第2話 ヌコ

 イヌゥに案内された場所は、多くのモニターが半円形に配置された地下施設だった。銀色にピカピカ光る空間は、子供の頃に見た怪獣映画に出てくる作戦室のようで興奮した。

「ここはヌコ対策本部だ。世界中のヌコの動向を24時間体制で探っている」

 モニターの一つ一つをピシッとした制服を着たイヌゥたちが真剣な眼差しで見ている。その中の一つをのぞけば、ツイッターでバズっている最中のネコの動画が映っていた。仕事をサボっている最中の僕のスマホ画面と同じだった。

「どうしてそんなにネコを敵視しているのですか? それにネコが地球外生命体ってどういうことですか?」

「そもそもの始まりは一万と二千年前。この地球に地球外生命体ヌコが降り立った。奴らの目的は新たな土地の開拓。当然、人間と彼らと友好関係を築いていたイヌは黙っておらず、戦いが始まった。争いは熾烈しれつきわめ、数々の文明が滅び去り、ムー大陸は一夜にして沈んだ。ヒトもイヌもヌコも甚大じんだいな被害を受けた」

「なんと……」

「そんなある日、ヌコたちはこのまま争ってもらちがあかないと戦略を変えた。今のネコに姿を変え、愛くるしさをもってヒトをとりこにするようにしたのだ。結果は言わずもがなだ。イヌたちは次々と陥落かんらくしていく人間を引き止めようとしたがどうすることもできなかった。そして現在がある」

「でも結果的に争いはなくなったのならいいじゃないですか」

「いいや、終わっていない。休戦状態なだけで均衡きんこうが崩れればまた始まるだろう。現に今、ヌコたちは人間に牙をむいている。君も先ほど襲われたばかりではないか」

 確かにそうだった。僕はネコ耳女子高生に襲われた。もしイヌゥが助けてくれなかったらあんなことやこんなことになっていたかもしれない。

「だが、我々も黙って手をこまぬいていた訳ではない。研究に研究を重ねてついに完成したのだ。こちらに来て欲しい。君の力が必要なんだ」


 パーテンションで仕切られた作戦室の奥は、どこか異様な空気を放った空間であった。何より目を引くのは中央のテーブルに置かれた、人間の背丈ほどの黄金色のピラミッドにネコ耳が生えたものだった。

「これ、何ですか?」

「シン・ぬこぬこにしてあげる♪装置だ。この装置を起動すると、世界中のイエネコの擬態ぎたいがとけ、すべてがヌコになる」

「つまり、ネコたちがみんなあの黒いスライム触手になるのですか……?」

「そうだ」

「そんなことしたら世界中がパニックになりますよ!」

「分かっている。けれどさっき話したように、ヌコたちは何かよからぬ事態じたいを引き起こそうとしているんだ。彼らの計画を未然に止めるためにも、我々は先手を打たねばならない。こうしている間にも、さらわれた人間たちがひどい目にあっているかもしれないんだ。我々イヌゥは友人たる人間を救いたいのだ」

 イヌゥは僕と向き合い、じっと見つめる。イヌのひたむきな瞳。人を愛し信頼した目だった。

「この装置の電波を世界中に届けるためにも5G接続した人間の力が必要なんだ。さぁこのピラミッドをタッチをして欲しい」

 僕は自分の手を眺めた。

 ここからよく分からない電波を発しているらしい。本当にそうなのだろうか。そもそも僕はワクチンを摂取するまでそこらへんの一般人だった。だというのに、いきなり世界とか言われても実感がわかない。このままよく分からないまま流されていいのだろうか。何事もまず、きちんと考えてからだ。ネコのこと、ヌコのこと、今日の夕飯のこと、そしてイヌゥのこと。いろんなことに思考をめぐらせ考え込んでいたら、イヌゥはしびれを切らしたようだった。

「どうした? 何を考えているんだ?」

「なにか違うんだ」

 イヌゥは目を下げ、耳を少し伏せた。

「なにか、とは何だ?」

「ネコってさ、のんびりやな生き物だ。だからワクチンにヌコチンを仕込んだり、5Gに接続した人間さらって集めたりとか、そんな面倒臭いことをやるかって考えると違和感があるんだよ。絶対にそんなことするはずないって」

「じゃあ、誰の仕業だというんだ?」

「分からない。でもネコじゃないと思うんだ」

「……そうか」

 イヌゥは悲しげにため息をついて、黙り込んだ。

 なんか悪いことをしたようで、なぐさめようと手を伸ばしたら、その手をガシッとつかまれた。

「残念だ……お前がイヌ派じゃなくネコ派だったとはな!」

「違う! 僕はどっちかというとネズミ派だ!」

「もういい。ここまできたら、お前の意思など関係なく発動させるだけだ!」

 イヌゥは僕の手を引っ張りピラミッドに近づけた。抵抗しようにも圧倒的な力の差を前になすすべもなかった。

「やめるんだ、イヌゥ!」

「いいや、やめない。さぁネコたちの真実の姿を世界中にさらけ出すのだ!」

 あと少しで触れてしまう。ネコ愛好家ならネコが液体だと知っているので、たとえネコがスライム触手になっても愛し続けるだろう。けれど、世の中すべての人間がそうではない。真の姿に恐れおのの迫害はくがいするだろう。世界はネコ派かそうでないかで割れ、戦争が始まるかもしれない。

「そんなの……絶対に嫌だ!」

 そう叫んだ瞬間。

 轟音ごうおんが鳴り響いた。

 顔をあげた僕の目に入ったのは割れた天井と降り注ぐ瓦礫がれきの山とともに現れた、黒ネコだった。

「見つけたぞ! イヌゥのアジト!!」

 空から降ってきた黒ネコを見て、イヌゥは驚愕きょうがくに目を見開き叫んだ。

「ヌコ!? なぜここがばれた!?」

「そこの人間のネコを想う気持ちが、5G電波にのってワガハイに届いたのだ!」

「クソッ! 5Gの威力いりょくをみくびっていた!」

「僕、そんなことも出来るの!? ていうかネコがしゃべった!?」

「ワガハイはネコであるからな」

 答えになっていない返答をよこした黒ネコはシュタッと地上に降り立つと、何やらシッポを振った。

 とたん、ネコたちが地下施設に次々と乗り込み、イヌゥたちを拘束していった。

観念かんねんしろ。ここのアジトはネコの手に落ちた」

「ぐ……ヌコどもめ……!」

 後ろ手に拘束されたイヌゥが忌々いまいましげに吐き捨てた。

 そこへ先程の黒いネコがゆったりとした足取りで歩み寄る。

 ひたいにバッテンの傷をもち、ふてぶてしい雰囲気はまさにボスの風格。

 そしてイヌゥの前に立ちはだかると、ふんと鼻を鳴らした。

「イヌゥも落ちたものだ。宿敵しゅくてきを見間違えるとはな」

「何だと!?」

「ヌコチンを作ったのも、5Gに接続された人間を連れ去っているのも、ワガハイたちの仕業しわざではない。そんなめんどくさいことはせずとも、愚かな人間は下僕しもべとして献身けんしん的に愛情を注いでくれると信じているのでな」

「じゃあ、誰の仕業なんだ?」

「イヌとネコの共倒れを望むものよ」

「!?」

 イヌゥの目が大きく開かれた。

 瞬間、耳鳴りとともにブゥンという音が響く。

 ネコが映し出されていたモニターが次々と黒くなり、すべて消えたと思ったら、同じ映像がすべてのモニターに映し出された。スーツを着て腕を組む、顔がネズミ……いやモルモットの人間だった。

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