第27話 嫉妬
競技会は順調に進んで行った。アデルの目から見ても、決勝戦以外は見る価値がないな、というものだった。
優勝候補と言われている二人の騎士──ベルカイム領の聖騎士ロスペールとルベルーズ領の亡命騎士エトムート──が圧倒的に強く、他の戦士とでは勝負にならないからである。この二人はシード選手なので、決勝まであたる事はない。この二人を脅かすほどの出場者もいなかったので、アデルはアーシャの警護を優先して周囲に気を配っていた。
そして決勝戦まで進み、二人の騎士達が入場してきた。騎士と言っても、競技会では馬の使用は禁止されているので、二人共馬には乗っていない。
「エトムート、頑張って下さ~い!!」
アーシャがエトムートに声援を送り、エトムートもそれに気付いて、彼女の方へ手を振っていた。
エトムートは茶髪の長髪をしていて、切れ長の目をしているが整った顔立ちをしている良い男だった。その容姿からか、女性人気が高く、黄色い声援が多かった。対して、ベルカイム領の聖騎士ロスペールは無骨で如何にも強者という感じのスキンヘッドの大男だった。ヴェイユ最強の聖騎士という異名があるそうで、男性からの人気はロスペールの方がありそうだ。というより、エトムートの女性人気が凄いのであいつを負かせて欲しい、というのが男達の本音だろう。
(俺が出場していてエトムートと当たっていたら、アーシャはどっちを応援するんだろうな)
アデルはふとそう考えている自分に気付いた。考えても仕方ないのに、そんな事を考えてしまう自分が嫌になる。
アデルが自己嫌悪に陥っている間に、試合は始まっていた。互いに槍を使った戦いな様で──と言っても実際は槍ではなく木の長い棒である──距離の取り合いと、鋭い突きの応酬だ。
実力は拮抗しており、ほぼ互角と言ったところだろうか。細かいフェイントを入れ合い、自分の得意な距離を奪い合っている。今回は競技会なので槍を模した木の長い棒で戦っているが、これが本物の槍であれば、もっと緊迫した戦いとなっていただろう。
(凄いな、この二人は)
アデルは率直にそう思った。
ここヴェイユは戦火に見舞われた事はなく、平和な国である。この国であれほどの腕を磨くには、並大抵の努力ではないだろう。強い練習相手もいない中、そして実戦経験を詰める経験もない環境だ。おそらく、自己鍛錬のみで実力を磨いているのだろう。彼らの努力は計り知れない。
アーシャは闘技場での戦いをハラハラした様子で見守っていた。
(アーシャとエトムートって、どんな関係なのかな?)
エトムートは、元は大陸の奥地にあるラトニア公国の騎士だそうで、今はルベルーズ領主・ダニエタン伯爵の養子となっている。ゲルアード帝国に祖国ラトニア公国を滅ぼされ、そのままヴェイユ王国に亡命してきたのだと言う。
亡国の騎士で、ヴェイユ島の西側を統治するダニエタン伯爵の養子──アーシャの婿として、この上ない人物である。実際に、次期国王はエトムートでは、という噂もある程だ。
こうしてエトムートを実際に見てみると、アーシャにお似合いな気がしてならない。
(くそ……自分の生まれを呪ったのは、初めてだ)
胸の中に芽生えた嫉妬の心がアデルの心を蝕んでいくのだった。
フィーナと仲間を失い、この地に来た。それは、自分に新たな居場所を提供してくれたアーシャ王女がいたからだ。
全てを失った彼には、アーシャを守る事しかもう人生の意義を見出せない。
しかし、彼女を守る者は、アデル以外にも数多いる。逆に、アーシャの婿になれる男はそう多くない。その事実が今、アデルに重くのしかかっていた。
それから試合は長く続いたが、決着が着いた。勝者はベルカイム領のロスペールだ。
ロスペールは倒れたエトムートに手を差し伸べ、二人は互いの健闘を称え合っている。会場は拍手で溢れていて、一般的に見れば、とても気持ちの良い試合だと思えた。ロスペールにしてもヴェイユ王国最強の聖騎士の異名を守れたというところだろう。
しかし、アデルの目には別の様に映っていた。
ロスペールとエトムートは予め、或いは戦いのさ中に打ち合わせたのではないか、と感じたのだ。アデルには最後の一撃の際、エトムートがわざと攻撃を受けていた様に見えたのである。
ロスペールはこの国に生まれた生粋の騎士に対して、エトムートは亡国の騎士だ。養子である亡国の騎士が、この国最強の騎士を倒してしまうのは、どうにも勝手が悪い。この国の為にも、そして国民の為にもロスペールが勝つ事が好ましいのだ。そして、エトムートもそれをわかっているからこそ敢えて最後の攻撃を受けた、という事だろう。
(そこまで国や国民の為を想えるなら……余計にアーシャにぴったりだな)
アデルは余計にそんな想いを感じてしまい、胸に痛みを覚えるのだった。
まだアーシャは十五だ。しかし、成人の儀は済ませており、もう成人として扱われている。彼女がいつ結婚するのかについてはわからない。
いつかは彼女の花嫁姿を見る事になる。
(その時、俺はどんな気持ちを抱くんだろうな?)
その場面を想像するだけで、フィーナを
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