異世界の駄っ作機 FILE.001 図体が大きいばっかりに

 ヴィッセル航空機Vf36 



 ときは星暦九三〇年代。

 どうにも世の中がキナ臭くなってきたころ。

 オルクセン空軍は、「急降下爆撃」という新たな戦術に基づいた爆撃機を欲しがった。

 南で国境を接するアスカニアで再軍備宣言が出されるわ、東の共産国ロヴァルナは不気味で仕方ないわで、ともかくも空軍を近代化することになったんですな。

 これが中々大変なことだった。

 このころまだ世間といえば大恐慌の尾を引きずってて、市井社会は軍備よりも景気対策を求めていたし、オルクセンは伝統的に中立国だ。

 第一次星欧大戦後に作られたばかりのオルクセン空軍は、キャメロットやグロワールから輸入した飛行機を細々と飛ばしているくらいで、しかも国是としても当然ながら防空任務の戦闘機を重視してた。少しずつ進めていた航空機の開発や国産化も、そっちのほうに予算を取られちゃってた。

 コボルト族を中心とした空軍の腕のいいパイロットたちは、糊口を凌ぐために郵便飛行を引き受けたり、キャメロット主催の航空機レースに出場してたくらい。

 しかし、それでもオルクセンには「大鷲族の大先輩たちが、世界初の急降下爆撃をやったのは我らだ」という誇りもあったようで、まだ複葉機の時代から急降下爆撃を研究し続けていた。

 当時の数少ない国産航空機メーカーから名乗りを上げたのは、本業の造船や兵器製造で既に星欧どころか全世界に名を轟かせていた、ヴィッセル社。

 正確にいえば、首都近郊シャーリーホーフに工場を置いていた子会社のヴィッセル航空機製造、通称「Vf社」だ。

 Vf社はまだ創設されて一〇年と経っていなかったけれど、オルクセン初の旅客機や、世界的にも極初期の急降下爆撃機Vf33ザラマンダーを世に問うていたから、実績としても自信があったわけだ。おまけにどうも空軍から話が来る前に、自主開発で既に設計の一部を作り上げてもいたらしい。

 そんなわけで当時の航空機開発としてはトントン拍子に話の進んだ新型機は、星暦九三五年に初飛行した。

 なかなかに設計は斬新で、オルクセン初の全金属製単葉機。世界的な技術革新の潮流に乗ったわけだ。

「オルクセンの技術は世界一ぃぃぃぃぃ!」

 と宣ったかどうかは分からないけれど、ヴィッセル社の創業家であるドワーフ族としては鼻高々だったと思うぞ。

 ところが---

 実際に空軍テストパイロットの手で飛ばしてみると、期待の「新型機」はどうにも具合が良くなかった。

 まず、動きが何ともモッサリとしている。

 いきなり、

「空飛ぶ丸太」

 という渾名が名付けられたというから、よっぽどだ。

 Vf36は見た目からして胴体が太いのだけれど、これは「従来のようにコボルト族出身者だけにパイロット候補者を頼るのではなく、エルフ系種族や小柄なオーク族も空に飛ばそう」としていた空軍の方針に依る。

 おかげでコボルト族パイロットたちからすれば、必要以上にコックピットの横幅が広かった。

 Vf36の設計は元々複座機で、世に「大きいことは良い事だ」などと言うけれど、

「小柄な奴なら真横にも並んで座れる」

 ほどだったらしい。

 おまけに当時のオルクセン空軍ときたら、臨機に設営する野戦飛行場でも離着陸性能を求めていたから、機体強度を確保するために翼は厚く、極めて頑丈な固定脚が着いていた。せっかくの全金属製単葉機を目指したのに、妙なところで設計思想が保守的でもあったんですな。

 当時は、まだまだ非力だったエンジン馬力の影響も濃厚だったのかもしれない。

 しかも、だ。

 これで肝心の急降下爆撃性能が良かったのならまだ救いはあったのだけれど、そちらのほうもよろしくなかった。

 ヴィッセル航空機製造社技術陣自慢の新機軸---ダイブ・ブレーキの機構と配置がまずかったのだ。

 このダイブ・ブレーキ、急降下中に爆弾をプロペラ圏外に放り出す投下装置の一部を兼ねていた。こうすれば、可能な限り少なくしたい複雑な機構を最小限に出来ると考えたらしい。

 ところが同社技術陣と来たら「せっかく胴体が太いのだから」と、その下部、エンジンカウルの直後辺りの部分に「まるで、まな板のような」と酷評された巨大なダイブ・ブレーキが展開するという、妙に凝ったギミックを仕込んでしまった。

 こんな機構がプロペラの真裏で作動しちゃうのだから、さあたいへん。もう異常なほど機体が振動したらしい。

「これでは、とても受領できない」

 空軍も改善要求を突き付けてきた。

「このままでは大損だ!」

 慌てたヴィッセル社では、ともかく機体性能を改善しようとあちこちに手を加えてみた。

 エンジンを改良型のVf301グローリアに乗せ換えてみるだとか、ダイブブレーキの位置と機構を翼に移すだとか。

 しかしながら、元の胴体が太いのばかりはどうしようもない。

 おまけに技術的な腕に拘るドワーフ族の悪い癖が出て、「せっかく改修するのだから」と、固定脚のタイヤにそれは見事に加工されたアルミ製のホイールカバーをつけてみたりした。

 いまに残る写真の数々を確認してみると、それはそれは美しいデザインだけれど・・・拘るのはそこか? そこなのか?

 ヴィッセル社がそれほどの努力を傾けても、一向に飛行特性は改善せず、ついには、

「怒り狂ったコボルト族テストパイロットが、スパナ片手にドワーフ族技師を追いかけまわした」

 そうだ。

 そしてとうとう、Vf36には引導が渡される日がやってきた。

 第二次星欧大戦が始まってしまったのだ。

 ときおり、連合国側も枢軸国側もオルクセン領空に迷い込んでくる航空機が続出した。

 こうなってしまうと、オルクセンとしては従来の輸入機による戦闘機増勢に加えて、なんとしても国産戦闘機の量産を急がなければならない。

 もうヴィッセル社でさえ、Vf36に構っている暇などなかった。

 オルクセンが本格的な急降下爆撃機を作り上げるのは戦後のことで、しかもそのころにはもう新たな時代---ジェット機の時代を迎えていたのでありましたとさ。



(岡部先生、ごめんなさいごめんないごめんなさい)

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