第3話 イヌゥvsネコチャン

『バレては仕方ない。そうだ。すべては僕が仕組んだことだよ』

「モルモット人間!?」

 突如とつじょ姿を表した第三者に場がざわめいた。モルモット人間はその反応に気をよくしたようだった。

「ああ、僕こそはモルゥ。ネズミたちの意思総体だ。イヌゥをだませたところまでは良かったが、流石にすべて順調にことは運ばないものだね。ハハッ!」

「貴様ッ!」

 著作権に厳しそうな甲高い笑い声に、ぎりっとイヌゥが歯軋はぎしりをした。

「あと一人で計画は完成されたものの……まぁいい。そこの人間がいなくとも、5G接続をさせるための人数はあらかたそろった。見るがいい、これを……!」

 モニターの半分が別の映像に切り替わる。

 街頭がいとうのビルの上部でくつろぐ、巨大な三毛猫の3D映像だった。

「あれは……新宿のネコチャン……!」

「ああ、最近流行りのアレだよ。アレを推進すいしんしたのも我々だ。すべてはこの計画のために……!」

 ふいに三毛猫はナーン、ナーンと鳴き出し、続けてカッポ、カッポと変な音を出した。

 あれがくる……!と思った瞬間、三毛猫がゲェッと嘔吐おうとした。

 この場面ツイッタ○で見たなとか、ネコのことををよく知っている人が作った映像だなと思っていたら、大量の茶色い未消化物はビルを飛び出し、真下でスマホ撮影していた人間にドボドボとふりそそいだ。まさかの事態にあちこちで悲鳴があがる。阿鼻叫喚あびきょうかん惨事さんじだった。

「な……!?」

 映像のはずだった。

 だというのに、ゲロは現実の産物として存在している。

「まさか――リアルに……!?」

「その通り。これこそが5Gの真なる力、二次元世界のものを三次元へと召喚できるようになるのさ!」

 映像の中の人間たちは茶色に染まり上がっていた。あのゲロでカーペットを汚されただけでも計り知れないダメージだというのに、とても見ていられなかった。

「どうしてこんなことをするんだ!」

「ネコを今の座から引きずり落とすため、そしてネズミ優生思想を広めるためさ」

「ネズミ優生思想だと!?」

「そうだ。ネズミ中心の世界こそが至高。ネズミこそがこの世界を導く存在なのだ。だというのに、世間はネコを推す声が圧倒的に多い。長年、ネズミを主人公にした映画やアニメを作りプロパカンダに勤しんだが、それでもネコの立場は揺るがなかった。ならば、ネコの地位を崩すまでだ。イヌゥ、お前もネコを敵視しているではないか。ここは一緒に手を組まないか?」

「残念だが俺はちまちまとした小細工が嫌いでね。真っ当勝負でアイツに挑みたいのさ」

 イヌゥはふんと鼻を鳴らした。

 シン・ぬこぬこにしてあげる装置作ってんじゃん、と小声で言ったらギロリとにらまれた。

「ふん。愚かだ。実に愚かだよ。だからお前たちイヌはネコ目に分類されてしまうのだ。そこの人間」

 モルモット人間は僕を見た。

「プイプイ、したくないか?」

「……!?」

「プイプイカーに乗りたくないか? プイプイ世界こそ理想郷だと思わないかね?」

「乗りたい。プイプイしたいよ……!」

「ならば、我々反ネコ同盟のもと、その力を十分に発揮するのだ。手始めに……」

「でも、違うんだ!」

「何がだ?」

「理想郷というものは、誰かをおとしめて作った土台で成り立つものではないんだよ!」

 啖呵たんかを切れば、ほうとネコとイヌゥたちから称賛しょうさんの声があがる。一方でモルモット人間の不興ふきょうを買ったようで、にらまれた。

「ふん。では、そこで何もできないまま巨大ネコが街を蹂躙じゅうりんする様を眺めているがいい!!」

 画面の中の巨大ネコチャンがビルからジャンプしてコンクリートジャングルに降臨こうりんする。

 一部の人間はゲロにまみれながらも3D映像から現実に飛び出てきた大きなネコチャンに歓喜かんきの声をあげていた。

 だが、ネコチャンはすっとお尻を地面につけると、後足を少しあげ前足だけを動かしずりずりお尻をこするように歩き出す。一見カワイイ仕草であったが周りにいた人間は、その巨体に吹き飛ばされた。それだけではない。ネコチャンが通った地面には茶褐色のペーストがねっちょりついていた。下痢便だった。

「ネコのお尻歩き……! 下痢便が肛門についてお尻をかゆがっているんだ!」

「ふむ。5Gの電波が弱いせいかどこか不調のようだ。だがいい。計画に支障ない」

 巨大ネコはずりずりとお尻歩きのまま、新宿を進撃し始めた。

「イヌゥ……!」

「ああ!」

 イヌゥとネコが視線を交わし、ダンッと足を踏み鳴らす。

 すると、巨大ネコチャンに向かって、近くにいた犬や猫が次々と飛びかかっていく。さながら巨大熊に立ち向かう勇士ゆうしたちのようであった。

 けれど圧倒的な巨大を前にみな跳ね返されてしまい、ネコのお尻歩きを止められない。

「クッ……! なんて力だ!」

 新宿はどんどん茶色く染まっていく。

 巨大ネコチャンの目は必死だった。彼だってただお尻の不快さをとりたいだけで、別に誰かを攻撃したい訳ではないのだ。

 僕にも何かできないのか。

 この惨状さんじょうをただ黙って見ていることしかできないのか……!?


 ――力が……欲しいか?


 誰かが僕を呼んでいた。

 あたりを見回せば、机の上のネコ耳ピラミッドが光輝いていた。


 ――力が欲しいなら……手を……接続するのだ……5Gに……!


 迷わずピラミッドに手を当てる。

 不思議な温かみがあった。頭の中に何か白いイメージがぼんやりと浮かぶ。イメージをはっきりとしたカタチにするため、目を閉じる。

 それは白いイヌだった。ビーグルのように両耳が垂れている。顔はうつむいたままだ。

 呼んでいるのは彼だった。


「君の力を貸して欲しい……!」


 頭の中の白い犬は顔をあげた。


「ワッオオオオオーーーン!!」


 遠吠とおぼえが聞こえる。

 とても力強くて、でも安心できる声だった。

 何をすればいいのか、なんとなく分かった。

 だから、願いを込めて送り出す。


「いっけえええ!!」


 大声で叫んだ。

 次の瞬間、バチンと衝撃しょうげきが全身に響き、体が後ろへとはじき飛ばされる。

 あわや壁にぶつかると思ったら、誰かに抱き止められた。

 イヌゥだった。彼は心配そうに僕を見ていた。

「何をしたんだ、人間!?」

「5G……接続……?」

「なんだと?」

「イヌゥ、人間、モニターを見るんだ!!」

 ネコに言われて画面を見る。

 巨大ネコチャンに対峙たいじする巨大なイヌがいた。

 僕ははっとした。

 あの白い犬だ。うなだれて半目をして巨大ネコチャンの前に立ちはだかっていた。

「なんだ、あの白いイヌは……?」

 予想外の出来事にモルモット人間は驚いた様子だった。

「あれは青森県立博物○のあおも○犬だ!!!」

「5Gを通じて青森のあのイヌに通じたんだのだ。人間の想いが奇跡を起こしたのだよ」 


 進撃を止められた巨大ネコチャンは、耳を倒し腰を低くしてフーッフーッと目の前の自分より大きな巨大イヌを威嚇いかくした。

 新宿ネコチャンとあお○り犬の構図はさながら怪獣映画。

 まさにイヌゥvsネコチャンだった。

 両者にらみ合いながら一歩も動かない。

 これからのどんな戦いが繰り広げられるのだと、誰もがごクリと息を飲んだ。

 背中の毛を逆立てながら「ウーウー」と荒々しい唸り声をネコチャンはあげ続けたが、巨大イヌはまるで動じていない。

 そのまま時だけが流れ続けた。

 無限に続くかと思われたが、最初に動いたのはネコの方だった。

 ネコはうなり声をぴたりと止めると、あお○り犬からふっと目をそらし、何事もなかったかのようにその場で毛づくろいを始めた。



 その日、人類は思い出した。

 ――ネコは勝てないケンカはしない生き物だ、と。





 かくして、新宿に平和は訪れた。

 モルモット人間は「ネズミあまく見るとヤバいよ」と捨てゼリフをいってどこかへ消えた。

 モルモット人間たちにさらわれた人たちは無事解放され、特に何事もなかったそうだ。

 僕の5G接続能力はなくなった。あおも○犬と繋がった瞬間、途切れたそうで、ちょっとがっかりだったが、しょうがない。


 イヌゥは

「あの時、止めてくれてありがとうな。人間」

 とボソッと言って去っていった。

 また会えるかな、と去りゆく背中に問いかけたら、左右に触れる尻尾で答えてくれた。


 その後、新宿のネコチャンが暴れたというニュースが流れることはなかった。

 イヌゥとネコたちが手を回したらしい。新宿を何事もなかったかのようにキレイに清掃し、記憶を消す装置をあの出来事の目撃者全員に使ったそうだ。


「一応、お前も記憶消去対象なのだが今回、色々と活躍してもらったからな。もし黙ってくれるんなら見逃してやろう」


 ボスネコにそう言われて、僕は約束した。

 でも完全に消すのは難しかったようでイヌゥvsネコチャンの画像がネット上に出回ってバズっていた。

 誰もが「こんな非現実的なこと、嘘っぱちだろう」ってコメントしていたけれど、僕は知っている。これが事実だということを。


 ネットの出来事はネット内のもの。

 リアルとネットの世界は隔絶かくぜつされていて、二つの世界が交わることはないと思っていた。

 でも、境界なんてものは本当は陽炎かげろうのようにおぼろげで、今回みたいな出来事が日常的に起きているのじゃないかと思う。

 そしてリアルでなかったことにされていても、ネットで誰かが語り続けているのだ。

 そこにあった真実はいつまでも消えないのだから。

 そんなことを思い、僕はスマホを開く。

 さぁ、今日も笑って怒って悲しんで楽しんで入り浸ろう。

 この素晴らしきインターネットの世界に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イヌゥvsネコチャン ももも @momom-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ