこと、想像もつかない。

 私の中学校は少なくとも三分の一のメンツがほとんど小学校から変わらない。

 だから周りの男子たちを恋愛対象として見ることはなかった。というかむしろ、あの男子たちと付き合ったりとかそういう関係になるというのが気持ち悪い。

 しかし、この身体の変化は否応なく私を衆目に晒させる。それが少し、嫌だった。

 ふと、自分で胸を触ってみる。

 乳首を刺激しないようにしながら、胸の周りを揉んだり持ち上げたり。


「うわ、すっご……」


 思ってた以上のボリュームだった。思わず口に出しちゃうくらい。

 刻一刻と変化するこの身体が怖くて、胸が成長しだしてから自分で触ったことはほとんどない。もちろんお風呂で身体を洗うときとかは触れてるけど、こうやって「胸を触ろう」と思って触ったのは今日が初めてだ。

 お母さんたちの大きな胸を見慣れてるから大きさ自体はそこまで気にしてなかったけど、触ってみると改めてその大きさにびっくりした。

 そりゃ美遊も触ってみたいとか言い出して、大きいという感想を抱くわけだ。

 そうやって自分の胸をもみもみしていると、ふと視線を前に向けた。

 私は今、姿見の前に立っている。

 その姿見に写っているのは、神妙な顔をして自分の胸をもみしだいている私。

 うわぁ、これ完全に変態じゃん……。

 意識すると、急に恥ずかしくなってきた。

 羞恥心から焦って手を動かす。


「あんっ……!」


 ……………………。

 敏感になっていた乳首に手があたってしまった。

 我ながらすごく変な声が出てしまってびっくりしている。今の声、本当に私?

 それにしてもやっぱり、今まで感じたことのない刺激にドキドキしてしまう。

 私は、その、自慰行為というものをしたことがない。

 やりたいと思わなかったし、詳しいやり方もわからない。何より胸とかお股とか、そういうデリケートなところに触ることへの抵抗があった。

 でも、保体の授業とかで習ったから自慰行為がどういうものなのか、なんのためにやってどういう効果が得られるのかの知識はある。テレビでそういうえっちなシーンを見たことだってある。

 だから気づいてしまった。

 もしかしてこれ、『感じてる』ってことなんじゃないかなぁ……。

 そんな考えが頭をよぎる。

 でもそういうことはなんとなく不潔な気がして、できればそうであってほしくはないなと思ってしまう。

 考えるのも嫌なので、さっさと服を着てしまおう。幸いなことに、起きてからある程度時間がたったから乳首の異常はだいぶ収まってきた。この調子なら、今すぐブラをつけても寝起きほどはないだろう。

 私はクローゼットの中のブラを一つ掴んで、できるだけ胸が擦れないように気をつけながら付けた。

 ふう、なんとか着れた。普段はもっとキツめのやつをつけてるんだけど、今日のは少し緩い。お影で胸の圧迫感は少ないけど、上着を着たところでいつも程は大きさが隠れてなかった。

 はあ、この状態で学校行くのかぁ……。また何か言われるんだろうなぁ……。

 そう思うと憂鬱でしかないけど、どうしようもないことではある。諦めよう。

 それから上着を着て、学校の準備をした。そうこうしているうちにお母さんから朝ごはんに呼ばれたので、私は通学用のかばんを持って部屋を出た。



★★★



 美遊はあれから特に変わった様子を見せない。至っていつも通りだ。

 その代わりなのかはわからないけど、朝の胸の異常は毎日続いている。

 最近はだいぶ慣れてきたけど、それでもむずむずする感覚はなかなか身体の奥から去ってくれない。

 慣れてきたのと反比例するかのように、感度が上がってきている気がしてますます自分の身体が怖くなってきた。

 そのせいで胸を潰せなくて、学校でいろんな人から変な視線を送られるようになるし……。

 ここ数日、なかなか気の休まらない時間が続いていた。

 今は晩御飯を食べてお風呂に入っている。なんとなくベッドのある私の部屋は居づらくて、お風呂はトイレに並んで数少ない私が安心できる場所だ。

 胸に触りすぎないないよう丁寧に身体を洗って、湯船に浸かる。

 両肩が重みから開放されて、ようやくリラックスできる。それと同時に、私の身体の重りがいかに大きいかも実感する。

 お母さんの家系はみんな胸が大きい。私も将来はあそこまで行くんだろうか。そうなったら、一体どうなってしまうんだろう……。

 漠然とした不安に気持ちが沈んでいると、脱衣所に人の気配がした。

 その人はまっすぐ風呂場に近づいてくると、ノックして声を出した。


「お、お姉ちゃん……」


 美遊の声だった。


「ん、どうしたの?」

「えっと……。また一緒に入ってもいい?」

「えっ」


 また、か。

 前に一緒に入ったのが数日前。なかなか短いスパンで来たな。

 普段の様子が変わらないから次やるとしてももっと先かと思ってたけど、案外早かったなぁ。


「お姉ちゃんもう身体洗ったから、あとは上がるだけなんだけど」

「それでもいい! お姉ちゃんに洗ってもらうの気持ちいいから、洗ってほしい」


 どうやら身体を洗ってあげるのが想像以上にお気に召しているらしい。

 この前また一緒に入っていいよって言ってしまった手前、こうやってこられると断ることはできなかった。


「そっか……。よし、いいよ。入っておいで」

「ありがとう、お姉ちゃん!」


 嬉しそうな声で返事をすると、すごいスピードで服を脱いで浴室に入ってきた。

 いや早っ! 10秒くらいで脱いで入ってこなかった!?

 美遊の妙なやる気に驚きつつ私は湯船から出る。せっかく洗ってほしいって言われたんだから、ちゃんとしてあげないとね。


「とりあえずこの前と同じように座って。美遊、お湯かぶるのは自分でできる?」

「う、うん。だいじょうぶ」


 そういって美遊は全身を濡らした。

 この前と同じ通りに、美遊の身体をきれいにしてあげる。

 途中、妙に胸をくすぐったがったり股の間を洗わせたりされたけど、つつがなく美遊を洗ってあげた。


「それじゃあお姉ちゃんはあがるから。ゆっくり入りなよ」


 そう言って浴室を出ようとすると、私の手が引っ張られた。


「……?」

「お姉ちゃんも一緒に……。風邪引いちゃうよ」


 一緒に。一緒にかぁ。また胸が触りたいのかなってちょっと勘ぐってしまうけど、別にあれも悪いことしてるってわけじゃないしなぁ。

 うむむ、最近妹の考えていることがわからないんだが。二つしか離れてない肉親なのに、難しいなぁ。

 とりあえず、一緒に湯船に浸かることは問題ないかな。


「いや……。まぁ、いっか」


 そのまま一緒に湯船に入る。

 お互いの身長的に向かい合っては難しいから、伸ばした脚の間に美遊が入って背中を預けてくる形だ。

 湯船の中で美遊の重みを受け止める。

 この前一緒に入ったときも思ったけど、美遊はいつの間にか大きくなっていた。

 ずっと小さな妹だと思ってたけど、身体はこんなにも成長している。その事実が少し嬉しいし、どうじに寂しくもあった。

 ノスタルジーに浸っていると、美遊が声をかけてきた。


「お姉ちゃん」

「ん、なに?」

「また、お姉ちゃんのおっぱい、触ってもいい?」


 私の胸の中で上目遣いで問いかけてくる妹。やっぱりかと思いつつ、その純粋な瞳にNOと言えなかった。


「い、いいよ。好きにしなさい」

「ありがとう、お姉ちゃん!」


 満面の笑みでお礼を言われる。そんなにいいのかなぁ、私の胸。

 美遊は湯船の中で向き直り、私と向かい合うように膝立ちした。

 一瞬、目の前に美遊の第二次性徴前の可愛らしい乳房がどアップになってうろたえる。

 ほんの僅かな膨らみといまだ幼い蕾のような先端。それらは普通の人が見ることはほとんどないはずの、禁断の果実。

 何故か恥ずかしくなって、私は必死に目をそらした。

 そんな不審な私に、美遊は純粋な瞳で問いかける。


「どうしたの、お姉ちゃん?」

「う、ううん。なんでもないから」

 どうしてしまったんだろう私は。この

前っていうか、ついさっきまで妹の体を見てもなんとも思わなかったのに。

 もう一度美遊を見るてしまうと歯止めが効かなくなりそうで、そうなると軽蔑されるかもしれない。一緒に暮らす家族としてそれだけは嫌だから、いっそ早く終わってほしかった。


「い、いつでも触っていいからね。お姉ちゃんのことは気にしないで」

「うん、わかった。それじゃあ触るね」


 そう言うと、美遊は前回と同じように乳房から触ってきた。

 触られていると自覚すると、心臓が早鐘を打つ。

 緊張の鼓動を、胸を介して美遊に知られてしまうかもしれない。それくらい私の心臓はバクバクいっていた。

 ひとしきり乳房を弄ると、今度はその先端――乳首を触り始めた。


「っ!?!?」


 小学五年生の小さくて柔らかい手が乳首に触れた瞬間、全身に電流が走った。

 私は必死の声が出そうになるのを抑える。妹にあの変な声は聞かせたくない。

 それでも身体はビクッとしてしまって、美遊の手が離れる。


「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」

「き、気にしないでいいから……。もうおしまいでいい?」

 できればこれでおしまいにしてほしいんだけど……。

「もうちょっと触りたい……」


 美遊の答えは、ある程度予想していた。この前も謎の執着心というか、好奇心で長いこと触ってたもんね。


「しょうがないなぁ。わかった。いいよ、おいで」


 そう言って胸を張る。変に縮こまってるから良くないのかもしれない。堂々としてればいいんだ。

 しかし、美遊が乳首を触りだすとそんな威勢はどこかに吹き飛んでしまう。

 爪の先で軽く引っ掻いたかと思えば、親指と人差し指でくりくりとこねる。両方の乳首に同じ刺激を与えたかと思ったら、全く別種の刺激をするときもある。

 けれど、決して痛くはない。高価な宝石を預かっているように、慎重に、丁寧に私の乳首を弄ぶ。

 そして私は、途中からだんだん身体の反応が変わりつつあることに気づいていた。

 最初はいつものよくわからない刺激だったんだけど、今では身体の芯が痺れるような感覚になっている。

 必死に押し殺していなければ、きっとすごい声を上げていただろう。

 というか、声を押し殺すことで、押し寄せる未知の感覚から意識を保つことができる。

 だから、これをやめることなんてできなかった。

 どれくらいの時間、乳首を触られていただろう。

 迫りくる感覚を必死で押し殺していた私には、時間感覚はもはや無かった。

 今まで優しく触っていた美遊が、急に乳首を強く引っ張った。


「〜〜〜〜っ!?!?」


 その瞬間、脳天から足の先までを貫く雷のような強烈な感覚が私を襲った。それは波となって、何度も何度も押し寄せる。

 あまりの刺激に全身が強ばる。それに気付いた美遊はすぐに手を離した。

 何度も寄せるうちに、その感覚はだんだん弱くなっていく。

 正直、少し怖かった。このままずっとこの刺激から逃げられないんじゃないかと思った。おかげで少し涙が出てる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ようやく緊張が解けてきた。そして気づいたけど、そこそこ長いこと呼吸を止めていたらしい。肺が必死に酸素を欲しがっている。

 しばらくして呼吸も落ち着くと、美遊の存在を思い出して顔を向けた。


「お、お姉ちゃん……」


 妹は心配そうな表情で、でも瞳はどこか嬉しそうに私を見つめている。

 でも、このときの私は状況がよくわからないほど混乱してて、美遊の瞳に込められた感情を読み取ることはできなかった。だから美遊が心配してくれてるとばかり思っていた。


「大丈夫……。大丈夫だから……ね?」


 そんな妹を安心させるように、精一杯の笑顔で答えた。


「今日はもう、これで……」

「うん、わかった。ありがとう、お姉ちゃん」

「いいんだよ。ほら、ミユ、湯船に浸かりなさい。風邪引くから……」

「うん……」


 そう言って私は改めて美遊を脚の間に座らせる。

 しかし美遊は遠慮しているのか、背中を預けてこようとはしない。


「肩出してるとちゃんと暖まらないでしょ。ほら、お姉ちゃんに寄りかかっていから」


 肩を掴んでこちらに引き寄せる。

 美遊はなされるがまま、こちらに体重を預けてきた。

 乳首の刺激はかなり収まっている。少し固くなっちゃってるけど、そこまで敏感になってるわけでもない。だから、未の背中が触れても特にどうということはなかった。

 ふう。ようやく一息ついてお湯に浸かる。

 初めての感覚だったからすごくびっくりした。いや本当に、すごい強烈だった。

 あの刺激を思い出すと、お腹の奥がむずむずする。なんでかは全然わからないけど……。

 先程の余韻に浸っていると、これまで無言だった美遊が話しだした。


「お姉ちゃん」

「ん?」

「その……ごめんなさい」


 私にはなんで謝るのかがわからなかった。別に私が痛い思いをしたわけでもないし。


「え、なにが? 美遊がなにか悪いことした?」

「お姉ちゃん、つらそうだったから……」

「いや、別にそんなことはないよ。ちょっとびっくりしちゃっただけ」

「そ、そうなんだ」

「うん。だから、美遊が心配することなんてないよ。安心していいからね」

「わかった。ありがとう、お姉ちゃん」


 私たちは顔を合わせずに話す。

 顔を合わせると少し恥ずかしいってのもあるけど、別に顔を合わせなくたって私たちは家族で、姉妹だ。表情や考えていることなんて、声だけでも十分に伝わる。

 それから私たちは一緒に浴室を出て、脱衣所で身体を拭いて寝間着に着替えた。

 不思議と、胸が敏感になってなかった。もしかして、美遊に触られたのが関係しているのかな。

 でも、それも本当かはよくわからない。そもそも原因がわからないのだ。気にしたところでわかるものでもない。

 結局よくわからないまま、私たちはそれぞれの部屋に戻った。



★★★



 朝、体を揺すられる。

 うう、まだまだ全然寝たりない……。もうちょっと寝る……。


「お姉ちゃん、起きてってば。もう7時半だよ」


 うーん、もう7時半か。もうちょっと…………

 って、え!? もう7時半!?!?

 私はがばりと起き上がると、急いで時計を見た。その針は見事に7時半を指している。


「ヤバい、遅刻する! ありがとね、起こしてくれて!」


 私は急いで着替えて、身だしなみを整える。

 ここ最近、ずっと寝起きが悪かったけどその代わり起きるのが早かった。

 今日は寝起きが悪いわけでもないし乳首の刺激もないけど、ギリギリになってしまった。

 学校に行く準備をマッハで終わらせた私は、リビングに行って朝食を確認する。今日はトーストか。急いで食べれば間に合いそう。


「遅かったわね」

「うん、お母さん。おはよう」

「はい、おはよう。これお弁当ね」

「うん、ありがとう」


 お母さんとの会話をしながら、急いでトーストを牛乳で流し込む。少しむせそうになりながらも、なかなかいいタイムで完食した。

 机の上に置かれたお弁当を通学用のかばんに入れると、すぐに玄関に向かう。


「いってきまーす!」

「いってらっしゃい、気をつけるのよ」

「いってらっしゃい、お姉ちゃん」


 学校は、本当にギリギリで間に合った。

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短編 姉妹百合 皐月咲癸 @satsukisaki

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