第3話

「なんで!」と、君は食い下がった。こういう風に君が食ってかかる話の展開になると、君とおばさんは喧嘩になることが多いから、僕は思わず俯いてしまった。

 こういうところが僕と君で違っているところだった。僕がなんでも勝手に察しちゃって引いちゃうのに対して、君は相手からしっかりと言葉で、一から十まで説明されないと絶対に納得しないタイプだった。おばさんも、君のそういう性格には手を焼いていた。だって、もしかりに十まで説明したところで、君が納得するという保証は全くなかったから。いやむしろ君は十までの説明を聞いて(その十までの説明だって、君が説明しろ説明しろってうるさいからおばさんが渋々、それでも懇切丁寧に説明してくれたものなのだ)、その十を全部後ろに放り投げてひっくり返しちゃう、みたいな性格だったから。「そんなの、関係ないじゃん!」って、君はよく言う。耳に残っているから、そのセリフはいつでも僕の頭の中で再生できる。

 おばさんが僕らを森の外へ連れて行ってくれない本当の理由を話してくれたのは、そうやって君が何度も何度も食い下がって、おばさんがすっかりくたびれて根負けしたからだった。「わかったわよ。話すわ。話すから、すこしおとなしくしてちょうだい。頭が痛くなるわ」。おばさんはそのときひどく疲れた様子だった。僕には、どちらかといえばおばさんの気持ちのほうがよく理解できた。いつも僕も同じような手口で君にこてんぱんにやられているから。もっとも、おばさんみたいにタフじゃないから、僕の場合はもっと一方的にやられちゃうんだけど。

「森の外へあなたたちを連れていけないのは、森の外が、本当に危険だからよ」と、おばさんは言った。

「どういうふうに危険なの?」と君は尋ねた。

「森の外の人間は、あなたたちにとって危ない存在なの。森の外に出て、もしも森の外の人間にあなたたちが見つかれば、彼らはあなたたちを捕まえようとする。なぜ、捕まえようとするのか。それは、あなたたちが彼らにとって価値のあるものだからではないの。彼らがあなたたちを捕まえようとするのは、彼らにとってはあなたたちが危険な存在だから」

 僕にはおばさんの言っている意味がよくわからなかった。君も、多分同じだったはずだ。僕らが危険だなんて、そんなはずはなかった。僕らが危険な存在ではないことは、僕ら自身がとてもよく理解していた。僕らは誰かを理由もなく傷つけようとは思わないし、それにもしも僕らがすごく攻撃的な性格だったとしても、僕らはまだ子供で、大人がその気になれば簡単に抑え込んでしまえるような力の強さしか持っていないのだ。そんな僕らは、誰にとっても危険なはずはなかった。

「どういうこと?」と君は言った。僕も、そう思った。どういうこと? って。

「森の外が、本当の人間の世界なの。私やあなたたちは森の外で生まれた。そしてある程度の年までは、とくに私は大人になるまで、森の外で育った」

「ある程度の年って、いくつ?」と君は聞いた。

「私は、たしか二十歳をすこし過ぎたころだったかしら」とおばさんは答えた。「もう少し後だったかもしれない、いずれにしても、あまり正確には覚えていないわ。何しろもうずっと前のことだから。でもあなたたちのことはよく覚えているわ。あなたたちはまだ自分の足で立って歩けるかどうかというくらいの小さな子供だった」

「私たちは今いくつなの?」

「たぶん、八歳か、九歳ね。私の数え間違いじゃなかったら、だけど。ここにはカレンダーがないし、私も日付まで数えているわけじゃないからどちらなのかは分からないけれど、でも季節を数える限りでは、八歳か九歳のはずよ」

「カレンダーってなに?」

「そうね」とおばさんは言った。やってしまった、という感じの表情に見えた。僕にしてもそうだったし、特におばさんの場合、君に対して君が知らないような単語は口に出さないようになるべく気を付けていた。もし口を滑らせて言ってしまうと、このときみたいに君に、なんで? って食いつかれて、それからが長いから。おばさんは、やれやれといった感じの表情を浮かべて首を小さく振り、それから観念して、話し始めた。

「まず、季節があるわね。例えば雪が降る季節。季節はしばらくするとまたやってくるでしょう。雪が降る季節の後は花が咲く季節、その後は雨が降る季節、そして次はキノコが生える季節、そして、また雪が降る季節。それがつまり、一周なのね。季節はぐるぐると回っているの。その一周が一年。つまり、季節が一周すれば、一つ年を取るわけね。

 そして、太陽も、回ってるわね。季節と同じように。太陽の一周が、一日。だから一年、つまり季節の一周は、その始まりのところから、一日一日数えていけるわけなの。だから、まずあなたたちが生まれた日を、季節の始まりから数えてそれを記憶しておくでしょう。例えば季節の一周が始まってから二十日後に生まれたとすると、二十日がその人の誕生日。季節が一回りして次の一周が始まって、二十日が経ったら、一歳。そういう風に数えるのね。それでいくとあなたたちは生まれてからいま季節は九周目なのね。だけど私はあなたたちの誕生日を正確には知らないし、今日が季節が始まってから何日目かも知らないから、あなたたちがもう九歳になったのか、それともまだ八歳なのか、そこのところがわからないわけ」

 君はいまいち話を理解していないみたいだったけれど、おばさんはそれを無視して話を進めた。君が理解していなかったら僕があとで教えてあげようと思っていたのを覚えている。

「あなたたちはまだほんの小さな子供だったけれど、あなたたちが向こうでは生きられないことは既に運命づけられたことだった。あのままあちらにいてはあなたたちはきっと殺されてしまっていた。だから私が、まだ赤ちゃんだったあなたたちを連れて、森の中へ逃げてきたのよ」

「どうして生きられないわけ?」と君は聞いた。君がいなかったら、きっと僕が聞いていたと思う。おばさんは唇を固く結んで、改めて君のことを見つめた。そしてそれから僕のことも見つめた。僕はおどろいて目を伏せた。

「それはね、あなたたちが病気だから」

 病気? と、反応したのは僕の方が早かった。病気って、あの熱が上がったり咳が出たりするあれだろうか。僕たちは元気だよ、と僕は言った。

「ええ、そうね」と言った。「とっても元気ね。そう元気なの。あなたたちはずっと元気なのよ」

 おばさんは言った。「あなたたちは、死なない病気なの」

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