第21話
安藤さんと合流したのち、僕達は大きなビルにやってきていた。
このビルにあるスタジオでモデル撮影を行うそうだ。すれ違う人みんなカッコ良かったり可愛かったりと、まるで芸能人のようなオーラを纏っていた。ここにいる人達、みんなモデルなのかな。僕、絶対場違いだよね。
エレベーターに乗って五階で降りると、先導する安藤さんについていく。部屋に入ると、写真機材や小道具が多く、モデルやスタッフも沢山いて、芸能関係の仕事現場みたいだった。
(うわーすげー、モデルの撮影現場ってこんな感じなんだ!)
初めて訪れる芸能関係の仕事場に、僕は心の中で興奮していた。こういう大人な世界に触れるのって、どうしてワクワクするんだろうか。
初めて都会に訪れた田舎者みたく室内を観察していると、一人の女性スタッフがこちらに近づいてくる。勿論美人だ。
「来てくれてありがとう、花」
「斎藤さん!」
安藤さんの表情がパアと明るくなる。どうやら顔見知りのようだ。安藤さんに女性を紹介してもらう。斎藤さんって言って、モデル雑誌の写真担当者だそうだ。安藤さんの担当をしているらしい。なんだかマネージャーみたいだな。
「それでこちらは……もしかて彼氏?」
「ち、違います」
――こんな奴が花の彼氏?そう言いた気な顔で怪訝そうに尋ねてくる斎藤さんに、僕はキョドリながら否定する。大丈夫です斎藤さん。もし僕が貴女だったとしても、絶対吊りあってないよなって思いますから。
「あら失礼、花にも春が来たのかと思ってお節介しちゃった」
「やだなー斎藤さん、こんな陰キャがあたしの彼氏なわけないじゃん!こいつは黒崎って言って、まぁあたしの下僕みたいな奴よ」
「黒崎です、よろしくお願いします」
「そ、そうなの……よろしくね」
頭を下げて挨拶すると、斎藤さんは若干引いていた。安藤さん、いくらなんでも下僕はないんじゃないだろうか……。
「ま、まぁいいわ。花、この後すぐいける?」
「勿論ですよ、あたしを誰だと思ってんですか」
「流石よ、じゃあ向こうで準備してきて」
「はーい」
斎藤さんに促され、安藤さんは更衣室に向かう。多分、化粧とか衣装とかの準備するのだろう。
ふと思った。僕は一人で何をしていたらいいのだろう?仕事現場でうろうろするわけにもいかないし、かといってこの場から離れてる訳にもいかないし。
そんな風に手持ち無沙汰にしていると、斎藤さんが興味深々的な声音で話しかけてきた。
「黒崎君、ちょっといいかしら」
「はい、何でしょう」
「ふふ、そんなかしこまらなくていいわよ。貴方と花の関係が気になったんだけど、もしよかったら、学校での花のこととか聞かせて欲しいの」
「はぁ……」
そう聞かれて、僕は困ってしまった。僕と安藤さんの関係って、一体なんなのだろうか。友達ではないだろう。ならただのクラスメイトか?いや、そこまで浅い関係でもないと思う。
考えるのが面倒臭くなった僕は、正直に伝える。主に、安藤さん含め三人のギャルにからかわれてることを。
ありのままを言うと、斎藤さんは顔を驚愕に染めて、
「ハーレムじゃない」
「ええ……」
なんでそうなるのだろうか。いや、もしかして他人から見るとそうなのか?僕はただイジられているだけなんだけど。ちょっと想像してみよう。ラブコメの物語の中で僕はモブで、三人の美少女ギャル達にからかわれている陰キャの光景をはたから眺めるのだ。
(ハーレムやん……)
驚愕の事実に震える。紛れもないハーレムだった。もし外側の人間だったら、イチャイチャしているようにしか見えない。ぶっ殺したくなるだろう。
「で、でも、別に恋愛関係とかは一切ないんです」
「そんなに慌てなくても大丈夫よ。ただからかっただけだから」
「……」
ペロっと舌を出して茶目っ気に告げる斎藤さん。
うう、大人の女性にからかわれてしまった。なんかいけない扉を開いてしまいそう。あかん……ちょっとだけタってまう。
「花たちがからかいたくなある気持ちが少しわかったわ。だって黒崎君、すっごく反応がいいんだもの」
「そうなんですか?」
「ええそうよ。その長い前髪を切ったら、もっと面白くなりそう」
そう言って、斎藤さんは僕の顔を覗き込んでくる。僕はそういう視線を遮るために前髪を長くしているんだ。絶対に切らないぞ。
「花ちゃん入りまーす!」
スタッフさんが大きな声を上げると、安藤さんが戻ってくる。着ている私服はさっきまでとは違っているけど、また新しい可愛いさだった。
「はーいこっち向いてー、今度は流し目でー、いいねー」
カメラマンの指示に従いながらどんどんポーズを変えて写真を撮っていく。
いつもダラんとしてバカ笑いしているギャルの安藤さんの顔は真剣そのもので、まるで別人になったようだった。というか、プロの顔をしていた。
ぼーっと見惚れていると、隣にいる斎藤さんが口を開く。
「どう?今の花は」
「凄いです……可愛いのは勿論なんですど、かっこいいですね。それになんというか、全身からオーラが迸っているというか……」
いっけね、つい興奮してラノベ的表現を使ってしまった。しかし斎藤さんはそんなこと一切気にせず、冷静に答える。
「黒崎君、見る目あるじゃない。そうなのよ、花には他にない魅力がある。私が今まで担当してきたモデルの中でも、トップクラスの才能を持ってる。ダイヤの原石って言っても過言ではないわ。周りを見て、みんな花に釘付けになってる」
「本当だ……」
僕だけじゃない。スタッフや他のモデルさんまで、安藤さんをじっと見つめていた。まるで、目の前でスターを見るような眼差しで。あんな可愛くて綺麗なモデルさん達にまで羨望の眼差しを送られている安藤さんを見つめながら、僕はやっぱり住む世界が違うなと、ほんの少し寂しくなったのだった。
○
「お疲れ。どうだった、久しぶりの撮影は」
「楽しかったけどー、やっぱり疲れちゃった」
斎藤さんからペットボトルのドリンクを貰ってゴクゴク飲み干す安藤さんが笑顔で答える。彼女の額には、うっすらと汗が浮かんでいた。一時間以上もポーズと取っているんだから、そりゃ疲れるよね。
そんな安藤さんに、斎藤さんは真剣な顔で問いかける。
「ねえ花、やっぱりウチの専属にならない?貴女なら、絶対トップにいけるはずよ。雑誌程度に収まらない、広告やCMにだって出られるわ。それほどの才能があるのよ」
「もー斎藤さん、冗談きついって」
「決して冗談じゃないわ。私は本気よ」
そう告げると、安藤さんは一拍置いて口を開いた。
「ごめん、あたしやっぱり無理だわ。これから色んなことやってみたいし、モデルをやる覚悟もない。もし仮に入って、すぐやめる事になったりして斎藤さん達に迷惑かけたくないもん」
「花……」
「あたしが本気でモデルをやりたくなったら斎藤さんにお願いするからさ。それでもいい?」
困った風に、だけど柔らかい笑みを浮かべてそう言えば、斎藤さんは大きなため息を吐いた。
「仕方ないわね。いっとくけどこの業界は若さよ。あんまり遅くてババアになってからじゃ雇ってあげないから」
「なにそれひどーい!あたしババアじゃないもん!」
二人の楽し気なやり取りを見て、僕はなんだか自分のことが無性に恥ずかしくなった。
○
「どうだった?モデルのあたしは」
スタジオをお邪魔して、さらには斎藤さんにおこずかいを貰い、そのお金で僕達はアイスを食べていた。お店の前にあるテラスで食べていると、安藤さんがニヤニヤしながら問いかけくる。
「かっこよかった。凄く真剣で、別の世界にいる人みたいだった」
「なにそれー、あたしは可愛いくなかったってわけ~?」
「勿論可愛かったよ。でも、なんていうか、輝いてたって感じ……かな」
しどろもどろにそう告げると、彼女は「ふ~ん」と口角を上げて、
「陰キャオタクの割りにはまとな事言うじゃない。しょうがない、あたしのアイスを少しあげる。だからあんたのも寄こしなさい」
「それって、ただ単に安藤さんが食べたいだけじゃ」
「ごちゃごちゃ言わないで早くしろっての」
「はい」
僕と安藤さんはアイスを交換する。安藤さんは僕の口をつけたところをなんの遠慮もなく食べているけど、陰キャオタクの僕は「これ、関節キスだよな……」とか一々思ってしまって中々踏み込めない。
「いらないの?」
「い、いや?いただきます」
ちょっとだけ食べる。なんだか僕が食べているアイスより、少し甘いように感じた。
「どう?あたしと間接キスできて嬉しい?」
「な――!?」
か、確信犯じゃないか!?なんだよもう、やっぱり陰キャの純情を弄んでいたのか!!
全く、このギャルといったら……嬉しいです、はい。一生の自慢に出来ます。
「あはははは!!やっぱ黒崎イジるの面白いわ!!」
「……僕は面白くないですけど」
「じゃあやめてあげよっか?」
頬杖をつきながら、にやにやした顔で聞いてくる安藤さんに、僕は深く頭を下げてこう言ったのだった。
「いいえ、やめないで下さい」
陰キャオタクがJKギャルにモテる訳がない モンチ02 @makoto007
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