第16話 王女の提案

「それで……具体的に、俺はどうすれば良いんだ?」


 一旦落ち着きを取り戻すと──アーシャ王女も今は正面のソファーへと戻っている──アデルはアーシャに訊いた。

 居場所になると言われても、実際にどういった事なのか彼にはよくわからなかった。まさか、恋仲になると言うわけでもあるまいし。

 先程のやり取りの後ではそれも一瞬期待してしまうが、あくまでもアデルは冒険者崩れだ。王女と身分が合うわけでもないので、変な期待をしてはならない。彼女はそこいらの町娘ではないのだ。


「ああっ、そうでした……大切な事を置いてけぼりにしていましたね」


 アーシャは顔を赤らめたままこほんと咳払いすると、ある提案をアデルにした。彼女から出された提案は意外なものだった。


 ──ヴェイユ王国に仕えませんか?


 それが彼女からの提案だったのだ。

 何でも、現在王宮兵団の入団希望者が減っていて、今回はたったの二人で王も頭を抱えていたのだと言う。

 ヴェイユ王国の治安が守られているのは、この王宮兵団や各領主の治安部隊があるからだ。領主の治安部隊の数が足りなければ、王宮から王宮兵団が派遣される。

 王宮兵団と言えば聞こえは良いが、ただの何でも屋だ。衛兵の代わりもするし、町の治安部隊や警備も務めるし、賊や魔物が街道や人里に現れたと言われればそれを退治する。要人の護衛をするのも王宮兵団の役目だ。災害時の救援等も行うらしい。


「なんだ、それなら実質的に俺がやってきた仕事とそう大差ないじゃないか」


 アデルの率直な感想だった。

 今彼女が言った王宮兵団の役割というのは、アデルが冒険者時代にやっていた事と大差はない。国の任務かギルドの依頼かというだけの差なのである。

 具体的に言えば、冒険者は遺跡の探索や人の話し相手、或いは御遣いもするので、仕事の幅はもっと広い。だが、実質的には殆ど差はないだろう。


「はい。この前アデルが冒険者だというのを伺って、城の者に冒険者とはどういった事をしているのかと聞いてみたら、そんな内容でしたので……如何でしょうか?」


 それでしたら私の方から王宮兵団への入隊を推薦できます、とアーシャは少しだけ胸を張って言った。

 王女によると、Sランクパーティーに所属していて銀等級の冒険者であれば、確実に入隊はできるだろうとの事だった。


「王宮兵団か。そんな大層な役が俺なんかに務まるのかわからないけど、それも悪くないかもな」

「それでは……!」

「ああ、宜しく頼むよ。あんたに救われた命だ。あんたの為に使わせてくれ」

「やったっ!」


 アーシャは少女の様に嬉しそうに笑って、腕を小さく曲げる事で喜びを示した。どうやら本当に喜んでいる様だ。

 それからアーシャと少しだけ打ち合わせると、彼女が文官を呼んでくれた。

 そこからは世間話などなく、王宮兵団入隊への話を一気に進められた。王女殿下の推薦とあっては、文官も断れない。訝しむ様にしてアデルを見ていたが、実際に銀等級の冒険者証を見せると、納得していた。

 手続き中に話していた文官によると、王宮兵団の数が足りずに苦労しているのも事実な様だ。銀等級の冒険者に入団してもらえるとなると、かなり有り難いのだと言う。


「それでは、アデル。後は、文官達の指示に従って下さいね」

「はい、殿下」


 アーシャが元の王女殿下の装いに戻ったので、アデルも王宮兵団としての装いをする。

 これからはもう冒険者ではない。王宮兵団として彼女に接さないといけなくなるだろう。

 アデルは片膝を突いて頭を下げて、続けた。


「この命は既に殿下のもの。何なりとお申し付けください!」


 アデルが恭しく言うと、アーシャは「はい、宜しくお願いしますね」と目元だけで笑みを作る。同じくアデルも、目元だけで笑い、それに応えた。

 この日、ヴェイユ王宮兵団の名にアデル=クラインの名が加わった。

 アデル=クライン──これは、後にヴェイユ解放戦争の立役者のひとりとなる者の名だった。

 それは誰も──本人にでさえも──知らなかった。

 ただ、もしかすると〝ヴェイユの聖女〟だけはそれを見抜いていたのではないか──後の歴史学者は、そう言葉を綴っていたという。

 無論、それはアデルにもアーシャにも関係はない、別の話である。

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