第11話 〝漆黒の魔剣士〟アデルの実力

 どうやら、今日は〝運〟が悪い日らしい──アデルがそう悟ったのは、夕飯を食べ終えて寝ようかと言った頃合いだった。

 周囲に人の気配を感じたのだ。数はおよそ十程度。少し多い。


「おやっさん……あんた、ツイてるな」


 アデルは声を潜めつつも、うんざりした気持ちで初老の行商人雇い主に言った。

 自分には戦いしかないと解っていながらも、今はあまり戦いたい気分ではなかったのだ。


「え? あんちゃん、それはどういう意味だい?」

「……こういう事さ」


 行商人雇い主に訊かれたと同時にアデルは胸元から短剣ダガーを取り出し、真横に投げた。

 それと同時に、暗い森の奥から「ぎえっ」という汚い悲鳴が聞こえ、どさっと人が倒れた音がした。

 その途端に周囲の影がざわつき始めて、ぞろぞろと森の奥からゴロツキの様な風貌の男達が十人程現れる。


「て、てめぇ! やりやがったな!」

「大人しくしてりゃ命だけは助けてやろうと思ったのに!」


 山賊である。皆それぞれ斧や剣と言った武器を抜いていた。

 行商人雇い主曰く、ヴェイユ島では殆ど現れないと謂われていた山賊が、アデル達を襲ってきたのだ。


「ひぇっ! ささ、山賊⁉」


 行商人雇い主は身を縮こめて、両腕を抱え込む。顔は恐怖で引き攣らせていた。


「そういうこった。俺を雇っておいてよかったな」


 アデルはそう答えつつも、気持ちとしては陰鬱だった。

 平和だと言われていて、数も少ない山賊にどうして今襲われなければならないのか、自分の運の悪さを呪うしかない。


「とりあえず、邪魔にならない様にだけしてくれ」


 アデルは周囲を横目で見渡しつつ言った。

 二人は完全に囲まれていた。更に、行商人雇い主は完全に腰が抜けてしまっている。彼を狙われ、人質に取られでもしたら厄介だ。

 彼は長い間ヴェイユ島で行商人稼業を続けていたらしいが、実際に山賊に襲われた事はないと言っていた。平和惚けをしてしまっている彼からすると、恐ろしい限りだろう。

 しかし、大陸で冒険者稼業を続けていたアデルにとっては、むしろ日常茶飯事だ。何も変わった事ではない。


「俺にとってはツイてない事この上ないが、あんたにとっては幸運だ。これからはフーラ女神像にのはやめておいた方がいいかもな」


 アデルは横に置いてある大剣の柄を持って立ち上がる。


「まあ、そんな俺よりもツイてないのは……俺が護衛についてる奴を襲っちまったこいつら、だけどな」


 無表情のまま、〝漆黒の魔剣士〟は大剣を鞘から抜き放った。

 身幅四寸・長さ五尺の、刀身が真っ黒な大剣だ。その昔は〝竜喰いドラゴンイーター〟と呼ばれていた事もある。

 〝竜喰いドラゴンイーター〟は刀身から黒く怪しい光を放っていた。強い付与魔法エンチャントが掛けられており、その強度は重装歩兵の鎧でさえも羊皮紙を切るよりも簡単に斬り裂けるのだ。


「な……魔法の剣、だと⁉」

「傭兵か! しゃらくせえ、ぶっ殺して剣ごと奪っ──」


 山賊の頭目風の男が言い終える前に、その首が空を舞っていた。

 アデルが一瞬で距離を詰めて、その大剣を片手で振るっていたのだ。


ひとつ」


 アデルは呟き様に横に立っていた山賊の足目掛けて剣を振るい、足を切り離す。更に剣を一閃し、足を斬られた事を自覚する前に、その山賊の首も胴体と別れを告げていた。

 アデルの大剣は五尺とかなり長く、槍に近い距離で斬撃を加える事ができるのだ。


ふたつ──みっつ」


 首を落としたと同時に流れる様な動きで、続け様に胸の中から短剣ダガーを抜いて、行商人雇い主の後ろに迫っていた男目掛けて投げる。狙いは違わず、短剣ダガーは男の脳天を貫いていた。

 行商人雇い主は腰を抜かしながら「ひえええ」と声を上げているが、声を上げていられるのは元気な証拠である。アデルは気にせず大剣を一閃させて横の山賊を屠り、「よっつ」と付け加えた。


「や、やべえ! こいつ、治安部隊どころの強さじゃねえ! 皆、逃げろ!」


 一瞬にして半数の仲間が屠られて、勝てない事を悟ったのだろう。散り散りになって山賊が逃げ始めたが、今日のアデルはそれを許さない。

 〝漆黒の魔剣士〟は駿足で追いついて先回りをし、通せんぼする様にして立ちはだかった。


「いつもなら逃がしてやっていたんだが、今は色々あって、結構病んでいてな。憂さ晴らしの相手になってもらいたいんだ」


 アデルはどことなく怒りを孕んだ声で、そう言った。

 オルテガとフィーナの裏切りで、彼の精神としてはもういっぱいいっぱいだった。いつもであれば、戦いが始まればスッキリと気持ちが切り替えられるのに、全く気持ちが変わらない。

 先程、ヴェイユ王国やアーシャの未来を想像し、自分との格差を感じてしまったからかもしれない。今自分が縋れるのは彼女しかいないのに、花嫁姿を見守る未来しか無いなどあんまりではないか。


「し、知るかよ! 娼館の女にでも慰めてもらえ、こんのイカレポンチがぁっ!」


 山賊が恐怖に嘆きながら斧を振り上げるが、あまりに遅い。アデルは彼が斧を振り上げたと同時に剣を一閃させており、両の腕は彼の胴体から離れていた。

 山賊の悲鳴が夜の闇に響き渡って、腕から血しぶきが上がっていた。


「悪いな……とは、もう関わりたくないんだ」


 続け様に首も落とし、「いつつ」と数える。

 普段であれば一撃で屠っていたのだが、敢えて腕を吹き飛ばしてから首を落とした。娼館の女という単語がアデルの癇に障ったのである。

 頭の片隅で善がり狂う元恋人フィーナの顔と声がちらついて、彼の苛立ちは更に募っていく。


(糞っ垂れ。戦いの最中に何を気にしてるんだ、俺は)


 アデルは頭を振って意識を目の前の戦いに戻すと、すぐさま逃げ惑う山賊達を追い始めた。

 走り様に先程使った短剣ダガーを回収して、後方に逃げている者の背に投げ放つ。


むっつ」


 彼の投げた短剣ダガーは後頭部から眉間を貫いていた。

〝漆黒の魔剣士〟は剣の腕ではもちろんの事、遠距離戦では短剣ダガーを用いる。この短剣ダガー暗殺者アサシンが接近戦で用いるものよりも軽く、投げやすいものを選んでいた。彼にとっては、大切な武器の一つなのだ。

 そして、無論無暗に敵を屠っているのではない。位置関係を考え、一人で逃げている者から先に始末しているのだ。

 山賊の様な群れないと何もできない連中は、ばらばらに逃げている様で仲の良い連中ほど固まって逃げる傾向がある。実際に、残りの四人は一塊となって逃げていた。

 アデルは小さく溜め息を吐くと、大剣を担いだまま俊足で彼らを追い上げた。その脚力は人の域を超えており、短距離であれば馬と同等の移動速度を誇る。


「もう鬼ごっこは終わりにしないか? この剣を担いで走るのは結構大変なんだ」


 息を切らす事もなく四人の山賊の前に先回りすると、アデルは〝竜喰いドラゴンイーター〟を両手で構える。


「ち、畜生……! どんな足してやがんだよ!」

「知るかよ。それがなきゃ生き残れなかったってだけだろ」


 不機嫌そうに答えるアデルに、山賊達は戦慄していた。

 彼らが見てきたどの人間よりも速く、強かったのだろう。山賊達は武器を構えてはいるが、恐怖で慄いていた。

 それもそのはずである。〝漆黒の魔剣士〟アデル=クラインは、単独ソロで細々とした依頼をこなしていたからこそ昇格が遅く、未だ銀等級の冒険者に留まっていたが、実力だけで言うなら白銀等級の冒険者なのである。

 白銀等級は金等級の更に上の冒険者で、それこそ各国内に一人いるかどうかといった実力者だ。アデル本人でさえ知らない事だが、彼はランカールの冒険者ギルド職員達からも絶対の信頼を置かれていた人物なのである。

 そして今──その〝漆黒の魔剣士〟の前で、命を散らそうとしていた四人の山賊がいた。

 彼らの不幸は、アンセルム大陸のならず者達ならば持っている『死にたくないなら、バカでかく黒い剣を持つ剣士には手を出すな』という常識を知らなかった事だろう。特にライトリー王国内の賞金首達の間では『〝漆黒の魔剣士〟を見たならば逃げろ』と言うのは常識だ。

 しかし、この田舎者の山賊達はその教訓を知らない。彼らは逃げる事を諦め、アデルの四方を取り囲んでいる。もし大陸の悪党達がこの光景を見れば、その愚かさにさぞかし嘲笑しただろう。


「ほら、どうした? 四人もいるんだ。一斉に掛かれば、万に一つでも生き残れるかもしれないぞ」


 怯えて一向に攻めてこない山賊達を、敢えて煽る。

 無論ただ煽るだけでなく、じりじりと距離を詰める山賊達を横目で見て距離を測っていた。これが彼にとって一番のだ。


「言わせておけばぁっ! かかれぇ!」


 武器を振り被り、気合の声と共に一斉に襲い掛かってくるが、彼らの攻撃が大剣使いに届く事はなかった。


「──とを


 アデルは大剣を周囲に一回転させ、四人の胴体を下半身が同時に別れを告げる。

 回転斬りは、彼が一対多数で戦う時の得意技だ。間合いに入った敵を、一瞬のうちに葬ってしまうのである。

 アデルのこの攻撃にて、深夜の戦いは終わった。


「……あんちゃん、あんたすげえよ」


 焚火の場所まで戻ると、腰を抜かしたままの行商人雇い主がアデルを見てそう言った。


「そうかい? 俺にとっては、これが日常なんだけどな」


 アデルは肩を竦めてそう言うと、行商人雇い主に手を差し伸べた。


「王宮兵団に入ってこの国を守って欲しいもんだな。あんちゃんには」

「王宮兵団? なんだいそれは? まあ、それよりも今はもうちょっと移動したいかな」


 アデルは周囲を見回した。

 そこには、まるで獣が暴れ回った後の様な凄惨な光景が残されている。


「さすがに死臭が漂う場所では寝たくない」

「そいつぁ違えねえ。あんちゃん、悪いけど俺を馬車まで運んでくれねえか? まだ腰が抜けてて立てないんだ」

「ああ。ついでに馬車の御者もやらせてもらうよ」


 アデルはそう言って行商人雇い主に肩を貸し、彼を場所の荷台まで運んだ。他の荷物を荷馬車も運んで、御者席に座って、馬に鞭を入れる。

 アデルは冒険者時代からも、こうして依頼内容以上の事をする事が多かった。それこそ彼が信用を集めていた理由でもあったのだが、本人にその自覚はない。むしろ、彼は周囲の者から信用されているとも思ってもいなかったのだ。


(俺は……こんな島まで来て、一体何をやってるんだろうな)


 移動するさ中、周囲に転がった肉塊をちらりと見て〝漆黒の魔剣士〟アデルはもう一度深い溜め息を吐くのだった。

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