第20話
お金がないよぉと安藤さんがぼやいていた翌日の朝。
ホームルームが始まる前にスマホでアニメ情報を更新していると、やけに上機嫌な安藤さんがやってきた。
なんだろう……あの浮かれっぷりは。昨日はあんなに死んだような顔をしていたのに。宝くじでも当たったのだろうか。もしそうなら、一割でもいいから恵んでくれないだろうか。
「どしたのモモちん、なんか良いことでもあった~?」
「あっ、分かっちゃう?」
分かっちゃうよ、誰がどう見ても浮かれてるもん。
「それがさ~、昨日の夜にモデル事務所から電話が来たんだよね~。夏の特集で使いたいから、明日の土曜日に来てくれないかって。へっへ~臨時ボーナスゲットだぜぇ~」
ブイブイと嬉しそうにピースサインする安藤さん。昨日言っていたモデルのお仕事か。話していた側から依頼が来るなんて、
「良かったじゃん。でも久ぶりなんでしょ?ちゃんとやれんの?」
大丈夫か~?と七瀬さんがニヤニヤしながら尋ねると、安藤さんは「あたしを誰だと思ってんのよ」とたわわな胸をどんっと張る。自信たっぷりな様子に、夢野さんと七瀬さんは「ですよねー」と呆れていた。
「ねえ黒崎、明日空いてる?」
「え……僕?」
「あんたよ。てか空いてるでしょ、ぼっちなんだし、どうせ家でゴロゴロしてるだけなんでしょ。暇ならあたしに付き合いなさいよ」
解せん。全くもってその通りなんだけど、こう他人から言われると否定したくなるこの気持ち、なんなんでしょうか。そんな僕の疑問は横に置いておいて、今彼女はなんて言った?あたしに付き合いなさいよって言った?もしかしてそれは……告白なのだろうか?
……な訳ないことは分かるよ。モデルの仕事に付き合って欲しいってことぐらい分かる。だけど、陰キャオタクはそれだけでも勘違いしそうになっちゃうから、あんまり期待させる言葉を言わないで下さい。
「えっなんで僕?」
純粋になんで安藤さんの仕事に僕が行かなくちゃならないのか首を傾げていると、彼女は突然僕の背後に回ってヘッドロックしてきた。
「別にいいじゃん!あんたに拒否権はないってーの!」
「ぐ、ぐるじぃ……ンギモヂィ……」
首を絞められて苦しいけど、柔らかいおっぱいが背中に押し付けられて気持ちい。
ああ……なにかいけない扉を開いてしまいそうだ。
「行くの!?行かないの!?」
「イ……ぎます!」
「よし!」
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った」
あっぶね~危うくイキそうになったよ。教室でイクとか、ウンコ漏らしよりやべー奴になるところだったよ。
「時間と場所は夜にラインで送るから、ちゃんと来なさいよ」
「う、うん」
やだなー行きたくないなー。でも、こんなに笑顔な安藤さんにそんな事言えないよなー。なんで彼女が陰キャオタクの僕なんかを誘ってくれたのか分かんないけど、折角のJKギャルのお誘いだ。明一杯楽しもうじゃないか。
○
(とか思うんじゃなかった……)
安藤さんが待ち合わせ場所に送ってきたのは、JR山手線の原宿駅だった。原宿といえば、ファッションの町と言っても過言ではないだろう。ここには若者が着る最先端の服が詰まっている。もう見るからにオシャンティーな人達が悠然と闊歩しているのだ。中には「それ、ふぁ、ファッションなの?」と首を捻るぐらい奇抜な服装な方もいるけれど、きっと陰キャオタクの僕では一生辿り着けない感性を持っているのだろう。
……うん、別に普通でいいや。
問題なのは、そんなオシャレな人達がいる中で僕の服装が浮いているところだ。無地の白Tシャツに黒ズボン。ショルダーバッグをかけている。THE普通。僕としてはこれが精一杯のオシャレなんだけど、周りがヤバすぎて逆に浮いてしまっている。
もう既に帰りたくなってきた。
「おっす黒崎、ちゃんと来たね。偉い偉い」
「あっ安藤さん……」
悲壮感に暮れていると、やってきた安藤さんに声をかけられる。そちらを向くと、僕の心臓がドキンと飛び跳ねた。な、なんて可愛いギャルなんだ!?
メイクはいつもより気合が入っていて、さらに可愛いさを増している。
服装は上から茶色のキャスケットをかぶり、肩を大きく出した白のチューズトップ、デニムパンツに、ハイヒールの黒いサンダル。マジで可愛い。というかエロ可愛い。ほら見て、周りの男共、みんな安藤さんに釘付けだから。
私服の安藤さんを見た僕は、ぼけーっと見惚れてしまっていた。
「ちょっと黒崎、ガン見しすぎっしょ」
「ご、ごめんっ」
「あれれーそんなにあたしが可愛いかったかー?」
「う、うん」
素直な気持ちを告げると、彼女は「えっ」と驚いた。ほんのり顔が赤くなっているのは僕の気のせいだろうか。
「ま、まあ?陰キャオタクに褒められても?嬉しくもなんともないし?」
「ご、ごめん」
「ってか、あんた無難に纏めたわねー」
そう言って、安藤さんは僕の服装をじぃっと査定するように見てくる。うう、やっぱりダメだったんだろうか?ダサいのかな?
「へ、変かな?」
「んー別に変じゃないわよ。正直言って、骸骨とか英語が書かれた服着たりごっついチェーンとかつけてくると思ってたから」
すいません、中学の時はまるっきりそれでした。だって中二っぽくてかっこいいんだもん!!
「オシャレじゃないけど、ダサくないわ。オタクにしては、まあまあなセンスしてるじゃない」
「あ、ありがと」
一安心。
はぁ~良かった、ラノベ読んでいて。これ全部、ラノベの主人公を真似たものなんだよね。やっぱりラノベって偉大ですわ。
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