挿話 アデル=クラインを失ったパーティー

「なんでSランクパーティーになったのに前よか報酬が下がってるんだよ⁉」


 オルテガの怒鳴り声が、ランカールの冒険者ギルドに響き渡った。


「ちょっと、オルテガ……抑えて」


 金髪碧眼の回復術師・フィーナがなだめる様にして言うが、オルテガは聞く耳を持たなかった。


「なあ、受付の姉ちゃんよぉ。さすがにそりゃ納得できねえだろ」

「我らはこのランカールの冒険者ギルド始まって以来のSランクパーティーだろう? 何故報酬が下がるのか、理解できぬぞ」


 オルテガと同様に盗賊のギュント、魔導師のイジウドも同じ様に不快感をあらわにしていた。


「二人もやめてってば。周りが皆見てるから」


 フィーナは周囲に気を配りながら三人を窘めるが、効果はなかった。

 アデルの死によって、フィーナは一週間程家から出れなかったが、いつまで悲しみに浸っていても──そしてそれから逃れる為にオルテガに抱かれていても──生活ができるわけではない。

 冒険者とは依頼をこなしてその報酬で生きている。即ち、仕事をこなさなければ生きていけないのである。

 そして、何とか前を向こうと立ち上がってパーティーメンバーと冒険者ギルドに足を運んでみたところ……これである。

 原因は、報酬の減額。オルテガのパーティーに支払われる報酬が、Sランクパーティーにも関わらずAランクパーティー時代よりも三割も下がっているのだ。


「そうだ、俺達はSランクだぜ? それが何だって前よか下がってんだよ!」


 オルテガが受付嬢を睨み殺さん勢いで詰め寄る。

 ギルドの受付嬢は泣きそうになって、資料で顔を覆い隠していた。


「えっと……ですね。これにはちゃんと理由がございます」

「理由だぁ? 何だってんだよ、教えてみろよ!」


 今度はギュントがテーブルをがんと蹴って、受付嬢を威圧する。


(これじゃゴロツキと同じじゃない……)


 フィーナは激しい頭痛を感じた。

 彼らとパーティーを組むようになって長いが、彼らはもともと気性が荒かったものの、ここまで乱暴な性格ではなかった。

 彼らが明らかに変わったのは、Sランクパーティーに昇格してからだ。この町で一番のパーティーになり、そしてリーダーのオルテガはこの町唯一の金等級の冒険者に昇格した。フィーナ、ギュント、イジウドも翠玉等級から紅玉等級の冒険者にランクアップしている。

 冒険者の等級は全部で十段階あり、紅玉等級は上から五番目のランクだ。その上が銅等級、銀等級、金等級へと続き、最上位の白金等級へと上がっていく。アデルとオルテガがランカールの冒険者ギルドでは最高の銀等級冒険者だったが、Sランクパーティーへの昇格と共にオルテガが金等級の冒険者として認められていた。


「オルテガさん一行の報酬が変わったのは……〝漆黒の魔剣士〟アデル=クラインさんの死が大きく関係しています」


 ギルド受付嬢が気圧されぬ様にしっかりと背筋を伸ばして言った。

 唐突にアデルの名が出てきて、思わずフィーナは顔を上げる。


「な、何だと⁉ 何だってあの野郎の死で俺達の報酬が下がるってんだよ!」

「下がっているのではありません。アデルさんがいたことで、報酬が増えていたのです」

「ふ、増えてただぁ⁉ どういう事だよ!」


 ギルドの受付嬢が言うには、銀等級冒険者のアデル=クラインはここランカールの冒険者ギルドでは最も信頼度が高い冒険者だった。また、ランカール近郊でも名は知れ渡っており、冒険者ギルド常連の大口な依頼者達は『アデル=クラインに引き受けてもらえるなら』と依頼料を毎回多く支払ってくれていたのである。


「いわば、アデルさんが引き受けるというだけでボーナスが自然と追加されていた、というわけなんです。ですが、それはアデルさんにだけ適応されているのであって、オルテガさん達には適応されていません」


 ギルドの受付嬢がオルテガを睨み返す様にして言った。

 最初はオルテガの猛りっぷりに怯えていた様だが、今では冷静さを取り戻した様だ。

 荒くれものの多い冒険者ギルドで受付嬢をやる身だ。多少の脅しになど屈しはしないのである。


「何ゆえに奴だけそれほど特別扱いされるのだ! ふざけているのか、それともギルド側との癒着も考えられるな!」


 イジウドも腹立たしげに杖をカンカンと床に打ち付けて、職員を威圧する。


「そいつは聞き捨てならない言葉だね、魔導師イジウドくん」


 後ろから壮年の男性の声が聞こえてきた。

 誰かと思うと、オルテガ達の後ろに立っていたのは、ランカールギルドの長、ギルドマスターだった。


「うっ……ギルマス」

「ギルドは彼と癒着などしていない。それは、アデル=クラインの功績と努力、信頼の賜物でしかないのだよ」


 ギルドマスターの登場には、さしものオルテガも大人しくなる。

 ギルドマスターはランカールの町の冒険者ギルドの実質的な最高権力者だ。彼に除名処分を与えられたならば、この町以外でも除名処分者として共有され、国内で仕事を引き受けられなくなってしまうのである。


「アデル=クラインが冒険者になって何年か知っているかね?」


 ギルドマスターに質問されるが、オルテガ達は首を横に振る。

 アデルは過去を語らなかったので、彼らはそういった情報を知らないのだ。


「彼は十四の頃から冒険者になっていたから……もう六年になるね」

「じゅ、十四⁉ そんなガキの時分から……」

「驚くのはそこじゃない。彼は、十四から今に至るまで──ギルドの依頼を、全て完遂していたんだ」

「なッ、全部──⁉」


 その言葉には、オルテガだけでな彼と交際関係にあったフィーナも驚いていた。

 アデルは自分の過去を語りたがらないし、更に自慢話もしない。どういった依頼をこなしてきたか等殆ど知らないのだ。

 それでいて、十四の頃から依頼成功率一〇〇%。これはかなりの逸材だと言えた。

 冒険者になりたての白磁等級の頃は力を見誤って失敗したり、依頼者の無理難題に応えるスキルがなくて失敗してしまったりというのは、よくある事だ。中にはその時に命を落としてしまう冒険者も少なくない。

 そういった初心者時代の失敗は、フィーナは勿論、オルテガにもある。それを、初心者の頃から全ての依頼を達成していたとなると、並大抵の事ではないのである。


「そ、それは野郎が簡単な仕事をしていただけで──」

自分の実力でその依頼が達成できるかどうかを鑑み、より確実に達成できる依頼を受け、確実に経験を積んでいく。それが初心者時代からできるのが、どれほど凄い事かわからんとでも言うのかね?」

「うぐ……」


 ギルドマスターの言い分は全く以て正しかった。自分の力量を見誤らない判断力は、冒険者にとって最も重要な要素の一つだ。


「それでいて、彼は常に単独ソロで依頼を熟してきた。一度でも単独ソロで依頼を受けた事があるなら、それがどれだけ過酷な事かはよくわかるだろう?」


 ギルドマスターの言葉に、オルテガ達は言葉を失くした。

 単独ソロで依頼を受けるという事は、自分の苦手分野も全て一人で対処しなければならないという事である。

 頭を使う仕事や魔法戦など、自分の苦手な事を強いられる依頼はいくつもある。通常の冒険者はパーティーメンバー同士で得手不得手を庇い合って依頼を達成するのだが、アデルはそれらを全て一人でこなしていたのだ。


単独ソロで六年間依頼を受け続け、その一度も依頼に失敗した事がない。しかも皆が嫌がり受け手のいない仕事でも彼は引き受けていた。それがどれだけの偉業かは、君達も冒険者ならばわかるだろう?」


 ギルドマスターはオルテガ、ギュント、イジウドの三人を睨みつける様に見つめた。


「この町の大口の依頼主は、皆アデル=クラインの仕事ぶりをよく知っている。だからこそ彼には信頼を置いているし、彼に仕事を引き受けてもらえるのなら、と料金を上乗せしてくれる。彼はソロしかやらなかったから銀等級で留まっていたが、本来ならば白銀等級を与えてもよかったと思う冒険者だったと私は評価しているよ」

「は、白銀等級だと……⁉」


 白銀等級は、金等級の更に上の冒険者だ。それこそ各王国内に一人いるかどうかといったレベルの冒険者なのである。


(アデル……やっぱりあなたは、本当にすごい人だったのね)


 フィーナは心の中でアデルを思い出して、胸がずきずきと痛んだ。

 自分がどれほどの人を失ってしまったのか、フィーナはより一層この時に痛感したのである。


「それよりも──それほど優れた冒険者であったアデル=クラインが落石事故で死亡、という方が私は信じられないがね……本当に事故だったのかね?」


 ギルドマスターは訝しむ様な目を向けた。

 それはまるでオルテガ達が何かしたのではないかと言いたげな目だった。


「お、お待ちください、ギルドマスター。私達は、パーティーです。彼を失ってつらいのは、私達も同じですから……その様な物言いは、どうか控えて頂けませんか」


 思わずフィーナがオルテガ達を庇っていた。

 仲間を失って悲しいのは皆も同じだと思っていたからだ。それを、まるでこちらが何かしたという様な言いたげな視線に、彼女は憤りを感じたのだった。


「ふむ、そうか。君はアデルくんの……」


 何かを思い出した様に、ギルドマスターが呟いた。

 フィーナがアデルと交際関係にあった事を思い出したのだろう。


「いや、失礼。今の言葉は忘れてくれ。だが、どれだけ抗議しても依頼料は変わらないぞ。理由は『アデル=クラインがいないから』だ。以上だ。嫌なら他の町のギルドに行く事だな」


 そう言い捨てると、ギルドマスターは奥の部屋へと戻って行った。受付嬢はほっとした様子だ。


「ちっ……わかったよ! これで受けりゃいいんだろ、これで受けりゃ!」


 オルテガは受付嬢から依頼書をひったくり、承諾の判子を押してのしのしと不機嫌そうにギルドを出て行った。ギュントとイシウドが気まずそうにその後をついていく。

 フィーナは一人取り残されて、ふとギルドの隅っこの椅子に目を奪われた。

 その椅子は、いつもアデルが座っている場所だった。彼はあそこで座って新しい依頼書が張り出されるのを待っていたのだ。

 フィーナは彼がパーティーに加入する前から、そうして寂しげに座っている〝漆黒の魔剣士〟に目を奪われていた。その時から彼には惹かれていたのだろう。


(アデル……ねえ、やっぱりあなたのいない生活なんて……慣れられないわよ)


 フィーナの視界がじわり涙で歪んだ。

 しかし、もうこの町には、いや、この世界には、彼はいない。

 少なくとも、フィーナはそう思っていた。


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